第2話 臆病者の虚像

 アルド達がユニガンに入ろうとすると、東門で警護をしている兵士が声を掛けてきた。

「アルドさん、少し待ってください」

「どうした。何かあったのか」

「王都は今警戒状態でして、出入りする人の持ち物を確認してるんです」

「持ち物を? まあいいけど」

 兵士はアルドの持ち物をガサゴソと確認しながら話を続けた。

「すいませんね。ここだけの話、一昨日辺りから変な噂が王都で流れ始めましてね。それを警備隊長が真に受けまして、私がこんな事をやらせてもらっているんですよ。商人はかなり駄々を捏ねますんで、説得するのが本当に大変でして……。」

 兵士はアルド達の手荷物もあらかた見終わって「ご協力ありがとうございました。ようこそ、ユニガンへ」と礼を述べた。

「噂っていうのは、どんな噂なんだ?」

「リンデから国王様の命を狙う集団が近々やって来ると。今、国王様はお城ではなく、宿屋にお泊まりになられておられます。城とは違い、警備も心許ない現状。近づいてどうにかしようとする輩ならば兵士が対処できましょうが、炭鉱用や漁で用いられる爆薬など使われて、宿ごと吹き飛ばされては対応しようがないと。それで爆発物を持ち込む者がいないか、いつもより厳しく検閲しておるというわけです。持っている本人が意図せず、持ちこまされることもありますので」

「なるほど。仕事が増えて大変だな」

「国王様の安全の為ならば、これしきのことなんともありません」

 ビシリと姿勢を正して言う門兵は、使命感に燃え輝いて見えた。

 アルドは門兵と別れ、ユニガンへ入ると少し思案を巡らせた。

(これもリンデと同じ噂男の仕業なのか? 同じだとしたら酒場になにか手がかりがありそうだ。行ってみよう)

 アルド達がユニガンの酒場の前に着くと、昼間だというのに人集りができていた。

 酒場の前には、いつもユニガンにいる吟遊詩人と奇抜な装いをした人物が討論のように言い争っているみたいだった。

 サイラスが奇抜な装いを見て、アルド達に言う。

「あの格好、おそらく東の大陸出身でござろう。ザミの住民の服と形がよく似ているでござる。拙者が知っているのは、あんな黒や赤や金などド派手な色ではござらんが」

 アルドはサイラスの呼気からアルコールが抜けていないことを察した。

(サイラス、まだ少し酒くさいな)

 吟遊詩人は、ザミの民(?)を指差して言う。

「この男が言う事は紛い事! さも本当のように語るが、事実はひとつまみ程のこと! それを無関係なものと結びつけ吹聴する! 私はここ二日間この目で見て聞いた! この男の話を聴いてはなりません!」

 ザミの民(?)が今度は言い返す。

「酒場にいつまでも屯している詩人がおりましょうか。人の話を聞いて詩(うた)にする? 誰か! この自称吟遊詩人が詩っておるとこを見た者は? 他人にとやかく言う前に自分の有り様を見つめ直されてはいかがかな」

「話題を逸らすにしても、酷すぎる。この男は、先日私に関する噂も流しておりました! それを耳にした御仁もこの中におられるでしょう! 先程この男が言ったこととほぼ同じような事。私を酒場に屯する無能な風来坊と言いふらしておりました。なぜ、そのような噂を流すのかと直接問い質しただけで、この有様であります!」

 アルドは腕組みをしてザミの民(?)を厳しい目で見つめた。

「酒場の店主が一目でわかるって言ってたし、俺たちが追いかけてる奴はアイツで間違いなさそうだな」

 サイラスは、刀の鍔に親指をかけて今にも抜きそうであった。

「事を大きくしているのはオタクですよ! 私はただ皆様から聞いたことから推察してお話をさせてもらっているだけですから。それを噂だのなんだのと頓珍漢な言い掛かりを付けられたのは私の方ですよ! 随分傷付きましたねぇ! そんな言いがかりは皆さんにも聞いてもらって、詩うこともできない自称吟遊詩人がいかに無様で滑稽かをわかってもらうには良い機会でしょうや」

 あまりの挑発に吟遊詩人は拳を握り掴み掛かろうとした。

「そこまでにするでござる」

 酒場の屋根には、刀に手を掛けた少し血色の良いサイラスが立っていた。どうやら、自慢の脚力で一飛びで登ったみたいだ。

「ひぇ! 妖魔!?」

 ザミの民(?)は、サイラスのカエル男といった容貌に恐れ慄いた。

「ふむ。妖魔と見間違えるとはやはり、お主、東の大陸の者でござるな。同じ東の大陸のよしみとして、これ以上黙ってはおれんでござる」

「き、貴様のような妖魔風情と同じよしみ等言われとうないわ! 気色悪い! 衛兵! 衛兵はおらんのか! 王都のくせに何をしておるんだ! 衛兵!」

 ザミの民(?)が喚き散らす姿をみて、群集は散り散りになっていった。去っていく群集の中から声が聞こえてくる。

「はぁ、なーんだ。サイラスさん方を知らねぇなんて、ただのモグリかよ。話が面白ぇんで期待しちまったぜ。どうせアイツが流してた噂は全部根も葉もねぇ嘘っぱちだろーぜ」

 人集りが無くなり、ザミの民(?)と吟遊詩人とアルド達だけになった。

 サイラスは屋根から飛び降り、ザミの民(?)の目の前まで歩いて行った。男は、狼狽え怯えていた。

「く、来るな! おい! 衛兵はまだか! なんで市民は俺を助けない!」

「その怯えよう、只事ではござらんな。もしや、カエルの妖魔にトラウマでもあるのでござろうかな」

 そう言った後、サイラスはわっと手を上に広げて見せた。

 男は泡を吹いてその場で気絶してしまった。

「おい、サイラス! やり過ぎだぞ!」

 アルドは気絶した男を抱き抱えて言った。

「いや、すまぬでござる。しかし、いい薬になったのではござらんか」

 エイミが腕を組んで言う。

「たぶん、この人、何が悪いか自分でわかってないまま気絶してるわよ」

 リィカも続いて言う。

「このタイプの人格者は、エルジオンには恐らく入場できません。リィカとしてもなかなか貴重なサンプルとしてデータを記録してイマス」

 吟遊詩人がアルド達に提案する。

「もしよろしければ、この男が目覚めるまで私から事の顛末を説明させていただけませんか」

「ああ、頼むよ」

 吟遊詩人は酒場に入り、アルドは気絶したザミの民(?)を担いで後に続いた。


 アルドが気絶した男を酒場の端へ下ろすと、吟遊詩人は語り始めた。

「私がそこの男をこの酒場で初めて見たのは、二日前のことでした。誰かと話すわけでもなく、ただ酒を隅っこで舐めながら、周りをチラチラと品定めをするように観察しているみたいでした。次の日、私がこの酒場に顔を出すとそこのマスターから驚くようなことを言われましてね。ねぇ、マスター!」

 吟遊詩人がカウンターにいるマスターに声をかけると、マスターがやってきた。気絶している男を一瞥すると話し始めた。

「こういう結果になったのかい。まあ、身から出た錆ってやつかね。そうさな、コイツはそこの吟遊詩人を『詩えない詩人』だとか『ただの吟遊詩人のフリをしている風来坊』だとか他の客に言って周っててな。さすがに根も葉もないことを言ってるんで、本人に知らせた方がいいと思ってな。見かけた時に、それを伝えたんだ」

 そう言ってマスターはカウンターに何かを取りに行った。

「私はそれを聞いて、頭に来ましてね。その日はずっとそこの樽の後ろに隠れて、酒場にコイツが来るのを待っていました。まず、本当に言いふらしているのか確認しようと思いまして。しばらくして、樽に隠れた私の目の前で飲んでいる男女に、コイツが近づいてきましてね。『昼間ここによくいる吟遊詩人がいるだろう? アイツは実は吟遊詩人のフリをしたただの風来坊なのさ。アイツが詩っているところを見たことがあるかい? ないだろう』などと吹き込んでいましてね。その場で出ていって問い質そうとしたんですが、私に気づいた途端コイツは逃げて行ったんです。そして、今日今さっきですよ。懲りずにコイツは私の前に現れまして、『あんな噂を吹聴するとは、どういうことか?』と私が問い質すと店の外に誘われまして、今さっきのような騒動となったわけです」

 アルドは腕を組んで吟遊詩人に尋ねた。

「じゃあ、あの人集りはわざわざコイツが呼んできて待機させていたのか」

「私がコイツと店を出ると既に人が大勢いましたので、そうなのかもしれません」

「こいつをソイツへぶっかけてやりなよ。本人がそこにいるんだ。直接聞いたほうが早いだろう」

 マスターは水で満たされたタライバケツを持って来て、気絶している男の目の前にドスンと置いた。

「それじゃ、私が」

 吟遊詩人は腕を捲り上げ、目一杯振りかぶって気絶した男の顔へタライバケツの中の水をぶち撒けた。

「っぱぁ! はぁっ! なぁっ! へ? 何?」

 気絶をしていた男は意識を取り戻した。辺りを一通り見渡し、サイラスを見つけると叫んだ。

「その妖魔を俺にそれ以上近づけるなよ! いいな! そこから動かすな! いいな? わかったな!? おい!」

 アルドは呆れ果てながらザミの民(?)に話しかけた。

「わかったから、落ち着け」

 ザミの民(?)は、アルドの話声と食い気味に叫び始めた。

「あーーー! 誰かーーーー! 助けてくれーーーー! 襲われるーーーー!」

 狂ったかの様にその言葉を大声で繰り返しながら立ち上がり、酒場の出口に走ろうとした。

 エイミが素早く男の前に周り込み、叫びながら走る男の顎先に拳を合わせた。男は糸が切れた傀儡人形のようにグニャリとその場に崩れ落ち、叫び続ける脳の指令とそれを伝える神経の接続が一時的に途絶え、言葉にならない「かひゅぅ」という吐息だけが崩れ落ちる男の口から発せられた。

「エイミ殿……。それは、死んでいるのではござらんか」

 エイミは男を仰向けにし、息を確認する。

「大丈夫よ、息はあるわ。合成人間と同じ強さで殴るわけないじゃない。ちょっとだけ顎の骨は逝っちゃったかもしれないわね。まあ、話せないこともないでしょ。それにしても、こんなに話が通じないんじゃ困ったことになったわね」

 サイラスはゲコと鳴いた後に言う。

「ふむ、では、拙者はしばらく店の外にいるでござる。おそらく、拙者の外見に動揺しているのでござろう。驚かせるだけで気絶するとは、尋常ではござらん。余程、恐ろしいことでもあったのでござろうな」

 サイラスは酒場から出ていった。

 アルドはマスターに尋ねた。

「そういえば、コイツが流していた噂って吟遊詩人のものだけなのか?」

「ああ。そうだが」

「リンデから王様の命を狙っている集団が来るって噂はいつからあるんだ?」

「その噂ならそこで寝てる奴が来る前からあったぞ。確か変な色の吟遊詩人風のやつが話して周ってたような気がするな」

「ん? じゃあ、噂を広めているのはコイツじゃないのか」

 驚くアルドにマスターは忠告した。

「噂の出どころを探っているのか? 悪いことは言わないからやめておいた方がいいぞ。噂なんてものは実態のない霞みたいなもんだ。誰でも流せるし、誰でも改変できる。誰が言ったのかわからないから、好き勝手に話せる。噂話をしている本人が、別の人から聞いただけだと言えば責任はそこで果たしたなんて思うもんさ。無責任に言えるから、噂は広まっていくもんなのさ」

「無責任に広まっていくからこそ、違うと言い続けなくちゃいけないんじゃないのか」

「それがそうでもないのが、人の世の面白いところでな。本人が違う違うと言えば言う程、周りの人間は『この噂は本当なんじゃないか』なんて思い始めるのさ。本当にたちが悪いし、吐き気がするようなことだけど、それが世の常よ。さ、そこで寝ている阿呆は俺が面倒見てやるから、お前らは帰った帰った。噂の出所なんて探すのはもうやめな」

 マスターはアルド達にシッシッと手払いをして店から追い出した。

 店の外ではサイラスが待っていた。

「随分早いでござるな。あの者はなんと言っていたでござるか」

 サイラスの問いにアルドが答えた。

「それが酒場のマスターが言うには、アイツは吟遊詩人の噂しか流していないらしいんだ」

「なんと! 振り出しに戻されたでござるな」

「ソウデモないですよ。どうやら、酒場のマスターとさっきの男はグルのようですノデ!」

 ずっと記録モードで黙っていたリィカが口を開いた。

「私達が去った酒場で、あの二人が怪しい会話をシテいます。お聴きにナリますカ?」

「それって盗聴なんじゃ……」

 心配するアルドをエイミが制して言う。

「時と場合によるわよ。内容が大した事なさそうなら聞かなった事にすればいいじゃない。リィカお願い」

「現在進行形で記録中ですが、少し前から再生シマス」

 ザザザザという雑音の後、リィカの口からマスターの声が聴こえてきた。

「おい! おい! こいつ、本当に死んじゃいないだろうな……。あの女、風のように素早く的確に急所を突いてたな」

「うっ。いあっ! いああああ!」

 顎を痛めたザミの民(?)は、上手く喋る事が出来ないようだ。

「急に動くなよ。頭も出来るだけ起こすな。店内で吐かれちゃたまらん。そうだ、そのまま横になってろ」

「あい……」

 先程の奇行が嘘のようにザミの民(?)は大人しく横になったまま、マスターの言うことを聞いた。遠くにいる吟遊詩人に聞こえないように囁くように喋っているみたいだ。

「気をつけるべきは、英雄アルドだけかと思っていたが違うようだ。あの東方から来たと言っていたカエル男と生気を全く感じない変な女も、かなりの戦闘能力を持っているとみていいみたいだ。お前は回復し次第、手下の人間共をここに集めろ。今夜、例の計画を実行するぞ」

「あい、わかいあしあ」

 ザザザザとノイズを出し、いつものリィカの声に切り替わった。

「ドウヤラ他にも噂を流している人間の協力者がいるようです」

 続いてエイミが言う。

「昼間の人集りってもしかして全員がそうなのかしら? それに例の計画って」

 サイラスは刀の鍔を鳴らして言う。

「今問い質してみては、どうでござるか」

 リィカが冷静に否定する。

「先程の録音データを再生しても構いまセンガ、素直に白状する可能性は限りなく低いと思われます」

 アルドは腕を組んで言う。

「それじゃ、現場を押さえるしかなさそうだな。一度、宿で夕刻まで待って、またこの酒場の様子を見てみよう」

 アルド達は、宿屋で夕刻まで時間を潰した。


 酒場の前には大勢の人集りができていた。昼間に見た人間よりも多い。中には、城の兵士やリンデの漁師夫妻もいた。

「あれは、新婚ホカホカ気分の漁師夫妻ではござらんか」

「あそこには、城の兵士までいるわよ」

「思っていた以上に大事になりそうだな。リィカ、酒場の中の声をまた聴かせてくれるか」

「了解デス」

 リィカはまたザザザとノイズを出した後、声質が全くの別物となった。どうやら、ザミの民(?)が話しているようだ。顎の回復が随分早い。

「よく集まった同胞達よ。我らもこうして集まると随分増えたように思う。しかし、我らの性質上、まとまって暮らしていてはいずれ勘付かれる。現にあの噂の英雄アルドがここを訪れた。我らは例の計画をすぐに移さねばならない。さぁ、人間の身体から離れ一つになろう! リンデとユニガンで復活のための負のエネルギーは十分集まった!」

 ドサリドサリと、人間の倒れる音がリィカの口から聴こえてくる。

「おわっ! 大丈夫か?」

 アルドは、酒場の前に集まる人達が、白いモヤの様な物を出した後、力を失い倒れていくのを見て言った。

 サイラスは、ゲコと鳴いた後に言う。

「ふむ。乗り込むなら今でござろうな」

 酒場に乗り込むサイラス。それに続くアルド達。

 酒場に入ると、床には一面人が倒れていた。カウンターの上には、白いモヤを覆ったザミの民(?)がいた。ザミの民(?)が口を開く。人間とは思えない禍々しい声だった。

「いやはや、我の復活の儀にようこそいらして下さった、噂の英雄アルド」

「お前は何者だ!」

 アルド達は剣を抜き臨戦体制に入る。

「ハハハハハハ! まあまあ、矛を納めなさってくださいな。ここで戦えば、倒れている人間達も我の体液でドロドロになりますぞ」

 ザミの民(?)の指から謎の粘液がカウンターの上に垂れ、じゅわぁと煙を上げた。

「ここは我を見逃すということで、どうでしょうか。そうすれば、ここの人間達の安全は保障しましょう。こうして復活できた今、この時代にも、そこの人間達も不要ですし」

 そう言ってザミの民(?)は、カエルの様に四つ足をカウンターへ着け、一足跳びでアルド達の脇を通り過ぎ、酒場の扉を突き破って出ていった。

 アルド達は慌てて後を追う。

 ザミの民(?)は、セレナ海岸の方面の燃えるような空の中に跳び去って行った。


〈三話へ続く〉

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