2章 捜索編

第20話 紡がれた糸は解かれ散り行く

「槇ってやつを見て、そんで葵の気持ちが変わってなかったら、俺は葵を諦めて必ず『鴻蘆星』に帰る」



 孔冥に強引に『車宮星しゃぐうせい』に連れて来られた葵が草玄との旅を拒んで草玄から告げられた約束。必ず、との言葉で、葵は不承不承ながらも彼との旅に同意したのだ。


 それから辿り着いたこの星で借りたアパートを拠点として葵と草玄は槇を探し、空は璉に役人になる為に或る時は部屋に缶詰めで、或る時は各所へ連れて行かれるなど熱血指導され、孔冥もまた異空間飛翔の教え子であり成績ワーストスリーのラキ、咲、サラの三人を指導していた最中にSantaと出会い、今は。




「「私の愛する人を救ってください」」



 家計簿を取り締まる璉の命令の元、武道大会で賞金を稼がなくてはいけなくなった葵と草玄。武道大会の当日、お祭り騒ぎの中を別々に行動していた二人はそれぞれ別の相手に同じ科白を告げられたのだ。

 何でも優勝者には賞金百万円の他に、この国の二番目の王女を嫁にもらえるらしく。



「「王女様と結婚したい本人が出場しなくても代わりの者が優勝すればその権利を得る事ができるんです」」


 出場者に手当たり次第に声を掛けているが今の所、全て袖にされているらしい。


「「王女様は僕に気があるんです。なのに、こんな理不尽な扱いを受けて。きっと僕が救い出す事を望んでいるはずなんです」」

「「ならあなた/おまえが出場するべきじゃ?」」

「「非力な僕が出たところで勝てるわけありませんから」」



((……駄目じゃん))


 臆面もなく堂々と告げる目の前の男二人に呆れ果てる葵と草玄。どんな返事をしたかと言えば。




「「私/俺、優勝目指すから」」


 男たちと別れて後、出場者の控室に戻った葵と草玄はお互いの姿を認識するなりそう宣言した。


「ま、賞金よりお姫様狙いのやつの方が多いかもしれないな」



 お互いに先程出会った男たちの事を話した葵と草玄が辺りを見渡すと、静かに佇んでいる二十名ほどの他の出場者が瞳に映った。ほぼ男性。姿をまるっきり見せない第二王女は噂では病弱だが絶世の美女だとかで、権力有美貌有の彼女目当てであっても何らおかしくはない。



「おまえさ、何で引き受けたんだ?」


 一通り辺りを見渡した草玄は目の前にいる葵に視線を戻しそう尋ねると、葵もまた視線を草玄に戻して口を開いた。


「まぁ、元々優勝を目指していたし。彼曰くお互い好きらしい。けど「ふ~ん。他人なら応援するわけですか」


 葵の言葉を遮り、全く以て面白くないと、ぶすっと不機嫌な表情を浮かべる草玄。


「俺も同じだし。好き同士なら一緒にいるのが幸せだし」

「だから槇を捜してるんでしょ」


 トゲトゲしい物言いに悪げもなくあっけらかんと言い放たれ、釘を刺された草玄はますます面白くない感情が滲み出た。


「けど、おまえの片想いなんだろ」

「まぁね」

「フラれる可能性が高い」

「そうなったらそうなったで頑張る」


(何で俺に頑張ってくれないんだよ)



 バッと勢いよく口を開いた草玄はそのまま葵を直視して数秒後、言葉を発した。



『追いかけるから逃げるんです。余裕のある態度で。草玄。包容力ですよ』



 有難い説法。自分に足りないもの。分かってはいる。いるが。



(俺のこと好きなのに何でほかのやつを好きになろうとすんだよ)



 独りよがりな痛い男だと思わないで欲しい。紛うかたなき事実で真実。

 だからこそ、余裕ある態度でいればいい事は分かっている。

 だが人間。我慢の限界というものがあり、自分は他人よりもその値が低い。

 つまりは、忍耐力があまりない。



(前世の俺だったらな)



 心の中だけで不平不満をぶちまけた後、表で余裕の笑みを作る。そう、過去の自分と現在の自分は違う。生まれ変わったのだから当然だ。



「今のは嘘だよ。君みたいな魅力的な女性がフラれるわけないだろ」


 五月の爽やかな風が二人の間を通り過ぎた瞬間であり、葵には今、身体の線が少し濃く瞳がキラキラしている昭和時代の男性定番キャラのような草玄の顔が瞳に映っていた。

 今にも、「こいつぅ」とか言って額を人差し指で小突かれそうだ。



(うわー。本当に変わったな。草玄)



 遠い目で見つめてしまう。過去の彼からはこんなふざけた態度を取るなんて想像できない。と。


(かっこつけたがりだったからな。でも。似合ってる、よね。うん)


 自分の殻を破ったような。漸くなりたい自分を見つけたような。そんな感じに思えた。



「葵。聞いてるかい?」

「あ。ごめん」


 変わるものだと感慨深げに見つめていて話を聞き逃していたようだ。謝罪した葵に草玄は妙な口調を続行して話し続けた。


「だから優勝した方の言う事を一つ聞く事にしよう」

「………え?」


 聞き逃している間にどんな紆余曲折があったのだろうか?


「あの」

「宇宙一を目指しているから優勝して当然だよね。あ、でも、僕に勝ったことなかったっけ。ごめん、ごめん」



(…なんかむかつくな)



 背後に白い花を咲き誇らせるような爽やかな笑顔を浮かべている草玄に、葵はどうしたものかと数秒思案して後、口を開いた。


「いいよ」

「逃げたら駄目だからな」


 了承を得た草玄は口調を戻して目元をほんの少し険しくさせた。


「うん」

「絶対だからな」

「そっちこそ」

「すまぬが」



 互いに真顔で向かい合っていた時であった。声を張り上げたわけでもないのに不思議と響き渡る声音が耳に届いた二人は元よりその場にいた者の視線がその声の主に集中した。



「…何だ、あいつ」



 ぽつりと呟いた草玄の瞳に映っているのは、くせっけのある肩にかかるくらいの淡い水色の髪の毛と凛々しい瞳に、身長が百センチくらいの幼い少年。何故か淡い緑色の四角い布に十字の黄色の三日

月と黒の桜の花びらの紋章が刻まれている旗を持っている。


 少年らしからぬ雰囲気を疑問に思った草玄は隣にいる葵に声を掛けようとしたのだが。


「?葵」


 そこにいるはずの彼女は何時の間にか、前右方向にいる少年の前に俯いて傅いていたのだ。訳も分からずにとりあえず二人の元に向かった草玄。周りの者はもう興味をなくしたようで、また各々好きに行動し始めた。


「葵、こいつは」

「私の武の師匠……で、間違いないですよね」


 葵は傅いたまま顔だけは上げてそう尋ねると、少年は落ち着いた態度でああと答えた。


「私の名は相楽さがら。武術の名門三十七代目の秋紀あき家の当主に当たる。そなたは葵。我が家の願いを叶える者で間違えないな」

「はい」

「???」


 一人蚊帳の外の草玄。すいませんがと声を掛けて二人だけの世界に入り込んだ。




「一族総出で葵を鍛えてるって?」



 あまりにも荒唐無稽な夢物語にどんな表情を浮かべればいいのか分からない草玄。


 何でも数百年前に十代目の秋紀家の当主に武の指導を願い出た際に、葵の余りの武の力のなさに逆にやる気を出した当主は不死の存在である事も知り、秋紀家の武術がやる気があったら素人でも世界一にできる事を証明するべく、当主は彼女を鍛え続けるようにと家訓を作ったらしい。



「いや~。あなたのご先祖様たちには無理難題を押し付けられましたよ。あ、優しさもありましたよ」


 相楽は遠慮がちにカラカラと笑う葵を見つめた。


「本当に不死の存在なのか?」

「ええ」

「首を刎ねられても死なないのか?」

「肉体は死にますよ。魂が死なないのです。歴代当主に聴いているはずですが」


 相楽はああと小さく頷いた。


「だが何処から何処までが真実なのか。本人の口から自分の耳できちんと聴きたかったのだ」

「そうです、よね」

「…何故笑う」


 眉根を寄せた相楽に、すみませんと謝るも懐かしげな笑みはそのまま。


「いえ。血、ですかね。伝授されているはずなのですが今までも出会った方に同じ事を何遍も質問されましたよ。私の事も、ですが、歴代当主の事も」

「何度もすまないが、私も聴きたい」

「はい」

「で、おまえも大会に出るのか?」


 ズイッと割り込んできた草玄。余裕の笑みを浮かべるも少し引きつらせている。


(…何故こいつは苛立っているのだろうか?)


 自分を見下す草玄にそんな疑問を持ちつつ、相楽はいいやと答えた。


「年齢制限で引っかかってな。断念せざるを得なかった」


 口を一文字に結ぶ相楽に、噴き出してしまった草玄は腹を抱えてケラケラと笑い出した。


「何を笑う」


 目を細め見上げる相楽に、草玄は笑いを一旦強制終了させて膝を曲げて視線を同じにした。


「いや。だってな。そんな偉そうな言葉遣いしてんのに。年齢制限で出られないって。く」


 笑いが止まらない草玄は噴き出しつつも、冷めた瞳で見つめて来る相楽の頭をぽんぽんと優しく叩いた。


「悪かったって。そんな不機嫌な顔すんなよ」

「別段気にしてはいない」


 澄ました態度に笑みが深まる。


「おまえ、可愛いな」

「愚弄するか?」


 鋭い声音に変わるも、草玄は気にせず頭に手を置いたまま話し続けた。



(…やっぱり、お父さん。似合ってるよ)


 葵は二人のやり取りを目を細めて見つめた。


 温かい心の奥底で、秘かに別の感情が疼くが掘り当てる事はない。

 一度は間違えた。もう、間違える事は、ない。








「璉。こんな日くらいは勉学は休まないか?人間、休養も必要だろう」


 観客席に座っていた空は手に持っていた地理の単語帳から荷物を挟んで隣に座る蓮に視線を移して小さな抵抗を試みたのだが。


「昨日の小テストの出来が悪かったのですよね」


 横目で見られて、いや、でも、あれは調子が悪かっただけだと言い訳をするも。


「気分転換に外での勉学を許したでしょう」


 バッサリと切られてぐうの音も出ない空は、やっと単語帳に集中する事に決めた。



(え~。気候は熱帯、温帯、亜寒帯、寒帯、乾燥帯。真空帯。で。熱帯雨林にサバナ。夏季少雨に冬季少雨に温暖湿潤にブナ。亜寒帯湿潤に冬季少雨。ツンドラに氷雪。砂漠にステップ。年中雨。年中晴。無風無雨にパンドラ…全部温暖湿潤でいいだろうが。で、土が)



「この地域は何処に属しますか?」


 時折不意に出される出題。本当に勘弁してくれと思いながらも、頭の中に点在する知識や風景を必死にかき集め答えをもぎ取る。


「……乾燥帯のステップ気候」

「特徴は?」

「ここは雨が比較的多いから草が密集して乾季に枯れて肥沃な黒土を作る。灌漑による小麦、トウモロコシ、大豆が主な農作物。年間行事として年に一度、武術大会が開かれる。農作物の神様への感謝と来年の豊富を願って。確か。昔の優勝者は供物として反対側のパンドラ気候の地帯に連れて行かれたとか」



 パンドラ気候とは人が住む事を許されない気候であり、その地帯には近づく事を一切禁じられている場所でもあった。

 ただし例外もあり、その一つが供物である。



「覚えているじゃないですか」


 感慨深げな表情に、疲労困憊の表情を見せないように顔を背けて呟く。


「そりゃあ、あんたにしごかれまくってるからな」

「その調子で頑張りましょう」


 無表情者は基本怠け者。そんな自分概念がガラガラと崩れ落ちて行くほどに、家庭教師は熱血教師であった。




「さてと。戻るか」


 手洗いを済ませた後、観客席へ戻ろうとした空だったが。


「大丈夫か?」


 真正面から誰かがぶつかって来てその勢いで尻餅をついてしまった。起き上がって同じく地面に座り込む全身を白い布で覆う、ぶつかってきた人物に話しかけた。

 余程顔を見られたくないのだろうか。顔を覆う布を手で押さえていた。


「大丈夫です」


 声音からして女性のようだが何かに怯えているのだろうか。声音も、身体も震えている。


(……仕方ない、か)


 空は立ち上がった女性に一枚の名刺を差し出した。


「何か取り返して欲しいものがあるなら電話をしてくれ」



 『鴻蘆星』を離れても『取り返し屋』を止めたわけではない。

 差し出したまま一時、女性の反応を窺がっていた空。正直受け取らずに行くのだろうと予測していた。それならそれまでの縁だと。だが。女性は無言でそれを受けとり、一度会釈をしてその場を去って行った。



「いや~。惚れ惚れしますね」

「…孔冥。おまえは神出鬼没過ぎだ。子どもたちはどうした?」


 孔冥はラキ、咲、サラを連れて出店を回っていたはずなのだが、辺りを見渡しても今は片手にリンゴ飴を持つ彼一人だけ。


「彼らを観客席に連れて行ってから空様を捜しに来たのですよ」

「おまえは過保護過ぎだ」

「万が一が遭っては困りますから」


 何時ものお得意スマイル。猫のような温かい笑みを浮かべる孔冥に、呆れ顔を向ける空。


「どうせ金の心配でもしているのだろう」

「とんでもない。空様に決まっているでしょう」

「どうだか」

「依頼を自分から売り込むなんて。成長しましたね」


 共に歩き出した空は立ち止まり、隣でリンゴ飴をかじる孔冥を無言で見上げた。


「何ですか?」


 同じく立ち止まった孔冥はリンゴ飴を全て食べ終えてから口を開いた。


「…別に。ただおまえは、巧い言葉が見つからないが。とりあえず、その人を子どものように見る態度を止めろ」

「子どもでしょう?」

「それは、そうだが。同じ人として見て欲しいと言うかだな。兎に角、子ども扱いをして欲しくないんだ」


 強い眼差しに、笑みが零れ落ちる。


「笑うな」

「はい。でも、当分は無理ですね」

「孔冥」

「申し訳ありません」


 曲げた腕を胸の前に置いて頭をほんの少し下げる孔冥に、空はそれ以上何も言わずにツカツカと歩き出した。


「本当に」


 一時その場に立ち止まって小さくなりつつある背中を見つめて後、孔冥はゆっくりと歩き出した。








「では武闘大会を開始します!」



 司会者の開幕の合図を受け、その場で拍手喝さいが湧き立つ。













「お願いします。助けてください」

                               




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