第44話 雪に溶かした泡玉。パチパチと鳴って、雷鳥を呼び寄せた




 『鴻蘆星』。SPO試験日当日。宇宙船場第一ターミナル130搭乗口にて。


 空の激励に集まったのは、仕事仲間であるオラルド、オリーブ、社長であるランド、先生、孔冥、草玄、璉、葵であった。



「空。これ俺たちからの激励品だ」

「必要ないと思ったんですけど、備えあれば患いなしと言いますし」

「ありがとう。オラルド。オリーブ」



 包装なしの激励品は、腹巻だった。デザインはオラルドで、編んだのはオリーブとの事。

 本人を形容するような暑苦しいデザインには持っているだけで熱さを、柔らかく肌触りの良い毛糸にきめ細かい編み方には安らぎを感じる空。あっちに着いたら使わせてもらうと言って、鞄の中に入れた。



「私からはこれです」

「社長。ありがとうございます」



 包装なしのランドからの激励品は、空色と緑色の鉛筆の補助軸が二本だった。



「俺の念を込めた鉛筆も考えたんだがな。自分が用意したものがいいだろうと思って、補助軸にした。短い鉛筆なんか持って行かんから不必要だろうが、まあ、持っていても損はないだろう」

「これもあっちに行ったら付けさせてもらいます」



 空は鞄から筆記用具を取り出し、補助軸を入れて、鞄に入れ直した。



「私からはこれ」

「先生。ありがとう」



 先生からの激励品は、市販の苺ミルクと抹茶の飴だった。封を解いて、何個かポケットに入れてから、残りは鞄に入れた。



「私からはこれです」



 まさか激励品を渡されるとは露にも思わなかった空。恐る恐る受け取った。ビニール袋で包まれていて中身は見えないが、やたら軽い。



「………変な機能は付いてないだろうな?」

「失敬な人ですね」



 孔冥に手渡されたビニール袋から取り出すと、濃紺色のアイマスクだった。



「目を酷使しますからね。昼食や夕食時間にでも使ってください」

「…ありがとう」

「どういたしまして」



 空はアイマスクをビニール袋に戻すと、鞄に入れた。



「俺からはこれ」

「………」

「備えあれば患いなし、だろ」

「…ああ、そうだな。ありがとう。だが、こんなには要らない」



 小さいとはいえ袋いっぱいに詰められた消しゴムを見て、無駄に煌めかせる笑顔を見て、怒りを覚える空。中から三個だけ取り出して、鞄内側にある小さなポケットに入れながら、ああ、こいつは出会ってから今に至るまで、やはり、イラつく相手だなとしみじみと思った。



(まあ、キャラクターものやら匂い付きやら凝ったものじゃなくて、白四角の消しゴムだっただけましか)



「私からはこれ」

「ありがとう、葵」



 チョコレート、プレーン、フルーツ味の市販のカロリーメイトだった。空は鞄に入れて、口を開いた。



「ついて来てくれるか?」

「うん」

「ありがとう」



 微笑んだ空。身体を動かして、璉を静かに黙視した。

 璉は他のみんなのように微笑んだりはしなかった。いつもと変わらない表情で、音量で、口調で、言葉を贈った。



「集中力を途切れさせないように」

「はい」



 気合が入った空。元気よく返事をして、草玄、孔冥、先生、ランド、オラルド、オリーブたちの眼をしっかりと見て、行ってきますと小さく頭を下げた。












「空ー!!」



 SPO本部がある『世界星』にて。



 宇宙船場第二ターミナル130搭降口で、空を待ち受けていたのは、麗歌と更級だった。

 喜色満面で迎えた麗歌は、これを食べてねと、弁当を空に手渡した。空は眉尻を下げた。



「姉上。大変なんだろう。わざわざ作らなくても、食堂があるから良かったのに」

「ううん。私が作りたかったの。ただ本当は夕ご飯分まで作りたかったんだけど」

「いや。ありがとう。すごく嬉しい。姉上の手作り弁当があれば百人力だ」

「うん」

「…あんたは手を出してないよな?」



 麗歌と共に歩き出した空。後ろからついて来ている更級に前を向いたまま話しかけた。



「いやいや。考えないでもなかったけど、ダメージを与えそうだったから止めたよ」

「ここにも来なくて良かったんだが」

「まあねえ。いろいろあってねえ」



 間延びした言い方に、怒りを覚える空。草玄といい、更級といい、折り合いが悪いと、今一度認識。もう存在を無視する事にして、麗歌に試験中に気を付ける事はあるかを尋ねた。


 前を歩く麗歌と空を見ていた更級。にまにましながら、隣で歩く葵に話しかけた。




「草玄。神様になっちゃったんだって?」

「だそうですね」

「議会でも承認。葵以外の二人の不老不死も承認。なのに葵が駄目だと言って取り上げたからだよ」

「往生際が悪いんですよ」

「相当ね」

「はい」

「草玄が何時か死にたいって言わないか、心配?」

「いえ。今はそれほど思わないんですけど」

「完全消滅は無理そう、か」

「ようやく死ねるって。安堵した顔がどうしても忘れられなくて」

「そっか」



 はい。厳かに返事をした葵。前を歩く空と麗歌を目を細めて見つめた。

 少し冷えた心がぽかぽかと温かくなる。



「空は麗歌さんといるのが、本当に嬉しいんでしょうね。花が飛んでいる」

「私と厳耕とはえらい違いだよねえ。自業自得だけど」

「更級さんは麗歌さんといる時も、空といる時も愉しそうですけど」

「うん。愉しいねえ。びっくり。だから、ちょっと、後悔。赤ん坊から育てていたら、また、いろんな事を知っていけたのかなって。でもまあ、ちょっとだけなんだけど」

「厳耕さんとも夫婦になりたかったですか?」

「ん?んんん。いや。どうだろう。ちょっかいをかけたくなったのは、葵がいるって知った時だったからなあ。私自身が厳耕とどうにかなりたいなんて全く思わないんだけど、葵と一緒にいる厳耕には構いたくなるよ」

「そ、そうですか」

「草玄にもそう思うし。だから、夫、というより、弟?みたいな?」

「そうですか」

「そうそう。だからどっちにも。葵。君にも幸せになってもらいたいよ」

「麗歌さんと空も。ですよね」

「ううーん。二人は、まだ、かな。もう少し時間が経たないと分からないや」



 茶目っ気たっぷりに笑う更級に、葵は苦笑を向けた。











 『鴻蘆星』。見送り場にて、空と葵が乗った宇宙船が見えなくなってから散開する中、残った草玄と孔冥、璉が空を見上げる中、草玄が口を開いた。



「空。受かるかな」

「どうですかね。血しぶきを上げる幻覚を見るくらい頑張っていたので、受かっていて欲しいですが。どうでしょうか?璉殿」

「難しいとは思いますが。最終的には積み重ねてきた勉強云々より、姉への想いでどうにかこうにかしそうですね」

「姉大好きだからな」

「大好きですよね」

「火事場の莫迦力発揮しそうですよね」



 うんうん。三人は小さく頷き合った。



「そう言えばさ、ラキとサラと咲たち見ないけど、どうしてんだ?」

「補習ですよ。勉学から逃げてばかりなので、学校と家以外の外出を禁じています」

「そうなんですか?時々私の所に来ていましたよ」

「…本当ですか?璉殿」

「ええ。ですが、怒らないでやってください。空と一緒に勉強をしていたので」

「…ご不便をおかけして申し訳ありません。あとでこってり絞りに行きます」

「こってりか」

「こってりです」

「美味しそうだな」

「何か食べに行きますか?」

「では莫迦殿の奢りという事でお願いします」

「…名前呼ぶ気ないんだな、れん(璉)」

「稀に呼んでいるはずですよ。思い返してみてください」

「いや、止めとく」

「そうですか」

「俺が嫌いか?」

「嫌いですね。未来永劫変わりません。あなたが嫌いです」

「…そっか」

「…ですが、葵には必要だと思いますよ」



 ちらと、空を見上げていた顔を下げて、隣に居た草玄を見た璉は、思わず後ずさりした。

 草玄が静かに涙を流していたからだ。ツーっだ。効果音に絶対綺麗なツーっが出ている。



「…感激の涙ですか?」

「あのさ。葵と俺。これから仲良く暮らしていけると思うか?」



 何を訊いているんだこの男は。眉根を寄せた璉は孔冥に視線を向けた。孔冥は小さく頭を振ってから口を開いた。



「神様になってから、草玄は葵から素っ気ない態度を取られ続けているのですよ」

「…ああ、」

「乙女心は複雑なんですね、きっと」

「孔冥さん。目が死んでますよ」

「いえ。分かるような自分がいる事に衝撃を受けまして。思考を凍結してしまいたいんですよ」



 璉は思わず、哀憐の視線を向けてしまった。



「……苦労しますね」

「あの…子どもたちを叱った後、静かに酒を飲みたいんですが、付き合ってくれますか?」

「はい」

「莫迦も一応可哀想なので誘ってやりますか」

「放っておきたいですが仕方ありませんね。ではここのバーで待っていますね」

「では、失礼します」



 眼前で瞬時に消えた孔冥を見届けた璉。草玄を見ては息を吐き出し、行きますよとぞんざいに告げた。草玄は小さく頷いて、璉の後をしょぼしょぼと追ったのであった。











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