知らず知らず

紆余曲折を経て、一行はアクトゥールへと辿り着く。

エイミは初めて足を踏み入れた古代で、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。前をいくアルドとサイラスは、あと少しだな、と冷却箱を抱え直した。先導するリィカが振り返り、行く先を指し示す。


「皆さん、コチラデス」

「…こっちだぞ、リィカ」


自信満々で真っ直ぐ進むリィカ。アルドは苦笑しながら呼び止め、もうすぐだと道を曲がる。ハテ?と首をかしげるリィカの手を取って、エイミが後に続いた。




「…あ!もしかしてあの人?…すっごくソワソワしてるんだけど」


エイミの指す先、一軒の家の前には、落ち着きなく行ったり来たりする男性がいた。一行の表情がふっと和らぐ。


「あの男性に間違いアリマセン」

「ふふ、待ちきれずに出てきちゃったのね」

「親父殿らしいでござる」

「家の中でジッとしてられなかったんだろうな……おーい!戻ったぞー!」


アルドが声を張り、上げた手を大きく振る。その声に男性はバッと顔を上げると、瞬時にアルド達のもとへ飛んできた。


「お、おいおい…急に走って、大丈夫なのか?」

「いやァ…心配かけちまってすまねェ。体はこの通り、もうピンピンしてる。兄ちゃん達がサカナ探しをかってでてくれたおかげだ、ありがとうよ」

「元気になったのなら良かったデス」

「拙者が会ったときよりも、顔色は良くなっているでござるな」

「カエル剣士さんも、合流できてなによりだ。伝言をありがとうよ」


ムキ、と力こぶを見せていた両腕を下ろし、男性は言いにくそうに続ける。


「…ところで…早速なんだが、その…」

「あぁ、サカナだよな?結構いろいろと釣れたんだよ……ちょっと待ってくれ、今見せるから」


男性はソワソワと落ち着かない様子だ。アルドが冷却箱を開いてみせると、前のめりで覗き込んだ。


「どうだ?いろんなサカナがいるだろ?…その…キワモノも入ってるけど…」

「気に入るサカナがいると良いでござるが…」


男性は冷却箱を覗き込んだまま固まっていたが、徐々に体の震えが大きくなっていく。不穏な気配を感じたアルド達は顔を見合せ、そっと声をかける。


「ど…どうしたんだ…?」

「やっぱりクセが強すぎたのデショウカ?」

「ほら、だから言ったのよ。こんなサカナ食べたいなんて、よっぽどのサカナマニア…」




「……セ………こう…」


「ん?なんだ?聞こえなかったぞ」


男性がぼそ、と何か呟く。

聞こえるようアルドが近づく、と






「クセ!最・高!!」


ガバァと立ち上がり、男性は両手を広げ高く掲げる。思わずビクリと怯むアルド達。男性はすぐにまた冷却箱に覆い被さる。


「いや~~~素晴らしい!!最高だよ!なんてこったい、見たことねェ奴らばっかりだ!幻のサカナにヘンテコな顔……面白ェ!こ…れはちょっと固くて食べられそうにねェが……いや、それにしてもすげェ!」


次から次へとサカナを手にしては、興奮状態で大きな声を上げている。


「最っ高の気分だ!これこそオレの求めていた珍しいサカナ達!!んんんんん……いいねぇいいねぇ~!!腕がなるねぇ~~!!!アンタらちょっと待ってな!すぐに調理してくっからよ!」


ズビシッ!とアルド達を指差し、男性は冷却箱を軽々抱えて家に飛び込んでいく。

残されたアルド達は、ただただ呆気にとられ、立ち尽くすのであった。











家の中から騒がしい音が聞こえてくる。男性が腕を振るっているのだろう。

あの後、暫くして我に返ったアルド達は、料理が出来上がるまで大人しく待っていた。


「まるで嵐のようだった……おじさん、めちゃくちゃ喜んでくれたな」

「ハイ、まさかのクリーンヒットでしたネ」

「どうなることかと思ったが…良かったでござるな」

「うーん…こうなってくると、ますます気になるわ…お相手はサカナ研究家…?」

「研究家だと、ああいうの食べるのか?」

「…さぁ?研究の一環として、珍しいサカナを食べたくなることもあるかも、って思っただけよ」




のんびりと言葉を交わしていたアルド達の後ろで、バン!と勢いよく扉が開く。


「待たせたな!!」


扉を開け放った腕を大きく振りながら、意気揚々と現れた男性。反対の手には大きな皿が乗せられ、漂ってくる香りはなんとも食欲をそそる………


が、




「う…っ、見た目が……すごい…」


皿には何人前かも分からない大量の細麺。これでもかと乗せられた身は、ふっくらとソテーされてはいるが、とても一口では食べられない大きさだ。おまけに頭までが豪快に盛り付けられ……ハクレンギョに至ってはもうガッツリこちらを見ている。


「多種多様なサカナがふんだんに散りばめられ、麺と絡み合ってイマス…」

「な、なかなかに面妖な一品でござるな…」

「ちょっと、ヤダ…ハクレンギョと目が合っちゃったじゃない…!」


思わず後ずさるアルド達。反応に困っていると、男性はどうやら勝手に納得した様子で、何度も頷く。


「アンタら、この素晴らしい出来に驚いてるな?うんうん、そうだろうよ…過去最高の自信作だ。これも全部アンタらのおかげだぜ!本当にありがとうよ!!」

「じ、自信作……?ま、まぁ、そんなに喜んでもらえると、オレ達も釣ってきたかいがある、よ…」


まさかこんなことになるとはなぁ、とアルドが遠い目をする。離れて様子を窺っていたエイミが、意を決して話しかけた。


「あー…えっと、ところで……すごく気になってたんだけど……その、料理を食べてもらいたい人って、誰、なの…?」

「…私も、アナタがそこまでしてあげたいお相手のこと、気になりマス」


ニコニコと笑っていた男性は、2人の言葉に一際顔を輝かせる。ズズイッと距離を詰めると、嬉しそうに話し出した。


「おっ!よく聞いてくれた!そういや話してなかったなァ。あのコの…あのコの魅力は、一言ではとても言い表せねェ………真っ白な肌!キュートな瞳!!清潔感溢れる姿にしなやかな立ち居振舞い!!!」

「と…とっても好きなんだな、その人のこと…」


グッと拳を握り、前のめりに力説する男性。その勢いに押されるアルド達。

更に一歩踏み込んだ男性が、急にカッと目を見開いた。


「あっ!!あそこに見えるは麗しの…!」


言い終わらないうちに視界から消える男性。目にもとまらぬ速さで一行の脇を走り抜ける。


「会いに来てくれたんだね~~~!!!」

「あっ…ちょっと…………って、……え?」


慌てて振り返ったアルド達が目にしたのは、











地面を転げまわり全身で喜びを表現する男性と











「フシャーッ!!」


毛を逆立てた、一匹の白猫だった。




「ああ~~~可愛いねぇトロトぉ~~!!今日は一段と綺麗な毛並みじゃないか!!私に会うためにおめかしして来たのかい?!ホラ!おまえの大好きなとれたて珍魚の贅沢盛りだよ!たんとお食べ~~~!!」


猫の威嚇もなんのその、目の前にドドンと大皿を差し出す男性。一向に引かない男性と、目の前の奇っ怪な料理に、トロトと呼ばれた猫は怯えたように後ずさる。






「ネコ…」


そう呟いたきり、言葉を失うアルド達。

その横を、すごい剣幕で中年の女性が走り過ぎた。


「ちょっとアンタ!!」


反射的に飛び上がった男性のすぐ後ろで、女性は仁王立ちになり大声で捲し立てる。


「また台所散らかして!使ったら片付けなって何度言ったら分かるんだい?!片付けまで含めて料理だって言ってるだろう!サカナも鍋もとっ散らかってしっちゃかめっちゃかだよ………ってアンタ!またトロトに変なモノ食べさせようとして!!」


おどろおどろしい皿を見つけた女性は、ズンズンと大股で男性と猫の間に割って入る。トロトは嬉しそうに尻尾をひと振りすると、女性の足にすり寄った。




「そんな…」


男性は消え入りそうな声で呟き、その場に崩れ落ちる。顔はいつの間にか涙でぐしゃぐしゃだ。


「うっ…うっ……お前のやるカマスは食べるのに……何故オレの、愛情たっぷりの料理は食べてくれないんだ……」

「アンタねぇ…そんなゲテモノ並べられて、誰が食べたいと思うんだい?!食べてもらいたいなら、ちゃんとトロトのこと考えてやりなよ!こないだだってね……」











ガミガミと説教を続ける女性と、ついには正座で項垂れる男性。トロトが女性の言葉に同意するかのように、時々にゃあ、と合いの手を入れる。




「「「「…………」」」」


呆気にとられていたアルド達。


「…これ以上、オレ達にできることはなさそうだな…」

「……そうね…」

「こちらに飛び火してはたまらんでござる…」

「触らぬ神に祟りなし、デス…」


ぽつり、アルドが呟き、他の面々も我に返る。火の粉が振りかかる前にと、そろり、静かにその場を後にする。




そんな一行と入れ違うように、お婆さんが2人のもとへやってきた。


「…アンタ達、まーたやってんのかい?まったく、懲りないねぇ………ん?なんだい、すごくいい匂いがするじゃないか」


やれやれといった様子のお婆さんだったが、匂いに誘われ、置き去りになっていた皿を見つけた。少し眉を寄せたものの、興味深そうに近寄る。


「なんだいこりゃあ……見た目は酷いけど、食欲をそそる匂いだねぇ。どれ、味はどんなもんだい?」


ぱくり、躊躇なく一口。その顔がみるみる驚きの表情へと変わる。


「…!!おいしい!全く食欲をそそらないクセの強い見た目なのに、シンプルな塩味でありながら見事に調和している…!」


思いがけず美味しい料理に、お婆さんの食べる手は止まらない。女性とトロトが帰っていっても尚立ち上がれない男性に向かって、興奮気味に話しかけている。


「この絶妙な塩加減…!アンタ天才だよ!いつまでも泣いてないでアタシにも作り方を教えておくれ!」




「…ちょっと、聞いてんのかい?リスベルさん!!」











ーーーーー











……ル………


…アル……ん……




「…アルドさん!!」

「ハッ…!リィカ…?」


リィカの声にアルドは飛び起きる。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。周囲に目を走らせる。

そこはリンデの桟橋で、リィカが横からアルドの釣竿を押さえていた。


「アルドさん早ク!ぐいぐい引いていマス!」

「わっ、ホントだ!あっ、ちょっと待っ………あぁっくそっ…逃げられた……」

「あの引きは、今度こそリンデマンボウだったかもしれません…!」

「ご、ごめんってリィカ…次は気を付けるよ…」

「千載一遇のチャンスを逃してしまいマシタ…!次にリンデマンボウがかかる確率は……」


残念そうなリィカに、申し訳なさを感じるアルド。

そんな2人に元気な声がかけられる。


「おーい! 調子はどうでござるかー?」

「お待たせ!もうお腹ペコペコなんじゃない?」


昼食の買い出しに出ていたエイミとサイラスが戻ってきたのだ。漂ってきた美味しそうな匂いに、空腹を思いだしたアルドのお腹がぐぅと鳴った。


「じゃーん!!できたて!漁師のリスベルよ!みんなで食べましょ」


釣りは小休止。いただきます、と声を揃え、一行はようやく食事にありつく。


「今日は、リンデカマスとサンダーサザエが使われてるんですって」

「魚介の味が引き出されているのがワカリマス」

「その日に獲れた新鮮なサカナを使ってるらしいけど、本当いつ食べてもハズレがないよなぁ」

「この塩味がどんなサカナにも合って、いくらでもいけるでござるな」


小麦でつくった細めの麺に、塩味のきいたソースが絡む。シンプルな塩味と魚介の相性はバツグン。どんなサカナでも飽きがこず食べられる、漁師のリスベルはリンデの名物料理だ。


「ふふっ…」

「ちょっとアルド?ナニ笑ってるのよ。私ヘンなこと言った?」


リンデに来たらやっぱりこれよね、と楽しげに食べ進める面々を見回して、アルドの口元が緩む。エイミに突っ込まれ、違うんだ、と答えるアルド。


「ごめんごめん、サカナでちょっと思い出してさ。そういや前に、アクトゥールですごい料理を作った人がいたなぁって…」

「…あっ!もしかしてあの、ハクレンギョと目が合った…?やだもう、思い出させないでよ~~!」

「私のメモリの中でも一二を争うシュールな料理でしたノデ、よく覚えてイマス」

「いやぁ…まっこと、珍妙な出来でござったなぁ」

「はは…あの時は大変だったよな」

「もとはといえば、アルドがうっかり……」




思い出話に花が咲き、笑い声が響く。






ここはリンデ。穏やかな空気の流れる港町。

潮風の匂いに紛れ、美味しそうな香りが漂ってくる。

受け継がれた味が、今日もまた、人々を笑顔にする。

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