第19話 迷宮の彼方に隠した秘密、真っ白な世界だった(10)

「苦しいと、彼女は言ってたざます。あなたの傍にいるのは苦しいと。好きな彼女を苦しませたいざますか?」

「そんなわけ、ないだろうが」



 鉄格子越しに向かい合うミヤクと草玄。薄暗い空間でも互いの表情は見える。



「俺に幸せになって欲しいって。お互い好きなのに、おかしいだろ。二人で幸せになれる道探せばいいのに。あいつは、大莫迦だ。好きなやつ見つけろなんて。俺の気持ち全然分かってねぇ」

「子が欲しいと。あなたは何時も言ってたざますね。葵と俺の子、いっぱい産んでおふくろたちにも見せてやるって。目を輝かせて。とても嬉しそうに」



 前世の話を勿論真に受けていたわけではないが、嬉しそうにはしゃぎながら話す草玄を無下にもできずに、心温まる微笑ましいその想像に付き合っていた。将来、その想像が実現すればいいと願いながら。


 子の幸せを願わない親などいない。子の進みたい道を喜んで応援したい。けれど。



「あなたは現在(いま)を生きてるの。過去(前世)に囚われないで。現在に。未来に生きて欲しい」

「何だよ。おふくろまで。俺が間違ってるって言うのかよ…子が産めないからって、お互い好きなのにどうして一緒にいちゃいけないんだよ!」


 言い終えると同時に鉄格子に拳を叩きつける草玄。鈍い音と振動が一時その場を占めた後シンと静まり返ったその中で、ミヤクは淡々と、だが徐々に口早矢に言葉を発した。


「あなたは、本当に彼女の気持ちを考えてるの?子を産みたくても産めない。愛する人の気持ちを考えてるの?愛する人が子を望んでいるのに、自分で産んであげられない、彼女の苦しさを本当に分かっているの?だから身を引こうとしているのに。その気持ちさえあなたは否定するの?苦しませるの?あなたは、自分の気持ちだけしか見ていない。それで彼女を幸せにできるわけないでしょ………孔冥と言う方とこの星を去ると言ってたざます。もう、忘れなさい」


「……何だよ。くそ。俺が悪いのかよ」



 カツカツと鳴り響き遠ざかる足音を耳にしながら、草玄はもう一度、鉄格子に拳を叩きつけ、膝を曲げ、地面に手を付けた。ジンジンと痛みが襲う。



「~~~痛ぇ」



 子が欲しいのはただ、あの時の笑みをもう一度見たいだけなのに。

 何度も。何度でも。あの時のような笑みを共に向い合せたいだけなのに。


 誇り。未来。希望。歓喜。安泰。感激。慈愛。尊敬。奇跡。感謝。不安。恐怖。消失。責任。限樹が葵に宿った時にどっと押し寄せた感情。生まれてからもずっと離れなかった。


 葵でなくとも、確かに。同じ様な感情は味わえるかもしれない。気持ちの持ちようなのかもしれない。子は自分の頑なな気持ちを解してくれる不思議な力を持つから。


 葵と自分の子。他の女と自分の子。大して変わらないのだろうか。子は皆可愛いものなのだろうか。生意気でも、愛しいと思えるのだろうか。



(俺だけ……)



 自分だけその感情を貰っていいのだろうか。



「健やかな時も、病める時も。共に、生きる。じゃないのかよ。莫迦葵」


 けれどそれは前世の話。記憶を手放していれば、自分は全く違う人生を生きていたのだろう。きっと結婚し、子を産み出し、育て、年を取り、この世を去る。幸福な時も不幸な時もあるだろう。それでも生きて良かったと言えるような最期を迎える為に生きるだろう。



(死ぬ為に生きるのかよ。あほらし)



 誰も彼もが死ぬ。死は当たり前で普通の人生の到着点。死なない人間はおかしい。



「おかしい」



 その単語だけを口にすると訳も分からず噴き出し、笑いが止まらず寝転び腹を抱えた。

 死を迎えない葵。自ら望み手に入れた不死の力。何時までも生き続ける存在。

 彼女が自ら死を望まない限り。



(俺は)



「気でも狂ったか?」

「親父」

「めし、持って来たぞ」


 未だに笑いは止まらないが無理やり閉じ込めた草玄は立ち上がり、鉄格子の間から丸い握り飯を受け取った。塩だけの岩のようにがっちり固められた白米だった。


「白米が泣いてるぞ。僕たちは本当は柔らかいんだよってな」

「いちいち文句を言うな」


 その言葉には応えずに、もぐもぐと咀嚼を続け食べ終えた草玄は手を合わせた。


「へーへー。ごちそうさん」

「……草玄よぅ。世の中ままならねぇこともある。自分の思い通りになんぞ、そうはいかねぇよ」

「悲しみと愉しみ。半々だってな。俺はそんな人生嫌だね。悲しみより愉しみの方が一欠けらでも多くないとやっていけるかっての。バランスなんか知るか。大体。世の中、そんなできたもんじゃねぇだろ」

「小僧が。生意気に世の中語ってんじゃねぇ」

「あんたよりは修羅場乗り越えて来たんだよ、俺は」


 一時に睨み合うも、口元は徐々に綻んで行く。


「なぁ。確かによ。葵の他に好きなやつを見つけられると思うぜ。人間様は賢いからな。自分の誤魔化し方を知ってる。きっと葵の事も初恋の思い出として片づけられる日が来るだろう。葵もきっとそうだ」

「なら」

「なんて言うそんな綺麗なだけの話。俺は御免だね」


 草玄はケッと一言吐き出した。


「身勝手結構。葵も身勝手だし丁度いいじゃねぇか。お互いにお互いを振り回せばいいんだよ。苦しませるってゆーなら、その後笑わせてやる。愉しませてやる。俺はな」

「あいつの笑顔が見たいんだよ」

「……おまえ。そんな恥ずかしいこと、よく堂々と親に宣言できるな」

「説得力あるだろ」

「なぁ。俺は、俺たちは、おまえに幸せになって欲しんだよ。彼女に、おまえを幸せにできるとは思えないんだよ」

「別にあんたたちにどう思われようが構わねぇよ。好きにさせてもらう」

「苦しいぞ」

「愉しいさ」

「彼女が言った事が真実だとしてもか?」

「あいつがそれで幸せになれるなら万万歳じゃねぇか」


(生意気、言いやがって)


「十分綺麗じゃねぇか」

「別に綺麗じゃねぇよ。葵が好きでもタコ殴りにされてそれでも逃げなかったら。の話だ」

「大人げないやつ」

「子どもだしな。あんたらの」

「……莫迦に育てちまった俺たちの責任か」

「ありがとよ。矯正しないでくれて。俺を受け入れてくれて。嬉しかったぜ。親父」

「……なら頑張ってここから自力で出るんだな。あと、母さんもちゃんと納得させろよ。黙っていなくなったら、赦さん」

「……へーへー。分かってるってーの」


 その場に鈍い音が鳴り響く。が。


「一蹴りで開けられんとは。ひ弱な息子だ」

「悪かったな」


 サルガに見られる中、足蹴りを繰り返す草玄。数十回目の攻撃で漸く錠が悲鳴を上げ、扉が勢いよく開かれ、ゆっくりと牢から出てサルガの前に歩み寄った。


「修理代はあとで送ってやるよ」

「ピタ一文譲らんからな。直接返しに来い」

「……そん時は、俺の彼女も紹介する」


 名ではなく彼女と三人称を使った草玄の頭を、サルガは力を加減して軽く叩いた。




「おふくろ。跡継いでやれなくてごめん。俺行くわ」

「……」


 背を向けたまま黙って窓の外を見るミヤクに、草玄は話し続けた。


「俺好きなんだよ。どう足掻いたって、この気持ちだけは変わらない。あいつを幸せにしたい。俺の手で。駄目なら、見届けたいんだ」

「辛いわよ」

「そうしたいんだ」

「王子を辞める必要ないざます」

「それは駄目だ。何時戻って来れるか分からねぇし」

「辞められるわけないざます。あなたは、私とサルガの子ざます。戻って来ようが、来まいが。あなたはこの星の王子ざます」

「…名ばかりの王子だぞ」

「いいざます」

「分かった。辞めない」

「お正月は戻って来なさい。いいざますね」

「ああ。分かった」

「彼女を、幸せにしなさい。いいざますね」

「ああ」

「幸せにならないと、承知しないざます」

「ああ」

「お客様を隣の部屋に待たせているざます」

「おふくろ。ありがとな」


 一度もこっちを向いてはくれなかったミヤクに後ろ髪を引かれながらも、草玄は隣の部屋へと足早矢に向かった。






「孔冥……なんか怖いぞ」

「いえ」


 隣の部屋の扉を開けるとそこにいたのは、椅子に座り膝の上で手を組みその上に顎を乗せている孔冥で。彼は急にふふふふとドス黒い笑いを発した。


「あの分からず屋は何処にいますか?」

「葵はさっきまでここにいた、が。珍しいな。おまえが怒るなんて」

「怒る?この温厚な私がそんな珍現象を引き起こすと?」

「いや」


 どう見ても怒っているがあまりの怖さに口を噤む。今の孔冥は首が三百六十度に回りそうな恐怖珍種のようなのだ。もしくはピンポン玉のようにあちこちの壁に軽やかにぶち当たりそう。無論。笑顔で。


「おまえがいるなら、異世界には行ってないな」

「宇宙船場は空様と皆さんが張っていますし、ランドさんの伝手で或る方々に協力をしてもらい捜索中です」

「……なんか、すごい大事になってんな」

「私が本気になったらどうなるか、あの莫迦に思い知らせてやりますよ。ふふ。ふふふふ」


(こえぇ)


 この男を怒らせてはいけない。そうひしひしと感じる草玄であった。







(……何で指名手配犯みたいになってんのよ)


 城を出て宇宙船場へ向かう前に或るところへと足を進めていた葵であったが今は身を潜めていた。どうしてか。町中のあちこちに空の写真と「葵と名乗る女性を捜索中。報奨金百万」と書かれた紙が貼られている中を、町の皆様方が殺気立って彷徨っておられるのだ。


(目茶苦茶怒ってる)


 何故か孔冥の姿が思い浮かび、ぞっと身震いする。


(早くいなくなろう。謝れないから、早く)


 葵は人々の視線の合間を抜け、目的地へと急いだ。


(いた。良かった)


 緑の地帯の森の奥底にひっそりと存在する小さな池。公園の掲示板に載ってはいるが、ほぼ人が訪れないその場所に捜し人は佇んでおり、葵はゆっくりと歩みを進め、隣に立った。共に視線は池の中央。濁った水の中でまだら模様の鯉が数匹泳いでいる。


「璉。私に言うことある?」


 無言で共に佇んで数分後、葵がそう切り出すと、璉はゆっくりと口を開き始めた。共に視線は未だに池の中。


「……申し訳、ありませんでした」

「私もごめん。否定しなくて」

「…行かれるのですか?」

「一緒に行こう」


 思いもかけない言葉に目を丸くし、咄嗟に隣の葵に顔を向けると優しい微笑が瞳に映る。


「一緒に捜すって言ったのに、結局あの世界を回れなかったしさ。だから、一緒に行こう」


 あの時と同様に手を差し伸ばした葵に、璉は小さく横に頭を振った。


「今の私にはやらなくてはいけない事がありますので、一緒には行けません」

「空の家庭教師、だったね。うん。分かった」


 嬉しそうに笑う葵に、璉もまたほんの少し口の端を上げて、笑みを浮かべようとした。

 上手に笑えているか分からない。だが。


「彼女が役人になったら、まぁ、付き合ってあげてもいいですよ」

「……生意気になって。ああ、でも。最初からか」


 思わず涙が出そうになるのを堪える。本当に全く。年寄りは涙腺が緩んでいる。璉は口を噤む葵に背を向け、その場で膝を曲げた。どうやら負ぶされと言う事らしいが。


「連れて行きますよ。葵」


 息が止まるかと思った。初めてだったのだ。敬称なしで名を呼ばれたのは。何故か嬉しさの余り抱きつきたくなったが、それも必死に抑える。


「ありがと。でも何でおんぶ?」

「設定はおばあさんを運ぶ孫ですよ」


 フードを手渡された葵は言葉に甘えてそれを被り、璉の背中に負ぶさった。


「ありがと。璉。大好き」

「はいはい。私も好きですよ」

「…軽いな」

「あなたは重いですよ」

「璉。それ他の人に言っちゃ駄目だから。即フラれるから」

「本音を口にして嫌いになられるような関係だったと言うことでしょう。別に構いません」

「…璉」

「何ですか?」

「嘘も方便だからね」

「軽いですよ。羽毛のようです」

「……見え見えの嘘も困るかもね」

「嘘ですよ。ほどほどの重さです」

「喜んでいいか怒っていいか微妙」

「何を望んでるんですか?」

「…その。お金を貸してもらえないかな。私さ全くの無一文で」


 どんな言葉を望んでいるのかを訊いたはずが返って来たのは全くの予想外の言葉で。


(もしかして、こっち(お金)が本命だったのでは)


 感激が半減したように感じる璉。不承不承で了承した。


「……利子付けますからね。で。必ず手渡しで。でないと利子増やしますよ」

「分かった」

「手紙もください」

「分かった」

「年に一度は会いに来てください。この星でなくていいので」

「分かった」

「絶対ですよ」

「信用ないな。絶対。約束する」

「おばあちゃん。身体に気を付けてください」

「うん」

「病院では先生の言う事をよく聞くんですよ」

「分かってる」


 人がいる所に出た二人は早速、仲の良い孫と祖母を演じるのであった。












―――宇宙船場にて。


「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「おまえら、何無言で向かい合ってんだ?」


 この状況を突っ込むランドに、目の前にいる五人の男女は漸く口を開き始めた。


「孔冥。今度お寿司奢るから」

「ほー。言いたい事はそれだけですか?他にあるんじゃないですか?どうですか?」

「~~~ごめん」

「…高級寿司店で一時間食べ放題で赦しましょう」

「さ、三十分で」

「五十」

「三十五」

「四十五」

「三十六」

「…四十。それ以上は譲りません」

「分かった。頑張ってお金稼ぐから」

「はい」

「…なんか一気に拍子抜けした。頬を叩いてやろうと思ったのに」

「空は葵が好きなんだな」

「…葵」

「はい」

「私にも奢ってもらうからな」

「な、何で?」

「迷惑料だ」

「う。それは、ごめんなさい」

「…それで。何時までおぶさっているつもりだ?」

「いや、その。居心地良くて」

「葵」

「…王子辞めたの?」

「いや。辞めてない。でも一緒に行く。親父もおふくろも説得した。二人がおまえに充てた手紙を預かってる……早く降りろよ。璉が迷惑がってんぞ」

「別に構いませんよ」

「おまえな。こいつを甘やかし過ぎだ」

「甘やかしていませんよ」

「しれっと言いやがって。やっぱむかつく」

「私もあなたは大嫌いです」

「お二人とも仲が宜しいですね」

「「誰が」」

「息もぴったりですね。いや~。微笑ましいですね、空様」

「全くだな」

「おまえら。これからどうすんだ?」


 収拾がつきそうにない連中に、見た目が一番年上のランドが本題を切り出し、各々口にし始める。


「私はこの星を出ようかと」

「以下略」

「私はこの星に留まって空殿の家庭教師を続けます」

「私もこの星にいます。璉の指導を受けて役人になって、社長にも恩を返します」

「私も今は空様の執事なのでこの星に留まります。葵。必要な時に電話してください」

「分かった」

「……分かった。空。おまえも葵と草玄について行け」

「社長?何を言っているのですか。私は「役人になるならいろんな星を見といた方がいいだろう。一人でも野郎二人とでも危険だから、ついて行け。それで立派な役人になって、金銭面で俺を楽にさせろ。それが俺への恩返しだ。反論は許さん」

「なら私も璉殿もですね。葵。一緒に行く事になりましたよ」

「孔冥。私はまだ行くとは「経験して来い。広い世界を色々な」

「社長」

「おまえに文字だけの勉強が身に付くとは到底思えん」

「その通りですね」

「孔冥」

「事実でしょう?何せテストの平均点数が「分かった。行けば、いいのでしょう」


 孔冥とランドから視線を逸らし葵へと向けた空。面白くない気持ちと同時に、違う感情も生まれる。


「葵。と言う事で、私と孔冥と璉も一緒に行く事になった」

「…いや。一緒に行く事になったって言われても」

「葵。空のこと、頼むぞ」

「いや。えっと」


 娘との別れに号泣しそうなランドにたじろぐ葵をよそに、他の面々も別れの言葉を交わし始めた。鴻蘆のメンバーほぼ総出演である。


「空さん。元気で。手紙くださいね。絶対ですよ」

「空。勉強サボるなよ。草玄も元気でな。葵さんも。璉も。空をよろしく」

「努力する」

「ああ。メールするから」

「はい」

(いやいや、ちょっと)

「葵」

「先生」


 後ろから肩を叩かれたかと思えば、迫力ある先生の顔が葵の瞳に映り、この時になって漸く璉の背中から降りた。


「いろいろ迷惑を掛けてしまい、申し訳ありませんでした」

「全くよ。お土産くれなきゃ、割に合わないわよね」

「……お金稼ぎます」

「配達でいいわよ。それといい男がいたら知らせてね。私の好みは私より大きくて私を軽々と抱えてくれる人。それ以外は望まないわ」

「条件、厳しいですね」

「何言ってんの。広い世界、五万といるわよ」

「草玄。なんかよく分からんが、俺みたいにはなるなよ」

「メールするからな。おまえも頑張れよ」

「ああ」

「璉。空を見離さないでくれ」

「何ですかそれは」

「大丈夫です。私が責任を持って役人にします」

「手は出すなよ」

「社長。阿呆なこと言わないでください」

「話がまとまった所で行きますか。はい。子どもたち集合」



 先生、キサカも登場したところで孔冥は辺りを見渡した。本当はもう一人ここにきているのだが姿を現しそうになく一応の区切りを感じたので、パンと手を合わせ合図を鳴らすと、突如三人の子どもが目の前に現れ、呆気に取られるその場の者をよそに、次々と自己紹介を始めた。


「初めまして。空の担当のラキって言いまっす。人生の目標は楽に生きるでっす」


 短髪の金髪で色黒、雰囲気チャラそうな十歳の男の子。白い歯が眩しい。オラルドも負けじと歯を光らせ、オリーブがメロメロだ。そんな二人はまだ付き合っていない。


「は、初めまして。さきって言います。草玄さんの担当です。怖い」


 目を覆い隠す横真直ぐの前髪に肩にかかる程の白い髪に肌、気弱そうな感じがするがその実態は?な十歳の女の子。発言通り男が怖いのに何故か草玄の担当で、それを決めた教官である孔冥を髪越しに恨めしく見ている。だが孔冥は知らん顔だ。


「お初にお目にかかります。わたくし、サラと申します。璉様の担当となりました。璉様。これからよろしくお願いします」


 淡い紅のくせっ毛のある髪を二つに結び、自信に満ちた表情、態度の十歳の女の子。お嬢様気質がありそうだ。何故か葵を強く睨んでいる。だが葵は孔冥を見ていて気付いていない。


「孔冥」

「余計な出費は出したくないので神様に頼んで彼らを地上に下ろしてもらいました。まだ訓練生でしかも成績ワーストスリーの彼らですがやる気は満々です。ね?」

「「「頑張ります」」」


 若干言わせた感がある孔冥に、葵は抗議しようとしたのだが。


「じゃあ行きますよ。しっかり付いて来なさい」

「「「はい」」」


 孔冥、ラキ、咲、サラがそれぞれの担当の身体に手を振れると、一斉に姿を消した。











「おまえさ。良かったのか?」

「子どもの旅立ちに涙は必要ありませんから」


 ドバドバと惜別の涙を流しまくる署長。彼らがいなくなって漸く物陰から出て来たのだ。


「帰って来ますよね」

「当たり前だろ。皆ありがとな。オリーブ。オラルド。先生。キサカ。行くぞ」

「はいはい。今日は飲みましょうね」(先生)

「豪勢に行きましょう。豪勢に」(署長)

「社長と署長の奢りですよね」(オラルド)

「今日だけだ」(ランド)

「やったね」(オラルド)

「…私はまだ、あなたを赦したわけじゃないですから」

「……ああ」



 ランドと先生、署長、オラルドが先に行く中、彼らに追いつこうと自分を横切ったオリーブにそう告げられたキサカは、その輪に入れずに黙って後に付いて行こうとしたが。



「キサカ。行くわよ」

「…分かった」


 先生に強引に手を取られその輪に入った。


「よっしゃ。行くぞ」


 全員が揃ったのを見届けたランドはオリーブの頭にぽんと手を置いた後、元気よく掛け声の発し、協力した者たちを連れて居酒屋へと向かった。










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