ハプニング

燃えるミグランス城で魔獣王を倒し、未来でクロノス博士について調べることになったアルド達。

次元の狭間へと辿り着いた一行は、忘れもの亭のマスターから、外の光の柱には未来と繋がるものもあると聞く。

身支度を整える面々を残し、アルドは一足先に扉を潜った。




ふぅ、とひとつ大きく息を吐く。


(ここは、なんだか落ち着くな…他の時空とは、時間の流れが違うみたいだ…)


ぼんやりと視線を巡らせた先、アルドはいくつかの実をつけた木に目を留めると、歩を進めた。


(念のため、約束の果実をもらって行くか。この先、いつ、何が起こるかわからないもんな…)




ギイィ…!!チリリリン!!

勢いよく開かれた扉に、大きく揺れて響く鈴の音。

エイミが横を走り抜けていく。


「お待たせ、アルド!行くわよ!未来に続いてるのは、真ん中の光って、マスターが言ってたわ!」

「あまり急ぐと、転んでしまうでござるよ」

「アルドさん、ぼーっとしてると置いていってしまいマスヨ」


こっち、とエイミは光の柱へと走っていき、サイラス、リィカも軽快な動きで後に続く。出遅れたアルドは、約束の果実を急いで掴み取ると、慌てて3人を追いかけた、が。


「あっ…おい!ちょっとみんな待……っうわぁ?!」

「「?!」」



エイミが、未来に繋がる光の柱へと消えた瞬間だった。


足が縺れたアルドは前を行くリィカにぶつかり、

そして勢いのままサイラスを道連れに、



…その先の光の柱へと転がり込んでしまったのだった。








ーーーーー








「いてて……はっ!大丈夫か、リィカ!サイラス!」


おでこを摩りながら体を起こしたアルド。2人を下敷きにしてしまったことに気付くと、慌てて腕を取り引き起こす。


「ナニガ起こったのカト………デスガ、問題ないと思われマス!パーツの紛失、システムエラー、共に見受けられマセン」

「うむ…なかなかの衝撃でござったが、落ちた先が草むらで助かったでござる。…しかし、ここは…」


ツインテールをグルンと回し、目を光らせてリィカが答える。サイラスは体についた土を払いながら、ぐるりと視線を巡らせた。



大きな岩がいくつも聳え、色とりどりの草木が繁っている。ぱかっと口を開けたような植物に、ケタケタと笑い踊る奇妙な花、叫びながら遠くを足早に駆けていく恐竜たち。


…どうみても、未来では、ない。



「…ゾル平原。アルドさんと共に古代に飛ばされたとき、初めて降り立った場所デスネ」

「ごめん。俺が躓いた拍子に、2人を巻き込んで、違う光に飛び込んじゃったみたいだ…」

「起こってしまったことは、仕方ないでござる。それよりも問題は…」


項垂れるアルドに、気にするなと声をかけたサイラスは、しかしすぐに腕を組み、眉を潜める。

アルドがぽつりと呟いた。


「あぁ…………光の柱がない、な…」




間違えたなら、来た道を戻ればいいだけの話だが。

通ってきた時空の穴は消え、次元の狭間に繋がるであろう光の柱も見当たらない。


「あの光の柱とやら…常に存在するわけではないでござるか?」

「一時的に、接続が不安定にナッテイルだけかもしれマセン」

「参ったな…ここで待つにしても、いつ復活するのか全く検討がつかないぞ」


どうしたものか、と思案する3人。

暫しの沈黙の後、アルドが口を開く。


「もしかしたら…他の場所にも、次元の狭間に繋がる光の柱があるかもしれない」

「別の光の柱、でござるか…」

「ああ。…ここがいつ復活するのか、そもそも復活するのかも分からない。1人で行かせてしまったエイミも心配だし……それなら、ただじっと待っているよりは、他の道を探した方がいいんじゃないかなって」

「光の柱に限ラズ、何か手掛かりが見つかる可能性も無きにしも非ず、デスネ」


ふむ、と頷き顔を上げるサイラス。


「ならば、先にお主達2人で調べに行ってはもらえぬか」

「サイラスさんは、どうなさるノデ?」

「先程の光が復活するやもしれぬ。拙者は暫く様子を見て、後を追うでござるよ」

「なるほど…それもそうだな」


アルドとリィカは顔を見合せ、頷いた。


「じゃあここは頼んだよ、サイラス。オレ達は、ひとまずラトルに向かって進もう。」

「お気をつけて、サイラスさん。ソレデハお先に、行って参リマス!」

「お主達こそ、魔物に注意するでござるよ。吉報を待っているでござる!」



2人を送り出し、どかりと腰をおろすサイラス。


(光の柱がすぐに復活すれば、なんということはないのでござるが……ここは腰を据えて待つしかあるまい。そちらは頼んだでござるよ、アルド殿、リィカ殿!)








ーーーーー








「うーーん……ラトルには着いたけど…」

「ココマデ、何の手掛かりもアリマセンネ」


道中で何か見つかったわけでもなく、ラトルでの聞き込みの甲斐もなく、肩を落とすアルドとリィカ。

仕方ない、この先へ進むか、一度戻るか…と相談する2人。

前方から、1組の親子が歩いてくる。


「…あの親子、ティレン湖道からやってきましたネ。少し話を聞いてみまショウ」

「そうだな、何か知ってるかもしれない。……おーい!いきなりすまない、オレ達探し物をしてるんだ。ちょっと聞いてもいいかな?」


アルドの呼び掛けに、足を止める親子。

男の子はリィカの姿に驚いたのか、父親の後ろに隠れて、こちらを窺っている。


「あぁ、構わないが…何を探しているんだい?」

「ありがとう!この辺りで、青い光の柱や、青く光る穴を見かけなかったか?」

「青く光る柱や…穴だって?」

「あぁ。見たことはなくても、話を聞いたことがあるとか、何か知っていることがあれば教えてほしいんだ」

「……うーん…ここらじゃあ見たことも聞いたこともないなぁ…」

「そうか…」


首を傾げ、残念そうに答える父親。

まぁ、そんな簡単には見つからないか、とアルドは呟く。

視線に気付いたリィカは、目をピカリと光らせ、ツインテールをぐるぐると回してみせる、と、男の子はぱあっと表情を輝かせ、かっこいい…と呟いた。


「力になれなくてすまないな、兄さん」

「いや、いいんだ。ありが…」



「あ……あおいの、さがしてる?」


アルドの言葉を遮ったのは男の子。おずおずと父親の後ろから出てくる。リィカは男の子の目線までしゃがむと、ゆっくり問いかけた。


「青いモノ、探してイマス。何か知ってイマスカ?」

「あおっ!あおいひと、あっち、で、みたよっ!」


リィカに話しかけられ、嬉しくなったのか男の子はピョンピョン跳び跳ねながら答えた。


「青い、人?」

「人、デスカ?」


顔を見合せるアルドとリィカ。


「はは…あれは青い人というよりは、青い顔だよ。ティレン湖道の中程でね、そんな男を見かけたんだが……まぁ、ちょっと変わった雰囲気ではあったかな」


ぽんぽんと子供の頭を撫で、父親が苦笑する。


「青い顔、変わった雰囲気、か」

「探し物は、人ではないデスガ…」

「でも他に手掛かりもないし、ちょっと様子を見に行ってみようか」

「ソウデスネ、何か分かるかもしれマセン。情報、感謝シマス、坊ッチャン」

「ぁ……うんっ…!!」

「親父さんもありがとうな。…あ、そうだ!もし蛙の姿をした剣士を見かけたら、オレ達はこの先に行ったと伝えてくれ。それじゃあ…」


いってらっしゃい!とブンブンと両手を振って見送る男の子に手を振り返して、アルド達はティレン湖道へと向かう。



「蛙の…剣士?…これまた不思議な面子が集まるもんだ…」

「かぁっこいい~~…!!」








ーーーーー








「この辺りにも、青い光は見当たらないな……やっぱり手掛かりは青い顔の男だけ、か…」

「道の中程と言ってイマシタから、大きく移動していなければ、ソロソロ………?アルドさん、アレを!」


前を歩いていたリィカが急に足を止める。キョロキョロと辺りを見回していたアルドも、リィカの後ろから顔を覗かせた。

2人の視線の先には、一人の中年男性。項垂れ、深い溜め息を吐いているように見える。


「こんなにいい天気なのに、あの人の周りだけ空気がどんよりしてるぞ…」

「男性周辺の、大気中の水分量…94%デス!」

「…水分量?でも、今にも雨が降りだしそう、って感じはするな」


リィカはピカリと目を光らせ、なにやら数値をはじき出す。腕を組み、眉を寄せて男性の様子を伺うアルド。


「青い顔トイウノハ、あの人のことでショウカ?」

「うーん、言われてみれば……あんなに肩を落として、なにか困っているのかもしれない。ちょっと声をかけて…」




「もう…オレには、こうするしか…」


フラリと、吸い寄せられるように水面に近づく男性。


「えっ……まさか、飛び込むつもりじゃ…?!とにかく止めるぞ、リィカ!」

「了解デス、アルドさん!急ぎマショウ」


慌てて男性のもとへと走る2人。


「早まるな!」

「ゥワッ?!なんだ?!」


血相を変えて走り寄る2人に驚き、後ずさる男性。


「待つんだ!落ち着いて…!」

「落ち着いてクダサイ!話せばワカリマス!」


暴れる男性を羽交い締めにするアルド。

水面の前に立ち塞がり、両腕を広げるリィカ。


「離せッ!!」

「話ならいくらでも聞くから!そんな死に急ぐような真似は…」

「ええぃ煩いッ!オレに……!」






「オレに魚を獲らせてくれェ…ッ!!」











「「「…え?」」」






「…サカナ…?」

「死に急ぐ…?」




生温い風が、間を通り抜けてゆく…


そっ…と男性から離れる2人。




「ナニカ、イキチガイ、ガ、アッタ、ヨウデスネ」

「あ…あぁ、すまない…とても落ち込んでいるように見えたから、てっきり…」

「てっきり…?」


地面に膝をつき俯いたままの男性。


「いや、そのー…思い詰めて、飛び込もうとしてたのかと…」

「………」


少しずつ後ずさるアルド達。


「マサカ、素潜り二、行こうとしていた、だけだったトハ」

「………」

「勘違いして、乱暴に止めて悪かったよ………じゃ、じゃあオレ達はこれで… 」

「待て…」


ゆらりと立ち上がる男性。


「…え」

「話を聞くと言ったな…」


俯いたまま数歩アルド達へ近づく。表情は見えない。


「え?」

「いくらでも聞くと…」


目にも止まらぬ速さでアルドの目の前にやってきた男性。ずずいと顔を近づける、その無表情が不気味さを煽る。


「言ったよね?」

「ぅわっ、近っ…!」

「とてもツヨイ圧ヲ、感じマス…」

「わ、わかった、聞くから……ちょっと離れてくれ…!」






ーーーーー






「それで、なんだってあんな思い詰めた顔で飛び込もうとしてたんだ?サカナを獲らせてくれ、って言ってたよな」


ひとまず落ち着いてくれ、とアルドが手渡した約束の果実を一口齧ると、男性は重い口を開く。


「あァ…どうしてもサカナがほしくて…」

「そんな格好のままでの素潜りは危険デス!サカナなら、潜らなくても釣れるのでは?」

「そうなんだがな…それじゃァダメなんだ…」

「駄目っていうのはどうしてだ?釣れないのか?」

「いや…釣れるには釣れるんだが…」

「潜ることでしか得られない貴重なサカナがいるノデしょうか?」

「まァ…そうとも限らないんだが…」


男性は俯いたまま、また一口、手元で遊ばせていた果実を齧った。要領を得ない会話に、アルドは腕を組み直し、眉を寄せる。


(うーん…この人、話を聞いてくれって言う割りには、落ち込みすぎててマトモな話ができないぞ……かといって、このまま放っておくと、また飛び込もうとするかもしれないし…)


「見たところ、精神的疲労が顔にまで出てイマス!いるかどうかも分からないサカナの為に、その状態で潜るのは、全くオススメできマセン、ノデ!」

「でもなァ嬢ちゃん…オレはあのコの為に、なんとしても…」



「…わかった。そのサカナ、オレ達がとってくるっていうのはどうだ?」

「「…え?」」


アルドの申し出に、思わず顔を上げる男性。


「アルドさんが潜るノデスか?!」

「いや、まだ潜るって決めたわけじゃないけど…さっき、あの子って言ってただろ?」

「アノ子…?」

「きっと、とっておきのサカナを食べさせてあげたい、大切な人がいるんじゃないかな?…けど、そんなフラフラしてる状態では心配だし。オレにできることなら手伝うよ」

「い…いいのかい?兄ちゃん……いや、でも通りすがりのアンタ達に、これ以上迷惑をかけるわけには…」


そう言いながら手元に視線を落とし、逡巡する男性。


「先に声をかけたのはこっちだし……その、さっきの誤解のお詫びとでも思ってくれれば」

「お気になさらず!今のトコロ私達の探し物のアテもないですし……それに私も心配です、ノデ!」

「……あ…ありがとう!なんとお礼を言ったらいいか…!」


男性は残りの果実を一瞬で口に詰め込むと、ガバッと立ち上がり、アルドの両手をぐっと握り締めた。


「ほんほおいあいがひょう…!!」

「あ、あぁ………でも、希望通りのサカナが手に入るかは分からないぞ」

「どんなサカナを、ご所望でショウ」


再び落ち着くよう促され、男性はアルドの手を放すと、ふうぅ、と大きな溜め息を吐いた。


「ここで釣れるサカナは、あらかた試してみたんだが…全くだった…。オレはアクトゥールに住んでるんだが、そこのサカナもダメでな……ほとほと困っちまって、釣れねェならもう潜るしかねェって…」

「そこにオレ達が通りかかったわけか」


男性を休ませる為、アクトゥールへと歩を進めながら、アルド達は続けて話を聞き出す。


「あァ…オレは料理は得意な方なんだが…どんなに美味しくできても、見向きもされなくてな…。変わったサカナ、ここらじゃ見かけない珍しいサカナなら、興味を持ってくれるかもしれねェ」

「ティレン湖道やアクトゥールでは、手に入らないサカナ、というわけデスネ」

「そうだなぁ…珍しいサカナか…」




アルドが考え込む横で、リィカがピン!と閃く。


「それなら竜宮城に行ってみるのはどうでショウ?」

「…たしかに!あそこならいろんなサカナが釣れそうだ。潜らなくてもすみそうだし……よし、行ってみよう」

「…竜宮城?なんだか楽しそうだな…」


そわっとした男性に苦笑して、アルドは忠告する。


「ほら、アクトゥールに着いたぞ。サカナはオレ達でなんとかするから、アンタはしっかり休んでおいてくれ」

「英気を養っておかないと、オイシイ料理は作れません、ノデ!」

「あァ、そうだな…分かってるよ。……すまねェな、アンタ達」

「そんなに気にしないでくれよ。それじゃあ、行ってくる」

「蛙姿の剣士が来タラ、私達はキーラ浜へ向かったとお伝えクダサイ」

「カエ…?…あ、あァ、伝えるよ…」




カエル……と首を傾げる男性を残し、

かくしてアルド達は竜宮城へと舵を切ったのだった。


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