竜宮城

アクトゥールの北から、カヌーでキーラ浜へと到着したアルドとリィカ。アルドはキョロキョロと辺りを見回しながら、西へと歩を進める。


「えっと…たしかこの辺りに………あっ、いたいた。おーい!」

「ん?…この声は………やっぱり!兄ちゃんじゃないっすか!」


手を振るアルドの呼び掛けに、振り返って声を上げたのはウミガメだ。いそいそと砂をかき、近寄ってくる。


「また来てくれたんすね!お変わりなさそうで!…今日は、姐さんはいないんすね」

「あぁ、シーラは一緒じゃないけど、相変わらず元気にやってるよ。そっちも元気そうだな。」

「そうなんでさぁ。前みたいにカメだからって目の敵にされることも少なくなって、仲間達と落ち着いて暮らせてるんす」


兄ちゃん達のおかげっすよ、と声を弾ませるウミガメ。それは良かった、とアルドが微笑む。


「ところで、今度はイカした嬢ちゃん連れで、なんの用です?また竜宮城へ行きたいんすか?」

「実は、そうなんだ。竜宮城の釣り堀に用があって…」

「釣り堀、っすか?」

「エエ。ワタシ達、ある人の代わりに珍しいサカナを探しているんデス。竜宮城なら見つかるかもしれないと思って来マシタ」

「…なるほど、確かに竜宮城には珍しい生き物が多いっすからね。そういうことなら、こないだみたいに俺っちがお連れしやすよ!早いとこ甲羅に乗ってくだせぇ」


合点がいった顔で、ウミガメは自分の背中を指す。

助かるよ、と甲羅に手を伸ばしかけて、アルドは動きを止めた。


「どうしたんすか?遠慮しねぇでいいんすよ!竜宮城まではひと泳ぎでさぁ!」

「あぁ…でも、俺たちが竜宮城に行っている間に、サイラスがここに来るかもしれないよな」

「?兄ちゃん達、誰かと待ち合わせしてるんすか?」

「うーん、待ち合わせというか…オレ達の仲間の剣士なんだけど、ちょっと訳があって今は別行動をしてるんだ」

「確かに、イツ合流できるのか分からないノデ…あまり動き回るのも考え物デスネ」


どうしたものか、と腕を組むアルド達を見て、ウミガメがポン、と前足を打つ。


「そういうことなら、俺っちの仲間が浜で待機しとくっすよ!その、サイラスって剣士が来たら、竜宮城に乗っけてくるように言っておくっす!」

「本当か?ありがとう、そうしてくれると助かるよ」

「アリガトウゴザイマス、ウミガメさん」

「へへっ、お安い御用でさぁ!ちょっと待っててくださいよ」


そう言ってウミガメは海に潜ると、すぐに仲間のウミガメを連れてきた。いくつか言葉を交わし、前足を挙げて挨拶をすると、こちらへ戻ってくる。


「お待たせしやした!お仲間のことはバッチリ頼みましたからね」


さぁさぁと促され、アルドとリィカはウミガメ自慢の甲羅に乗る。


「それじゃ、しっかり掴まっててくださいよ!お二人様、竜宮城へごあんな~い!」








ーーーーー








ウミガメの背に揺られ、竜宮城・三の丸に到着したアルド達。ここで待ってますからね!というウミガメに手を振り歩きだす。


「…サテ、一口に竜宮城といっても広いデスノデ…どこで釣りましょうカ」

「そうだなぁ。釣れるサカナが一緒なら、近いところでいいんだけど………あ、そういえば…幻のサカナが釣れる、って前に誰かが言ってたな」

「…幻のサカナ」

「あぁ。えーと、たしか………そうだ、本丸の近くでだけ釣れる、とも言ってたな」

「本丸の近く…ということは、ここが三の丸なので、二の丸のことデスネ。そこにシマスカ?」

「そうだな。ちょっと歩くけど…どうせなら、幻のサカナを釣りたいし、このまま進もうか」




二の丸の釣り堀を目指して進むアルド達。道の脇には珊瑚が繁り、穏やかな水音が流れる。遠くには海面へと向かう水の泡、群れをなすサカナ達。

道中、ぽつぽつと口を開く次元の穴を見遣り、アルドが口を開く。


「オレ達も、早く次元の穴を見つけないとな」

「ソウデスネ…あの男性を助けることも大切デスガ、情報収集も怠らないようにシマショウ」

「あぁ、そうだな。あの人………そういえば、名前を聞いてなかったな」

「凄いイキオイで、喜怒哀楽も激シイ方でしたから…無理もアリマセン。私達も名乗り忘れていましたネ」

「そうだったな。…まぁ、家まで送り届けたし…合流できないってことはないか」

「大人しくしておくよう言い聞かせてきたノデ、大丈夫でしょう。………!見てクダサイ、アルドさん。ようやく、目的の釣り堀のヨウデスヨ」

「おっ!よかった、これでやっと釣りを始められるぞ」




二の丸の釣り堀に辿り着いた2人は、やれやれと腰を下ろすと、早速釣竿を構える。


「すぐに釣れるといいんだけど…」

「釣りには忍耐が必要です、ノデ…?!」

「いや、かかるの早いな?!」


クンッ、とアタリを見逃さなかったリィカが、素早く釣糸を巻き取る。いきなりの引きに、アルドも興奮気味だ。


「こんなに早く釣れるなんて、すごいなリィカ!」

「サァ!幻のサカナとやら…チェックメイト、デス!」


リィカがえいやっと釣竿を振り上げる。

ザパッ!と水面から姿を現したのは、



「……………ツボ。」

「……………ツボだな」


ゴロリ、転がされたのはカラツボだ。サカナと思ったが、どうやら間違えて引っ掛けてしまったらしい。しかし中々の大きさのようだ。


「…いい手応えだったノデスガ」

「はは…まだ始めたばかりじゃないか、これからこれから」


しょんぼりするリィカを励まして、アルドも釣竿を握り直す。








ひとしきりサカナを釣り上げて、アルドとリィカは冷却箱を覗き込んだ。


「うーん……釣れるには釣れるけど…なんか、これを食べるかって言われると…」

「そうデスネ……カラツボ、ビックリオネ、ウーパーグーパー。数は釣れるので、珍しいというわけでもなさそうデス」

「やっぱり、そう簡単には釣れてくれないか」

「餌がお気に召さないのでショウカ…」

「いや…でも、見える影は大体釣ってしまったから、今はここにいないのかも………ん?なんだ、あれは……泡…?」


先程まで釣り糸を垂れていた水面に、プクプクといくつも気泡が浮かんでくる。

何事かと2人が水面に近づく、と、




バッシャアアアアアアン!!!

「うわああああ!!!」




みるみる水面が盛り上がったかと思うと、激しい水飛沫とともに2つの影が勢いよく飛び出す。








「ザッバーン!!ってなもんでござる」


仰け反ったアルドとリィカの頭上を勢いそのままに飛び越え、軽やかに着地してみせたのは、サイラスだった。


「…サイラス!?」


叫ぶアルド。ようやく何が起こったのか理解したようだが、未だ驚きの表情だ。


「おぉ、アルド殿にリィカ殿!いやー、驚かせてすまないでござる。珍しいサカナに出くわして、追いかけておったら思ったより勢いがついてしまったでござるよ」


サイラスは2人に向き直ると、あっけらかんと笑って答えた。その足元では大きなサカナがビチビチと元気に跳ねている。その体は青く、多くの大きなヒレを持っている。


「オオシーラカンス!絶滅したと言われるサカナでござるよ!釣りも趣があるでござるが、潜ってみるのもまた、新しい発見があってよいものでござるな」


オオシーラカンスと呼んだサカナを冷却箱へと入れながら、サイラスはしたり顔で説明する。

リィカは驚きで逆立てたままになっていたツインテールを、ようやくくるりと下ろした。


「…ビックリシマシタ。私、マダ戸惑ってイマス」

「…あぁ。俺も、まだ心臓がバクバクしてるぞ………サイラス、…えーと、その…首もとはどうしたんだ?」

「…なんでござるか?…………こ、これは?!」


サイラスのあまりに自然な様子に、オレがおかしいのか…?と指摘がぎこちなくなるアルド。不思議そうに首もとに視線をやったサイラスは、大きく口を開けて仰け反った。


「なんと!!リュウグウノツガイではござらんか!」


そう、サイラスの首もとには、マフラーよろしく2匹のサカナが巻き付いていたのだ。2匹はそれぞれ赤と青のヒレを持ち、銀白色の細長い体を仲良く絡ませて、まさしくツガイといった様子。


「なんともはや…!なんだかむず痒いとは思っておったが、まさかリュウグウノツガイに出逢えるとは…このサカナもまた貴重でござるよ!」


サイラスは声を弾ませ、いそいそとリュウグウノツガイも冷却箱へ仕舞う。その姿を見るアルドとリィカは、なんともいえない表情をしている。


「むず痒い、ってレベルじゃない気がするが…」

「マフラーをしてイルので、あまり気にならなかったのでショウカ…」


うーん、と首を捻る2人。だが当の本人がケロリとしているのだから、気にしても仕方ない、とアルドは気持ちを切り替えた。


「まぁ…何はともあれ、合流できて良かったよ。無事にここまで来れたんだな」


胸を撫で下ろしたアルドの言葉に、ふうぅと息を吐き、サイラスは腕を組む。


「いやはや、大変だったでござるよ……ラトルで会ったお子は、ホントにカエルだ!とぴょこぴょこ周りを跳びまわり…アクトゥールの親父殿には、拙者が口を挟む隙もないほど矢継早に話をされ……ウミガメ殿は、蛙だなんて聞いていない、美女でもないし、泳いでいけないのかと…ずっと、むくれておった……」


話すうち、次第に遠い目になり喉の袋を膨らませるサイラス。アルドは苦笑し、サイラスを労う。


「はは……いやぁ、悪かったよサイラス。こんな遠くまで、大変だったよな」

「大変だったことは否定せぬが…事情は親父殿から聞いたでござる。だからこそ、オオシーラカンスを追ってきたのでござるよ」


サイラスはふるふると横に首を振って答え、拙者に任せるでござる、と鼻から強く息を吐く。と、ここまで2人のやり取りを見守っていたリィカが、ふと首を傾げる。


「ところで、サイラスさんが来られたというコトハ、何か動きがアッタノデ…?」

「ハッ…!そうでござった!…なんと、例の光の柱が復活したのでござるよ!」


リィカの言葉に大袈裟に仰け反ったあと、サイラスは興奮気味に続けた。アルドとリィカもつられてワッと声をあげ、拳を握る。


「本当か!?」

「コレハ朗報デスネ!」

「良かった、これでようやく未来に行ってエイミに会えるぞ!」

「サイラスさん、お手柄デス!コチラは何の情報もなく、お手上げでしたノデ…!」

「ありがとうな!サイラスのおかげで珍しいサカナも手に入ったし、早くアクトゥールに戻ろう!」


「…実は、そのことでござるが…」


急ぎ釣り道具を片付けるアルド達に、サイラスは少し落ち着くよう促し、話を続けた。


アクトゥールで男性に会い、サカナ探しの依頼を受けたと聞いたこと。相手が気に入らないと困るから、3種類はサカナが欲しいと頼まれたこと。静養しつつじっくり料理を考えるから、時間はかかっても構わない、とも言われたこと。


「…というわけでござる」

「うーん………話は分かった。…けど、サカナを3種類、か」

「先程ほとんど釣ってしまいましたノデ、ここでコレ以上探すのは難しそうデス」

「そうだよなぁ。でも、他の釣り場っていってもなぁ…」


これ以上珍しいサカナが釣れる場所なんてあるのか?と眉を寄せるアルド。考え込んでしまったリィカ。

そんな2人の様子を見て、サイラスが口を開く。


「そこで拙者からひとつ、提案でござるが……一旦、未来へ行ってみるのはどうでござろうか?」

「…未来へ、デスカ?」

「うむ。光も復活したでござる。エイミ殿と合流できれば一安心…さらに未来にも釣り場があれば、もっと珍しいサカナが釣れるやもしれんでござる」


サイラスの提案に、パッと顔を上げる2人。笑顔が浮かぶ。


「なるほど…いい考えじゃないか!」

「私も賛成デス!エイミさんの無事を確認して、未来のサカナを手土産に、戻ッテキマショウ」

「よし、それじゃあ急いでゾル平原へ戻ろう!」




かくしてアルド達は、一路未来へと向かうのだった。

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