第6話 花はただ笑うのみ

「今回の依頼は失踪した恋人を捜し出してくれとの事だ」


 昨日受けた依頼をこの場にいるオラルド、オリーブ、葵の三人に説明した社長のランドは、ふうとため息をついた。


「草玄は今日も無断欠勤か。全く。仕事を舐めとるとしか言えんな」


 ちらと葵を見つめるも、いつもと変わらない無表情な顔が映るだけで。



(本当に感情を表に現さんな。出会った頃とちっとも変わっとらん)



「葵。一人で大丈夫か?」

「大丈夫です。けど…」


 一目見ただけだが、あの依頼人は。



(ずっと落ち着きがなかったのは仕方がないとしても。まるで寝食を全然取っていなかったように、屈強な身体に不釣り合いなくらい顔は痩せこけて、青白かったし。目は獲物を狙う獣のように尖っていた)



 どう見ても。



「拒まない。それが鉄則だ。分かっているな?」

「…はい。じゃあ、行ってきます」


 ランドに手渡された恋人の写真を手に、葵は仕事場を後にした。


「静か、ですね」

「騒々しかったからな、あいつ…俺たちも行くか」

「はい」


 葵が去って後、光がなくなったような仕事場を、オラルドとオリーブも後にした。






「あなたはお莫迦さんですね。いなくなった所で解決しませんよ」

「するさ。葵がそれを望んだんだ。これで万事解決。俺も、王子としての職務に目を向けないとな」



―――王宮内の一室に設けられた草玄の私室にて。


 壁一面に作られた棚にはびっしりと本が収められており、真ん中に大きな寝台が、その上の畳一枚分の硝子の窓に視線を向ければ曇天の空が瞳に映る。

 寝台に背を預け座って本を読んでいた自身の前に突然孔冥が現れたのだが、草玄は何の感情も現さずに、ただ淡々とそう告げた。



「もういいか?一人にしてくれ」

「欲求が爆発して思わぬ悲劇にでも展開しては敵いませんね」

「…何だ?」


 視線は本に向けたまま。

 ゆっくりと頁をめくる。


「そうやって詰め込んだ所で解決しませんよ。納得した振りをしているだけでは」

「するさ。背けたまま、生きていけるのが人間だ。ずる賢いんだよ」

「本当に?」

「しつこいぞ……他にどうしようもないだろうが。あんなに、苦しそうな顔。見たくなかったんだよ。二度も。嫌なんだよ。悲しませたくなんかないんだよ」

「なら大丈夫ですよ」

「何が、大丈夫なもんか」

「いえ。大丈夫です。あなたがその心を持ってさえいれば。葵様の事を想い続けていれば。悲しませたくないと、切に想っているのならば。あなた方は大丈夫ですよ」

「……止めてくれ。もう。やっと。諦めようとしているんだ。諦めようと……」



 掴んだ紙に皺が寄る。


(こんなにも)


 こんなにも追い求めているのに、どうして自分では駄目なんだ?どうして。

 こんな独りよがりの気持ちも確かに存在するのだ。

 格好を付けられるだけの、自分にはなれない。

 だが。

 望むのは、なりたいのは無論。



(葵)



「好きだから愛しているから。あいつの悲しむ顔は見たくない。苦しませたくなど、ない」

「あなたが傍を離れれば確かに。彼女は悲しむ事はないでしょう。ですが」

「きっと、ずっと。無表情のままです。感情を抱く事はしない。抱こうとしない。それは果たして、幸福と言えるのでしょうか?私は、そう思えない。彼女が感情を取り戻すとしたら、記憶を取り戻す時だと私は思いますよ。そしてそれは、あなたにしかできない」



 本から自身に視線を向ける草玄に、孔冥は心地好い靴音を鳴らしながら詰め寄る。



「あなたは取り戻し屋でしょう?彼女の感情を取り戻してください。それが私の依頼です。信条は『誰も拒まない。出会えたのならば』でしたね。私は運がいい。出会えましたから」


 距離を縮めるも、膝は屈せずに、見下ろす。


「悲しませたくないなら笑わせればいいだけの話では?愛しているのでしょう」

「簡単に言いやがって」

「は?何か言いました?」



(くそ。とぼけやがって)


 視線は今もなお、手に持つ本の三百頁の数行に。

 別段、今の状況を打破するような有難い言葉が記されているわけではない。

 ただ、水の循環に関する事だけであった。



(おまえは、水のようだな)



 ほんの少し、口元が綻ぶ。

 流れゆくという点では雲や風と同じだが、決定的に違う事があった。

 この手に触れる事ができる。という事だ。

 

 触れて、この掌に残るから。

 留められると錯覚してしまうのだ。

 その熱に耐え切れずに。

 何時かは蒸発して。




 消えていなくなるというのに。




「言ったでしょう?莫迦正直に行動しなさい、と」

「違ったぞ」

「曖昧だとあなたは何時までも、ぐじぐじと悩んで石像のように動かないでしょうから。ほら。さっさと動かないと札束で頬を何回も叩きますよ」

「何だそれ?」

「自慢です。やっと小金持ちを公言できるまでにはお金を持てるようになりました。羨ましいですか。そうでしょうとも。あげませんよ」

「誰がいるか。大体おまえより金持ってるっての」

「なら依頼料は要りませんね。良かった良かった。やはり持つべきは、太っ腹な親友ですね。ス○夫ですね」

「…おまえ。こんなやつだったっけ?」

「はい」



(全く。持つべきは、だな)


 漸く、視線を昔馴染みの友人へと向けると。



「ありがとな」

「感謝の言葉よりも現金の方が嬉しいのですが。まぁ、いいでしょう」


 不服そうな表情が映り。思わず吹き出しそうになる。



(久しいな)



 草玄はすっと立ち上がり、寝台の上に置いた本の表紙にそっと手を添えた。


「依頼料は葵の笑顔。釣りが出るくらいだ」

「調子が戻ってきましたね」

「葵が聞いたら叩かれただろうけどな。今は…白目を向けられるか」



 表現方法が違うだけで、その実。あまり変わっていないのではと、思い知る。

 そう考えたら、気持ちが軽くなった。



(そうだよな)



 もう一度恋をしようと告げたのは自分だ。

 その言を翻してどうなる?



「葵。待ってろ。おまえを笑わせてやる」

「さぁ、行きましょうか。お笑いの道へと」


 草玄は隣に立つ孔冥を横目で見た。


「……おまえ。本当にこんなやつだった?」

「はい」








「すいません…でした」

「あら、大丈夫?」



 低い男声を頑張って高くしようとするような声音に。

 何よりも。フードの間から垣間見えた化粧で彩られた深濃い顔に。

 オラルドに負けず劣らずの立派な上腕二頭筋に。

 葵はぶつかった彼、彼女の言葉に反応するのに暫し遅れてしまった。



「大丈夫です。すいません。この女性を見た事は?」


 葵は手に持っていた写真を見せると、彼女はいいえと頭を振った。


「この女性がどうかした?」

「私の姉なのですが、兄さんと喧嘩して家を飛び出しちゃいまして。両親も反省していると伝えたいのです」

「あら。そうなの。大変ね。でもごめんなさい……妹さんにしては、似てないわね」

「義理の妹、ですから。足止めさせてすみませんでした。もし、お見かけしたらここに電話をください」


 葵は自分の携帯番号を記した紙を差し出すと、彼女はすんなりと受け取った。


「分かったわ。もし、ね」

「はい」


(さてと。また捜すか)


 彼女と別れて後、依頼人から聞いた彼女の行きそうな場所へと足を向ける。









「先生。ありがとうございました」

「気を付けて帰ってね」


 『緑の地帯』の間近に建てられた『文化の町』の一角、『仙水門』にて。


 萱葺き屋根に古木が用いられた古風溢れる一戸建てのその建物は、茶道教室の場所として設けられた。

 今日の授業を終えた数人の生徒たちを見送って後、先生と呼ばれた人物は建物の中へと身を翻そうとした時、一人の見知った人物が視線に入った。



「オリーブちゃん。彼女に会いに来たの?」

「先生。すいません。ちょっと」


 沈んだ表情のオリーブに事情を察したのか。先生は行こうかと彼女を公園へと誘った。




「…そう。旦那が彼女を捜しに」


 公園に設けられた木で作られたベンチに腰を掛けていた先生は、隣に座るオリーブに一枚の紙を見せた。

 曇天の日の為か。何時もならば人気が絶えない時分にも拘らず、人気が全くない。


「これ。葵さんの」


 オリーブは受け取った紙から先生に顔を向けた。


「話してないわ。ただ見かけたら電話してくれって。同僚だったわね。あなたが話してくれた通り、無表情な子だったわ」

「優しい人です。だから、話したら、何とか誤魔化してくれるんじゃないかって、思うんですけど」


 言葉を区切り俯いたオリーブに、先生と呼ばれる先程の彼女は曇天の空を仰いだ。


「でもこのまま逃げているだけじゃあ、何も解決しない」


 オリーブはスカートをグッと握りしめた。


「…はい。でも、会ったところで、ましてや、あの人のところに戻ったって、また…傷つくだけです……あんなに想われているのに。どうしてあんな、ひどいことを」


 目に力を籠め、唇を強く結ぶ。


「可愛い顔が台無しよ」

「先生。私は赦せません。例えあの人が改心して優しくなったとしても。赦さない」

「…これからどうする?いずれ、ばれるんじゃない」

「…はい」




 曇天の雲は厚みを増していくだけ。

 雨が降れば。

 風が吹けば。

 澄み切った空を見せてくれるのに。

 ほんの少しでも。

 心が晴れるのに。








「誰もいないじゃないか」


 苛立った声音を発し、依頼人は忙しなく辺りを見渡した。


「本当に彼女はここにいるのか?」

「ええ」


 依頼人は後ろにいた葵の返事を得て舌打ちをした後、その場を歩き出した。


「すいません。遅れました」

「…おまえは、あいつの友人だったな。あいつは何処にいる?」


 この場に現れたオリーブに、依頼人はツカツカと距離を縮めた。


「どこにいる?」

「もう、彼女のことは忘れてください。自由にしてあげてください」


 誰よりも透き通った声音で、堂々とした態度だった。

 その姿は。


(大事な存在なんだな)


 子どもを護らんとする母親のようで。


「ふざけるな」


 だが彼女の態度に、男が委縮する事はなかった。


「愛し合っているのに。何だその言葉は」

「暴力をふるうことが愛していることになるのですか?」


 拳に力を入れる。戦慄く口を、荒げそうになる声音を抑える。

 不気味に歪む男の顔から、微塵も視線を逸らさない。


「あいつが俺の言う事を聞かないからだ。何でもすると言ったんだ。なのに。口先ばかりで」


「友人に会うことが。家族に会うことが。仕事に行くことが。買い物に出かけることが」

「彼女の意思で動くことのどこが悪いのですか?」

「彼女は……あんなにも、あなたのことを想っているのに」



 気持ちが溢れ出して、口が止まらない。

 瞼に焼き付いて離れない彼女の姿。

 あんな目に遭ってもまだ。

 弱弱しい笑みを向けて。



「どうしてあなたに届かないのよ!!あんなに!!あんなひどい目に遭っても…愛してるって。そう言っているのに。何度も何度も、伝えているのに。どうしてあなたは」


 激昂から一変、滲み出すのがやっとだった。


「どうして」

「ならどうして俺の言う事を聞かない?愛しているなら、それが普通だろう?俺だけを想って生きているのならば、俺の言う事を聞くはずだ。違うか…違うか!!」

「違うだろう」


 いきり立った男はオリーブの手を伸ばそうとしたが、二人の間に葵は割り入った。


「何だ」

「愛するって、そんなんなのか?なら私は愛なんか知らない方がましだ。そんな、愉しくなさそうな顔をするくらいならな」

「愉しいさ。共に愉しんでた。なのに。俺さえいれば十分なはずなのに、あいつは」

「あいつが俺を裏切ったんだ!!」

「違う!!」

「違わない!!」


 あまりの気迫に、オリーブは身体を委縮させた。


「違わない。あいつが俺を。だから」

「殴ってやったんだ。何度も。何度も。反省させる為に」

「だってそうだろう?」

「裏切ったら、罰を与えるべきだろうが」

「愛してるって。ああ。言ってたよ」

「口先ばかりにな」

「でも、愛しているから、我慢して」

「別れてやらないんだよ」


「吐き気がする」

「何、だと?」


 淡々とした口調なだけに余計に際立った。

 依頼人は瞋恚の瞳を向け、葵の胸元を強く握りしめ、宙へと上げた。


「おまえはまだ本当の愛を知らないから、他人事だから、何でも言えるんだ」

「ああ。かもな。だがそれはあんたもそうだろうが」



(こいつ)


 喉を締め上げられ苦しいはずなのに、未だに無表情で。

 その不気味さに、怒りとは別の感情が芽生える。



「違う」

「どこが」

「素手で殴ったんだ。痛みを。俺だって。殴りたくなど」



 想いとは裏腹?

 違う。

 言葉で分からないから。

 行動に移すしかなかったのだ。



「俺の痛みを、あいつも共有するべきで。けどあいつの痛みも俺も感じるべきだ。だから」


 そう告げた途端、腕に尖った何かが刺さったかのような鋭い痛みが走る。

 視線を顔から腕に移すと、小さな指が食い込むかのように握りしめられており。


「離せ」

「全てを共有するのが、愛、か」

「ああ。そうだろうが」

「…そうか。ならなおさら。私は愛など知らん方がましだ。永遠にな」


 拳にさらに力を籠め、視線を逸らさない。

 互いに。


「依頼は、恋人を取り戻して欲しい、だったな」

「ああ」

「共に」

「…何を?」


 今まで揺らぐ事のなかった視線の先を辿れば。


「メレセ」


 何時の間にか、自分たちのすぐ傍に捜し人である恋人のメレセが瞳に映ったかと思えば。

 頬に衝撃が走る。

 何度も。何度も。

 その拍子に、胸元を握りしめていた力が抜ける。


「何を!「愛してるって…言ったじゃない。言ってるじゃない。莫迦。どうして」


 目元を手の甲で拭い、真っ向から男を見つめる。


「もう別れる」

「何を……やはり。口先だけ、か。他に男でもできたのか?ええ」

「いないわよ!!あなた以上に愛する人なんか!!だから!!」


 この場に相応しくないほどに、綺麗な微笑を浮かべる。


「別れるんじゃない」

「この!」


 恐怖か。怒りか。

 男が腕を高く天に上げ、振り下ろそうとしたら。


「もう止めとけ」


 突如現れた男により、その痛みを受ける事は阻まれた。

 草玄は腕を抑えたまま、男から葵へと視線を移した。


「葵」

「もう、姿を現すなと、告げたよな」

「ああ」

「構うなと、言ったよな」

「聞いた」

「ならどうしてあんたはここにいる?」

「葵に会う為に」


 ポツリポツリと。水の雫が滴り落ちて来る。


「離せ」


 男の言葉に、草玄は視線を葵から男へと戻した。


「彼女と別れろ。で、俺と友達になれ」


 男は乱暴に草玄の手を振り払い、睨み付けた。


「ふざけてんのか?」

「違う」


 目元は険しくなるばかりだった。


「何なんだ。おまえは」

「あんたになり得た男だ」


 草玄の視線の先には葵がおり。男はハッと嗤った。


「そうか。おまえも同類か。なら俺の気持ちが分かるよな?俺はメレセだけいればいい。だから彼女もそうなるべきだと」

「ああ。そうだな」


 ニタリと口の端が上がる。


「なら俺からあいつを取り上げるな。同類だから。聞いてくれるよな?」

「駄目だ」


 凍りついたかのように、ゆっくりと真顔になる。


「何故?」

「今のあんたに彼女を笑わせられるか?共に笑えるか?なら、止めはしない」

「そんなの」


 流暢に紡がれるはずの言葉が続けられずに、不意に口を閉ざす。

 草玄は真っ向から男を見つめた。



「俺は葵と共に愉しむ為に共にいたいんだ。痛みなど、俺は少しも与えたくない。けど。葵のは別だ。一緒に背負う。それで軽くしてやって、共に笑うんだ」

「莫迦ばっかよ。男は。どうしてそんなに格好つけるのよ」

「莫迦だからな…赦してやってくれ」



 崩れ落ちるように地面に膝をついたメレセは、ぼろぼろと涙を流した。

 天上から降り注ぐ雨に負けないくらいに。




 地上に雨が降らせし天上から曇天は薄く消え去り、澄み切った青空が姿を現す。




 その後、メレセは一人、鴻蘆星から姿を消した。

 そして依頼人であるキサカは先生に雇われ、茶道教室を手伝う事となった。

 二人が再開する日が訪れる事はなかった。

 今は。

 それともこれからも?











「葵。これ、さ」

「…要らない」

「けど。限定品だぞ」


 差し出されたのは、あの方が出演した今や生産されていない幻のDVDで。


「物で釣ろうってか?」

「物でも何でも。おまえが笑うなら拘らん」

「どうしている?もう「嫌だ。毎日会う。姿を消したら捜す……孔冥と一緒に。一人では、捜さん」


 口を一文字に結ぶ草玄に、葵はため息をついた。


「あんたは依頼人のようにはならない。暴力など振るわん……あんたが」



 不意に口を閉ざした葵の脳裏に、もう一人の依頼人であるメレセの言葉が過る。

 依頼を受けたのは、先生から電話をもらってから。

 とは言っても、自分は何もできなかった。

 二人の依頼を果たしたのは、目の前にいる男と先生と、オリーブだ。



『あなたなら大丈夫よ。だから安心して』



 彼女は自分の中に何を見つけたのだろうか?

 何を以てして、大丈夫だと、告げたのか?

 あの時どうして自分は。

 恐怖を感じたのか?



「愛してる」



 声音に余裕を、落ち着きを感じるのは気のせいか。

 以前は切羽詰まっているかのように告げていたのに。



「あんたは…もういい」

「これは」

「貰わない。自分で手に入れる。そうでなければ、あの方に失礼だ」

「…なら、これを」


 ほんの少し不機嫌そうな表情を浮かべた草玄はポケットから一輪の花を取り出した。


「…あんたのズボンのポケットは四次元ポケットか」

「孔冥に訊いたら、この花が好きだって聞いたから」

「あんたの葵も好きだったのか?」

「ああ」


(全く。莫迦正直だな)




 本気だから、断るのに。

 力が要る。




「貰わないなら、葵と名付けて、毎日持ち歩いて、離さない」


 格好を付けられる自分だけではいられないのです。

 じっと上目遣いで見つめる草玄に、葵は鳥肌が立った。


(駄目だ。変態だ)


 ほんの少しでも格好いいと思った自分が莫迦だった。


「……孔冥」

「はい」


 突如姿を現した孔冥に、葵は草玄からひったくるように取った花を素早く手渡した。


「友情の印だそうだ」

「……仕方がないですね。貰っておきます……そんなに嬉しいのですか?」


 真正面から、横からちらと見つめた草玄の表情は。


「ああ。すげぇ嬉しい」


 堪えるような笑顔で。


「ありがとな」

「…あんたは大莫迦だな」

「ああ」



(だってな)



 視線を向ければ、いつもの無表情な彼女が瞳に映る。

 それがとてつもなく嬉しい。



(莫迦の方が、おまえを笑顔にさせられる)











「草玄はまた町に出かけているのか?」

「そうざます。全く。王子としての自覚が…署長に話を聞いたところ、夢の女性に出会えたとかで。熱を上げているようざます」

「女性?そうか。なら、一度お目にかかるとしようか?」

「この国の王子に相応しいか確かめる為に。ざますね。早急に手配を致しましょう」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る