第30話 こんな状況なのに
たとえば、好きな食べ物の話だったり、誕生日の話だったり、
家族構成について話したりするなど色々な話をしました。
「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわね」
そう言われてハッとしました。
そういえば自己紹介がまだでした。
慌てて自分の名前を名乗ると、彼女も同じように名乗ってくれました。
こうしてお互いのことを知ることができたおかげで、より親密になれた気がしました。
その後も他愛もない会話をしながら楽しい時間を過ごしていく中で、
少しずつ打ち解けていったような気がするのです。
やがて夜も更けてきて寝る時間になったとき、
ベッドに入る前に一つだけ聞きたいことがあって尋ねてみたところ、 あっさりと教えてもらえました。
その内容とは、どうして一人であんなところにいたのかということなのですが、
それについては本人もよくわからないと言っていたので、
深く追及することは止めておくことにしました。
その代わりというわけではないのですが、明日になったらもう一度ちゃんと話を聞くことにしようと思います。
さて、今日はもう疲れたことだし、さっさと寝ることにします。
翌朝、目が覚めると隣にはまだ眠っている彼女の顔がありました。
それを見てホッとした気持ちになった後、起こさないように
そっとベッドから抜け出し朝食の準備を始めます。
「おはよう、昨日はよく眠れましたか?」
しばらくして起きてきた彼女に挨拶を返すと、
彼女は笑顔を浮かべながら頷いてくれました。
そんな彼女の様子を見て、私も自然と笑顔になります。
食事を済ませた後、身支度を整えてから出発しようと準備をしている最中、
ふと気になったことがあったので尋ねてみることにしました。
それは、昨日言っていた言葉の意味についてです。
一体どういう意味だったのか気になって仕方なかったので、思い切って尋ねてみることにしました。
そうすると、彼女は少し考えた後でこう答えてくれました。
その言葉というのは、要するに自分は記憶喪失だということでした。
つまり、自分が誰なのかさえ分からない状態だったようです。
それを聞いて驚きつつも、何とか平静を保ちつつ詳しい事情を聞くことにしました。
その結果分かったことは、彼女はつい最近この近辺にやってきたばかりで、
それまでの記憶は一切無いということでした。
そのため、自分が何者なのかさえも分からず途方に暮れていたところを
偶然通りかかった人に助けられ、その人の家で暮らすことになったそうです。
ところが、その家の主である男性が亡くなり、
代わりにやってきた女性の元で生活することになったものの、
うまく馴染めなかったために逃げ出してきたという話でした。
一通り話を聞き終えた後、私はある提案をする決意を固めたのでした。
それは、このまま放っておくわけにはいかないと考えた結果、
彼女を保護してあげることに決めたのです。
もちろん、彼女自身の意思を確認する必要はあるでしょうが、
それでもきっと分かってくれるはずと信じています。
それに、私自身としても放っておけないという気持ちが強かったこともあり、
積極的に手を差し伸べようと思った次第です。
とはいえ、まずは本人に確認を取る必要があるため、直接会って話をすることにしました。
場所は近くの公園を選んだ上で、待ち合わせの時間を決め、約束通り現れた人物を見るなり、
安堵のため息を漏らしたのは言うまでもありません。
なぜなら、そこにいたのは紛れもなく探し求めていた人だったからだからです。
ようやく再会できた喜びに浸る間もなく、すぐさま本題を切り出すべく
話しかけようとしたその時、先に口を開いたのは相手の方でした。
内容は予想通り、自分と一緒に来るかどうかを問うものでした。
当然、迷うことなく承諾の意を示したわけなのですが、問題はここから先どうするかということです。
何しろ、行き先すら定まっていない状況ですし、何より金銭的な問題もあります。
そこで、一旦自宅に戻ることを提案したところ、
意外にもすんなり受け入れられたため、一度戻ることになりました。
道中、特にこれといった出来事もなく無事に到着することができたのですが、ここで一つ困ったことが起こりました。
というのも、鍵を持っていないせいで中に入れなかったのです。
仕方なく魔法ベルを鳴らしてみると、中から応答があり、事情を説明した上で開けてもらいました。
中に入ると、そこには見慣れた光景が広がっているだけで特に変わった点はありませんでした。
ひとまず安堵しつつ、これからのことを話し合うべく大広間に向かいました。
そこで話し合った結果、当面の間はここを拠点にして活動することが決まりました。
ただし、あくまでも一時的な措置であるため、いずれ別の場所に移ることになるかもしれません。
その点については事前に伝えておく必要がありますが、今のところはその予定はありません。
とりあえずの方針が決まったところで、次にすべきことは何でしょうか?
おそらく、最も重要なのはやはり情報収集だと思われます。
そのためにはまず、この世界についての基本的な知識を身につける必要があるでしょう。
そこで、図書館に行ってみようと思うのですがどうでしょうか?
賛成多数により可決されたので、早速向かうことにしましょう。
到着すると、そこはかなり大きな建物でした。
中に入ってみると、たくさんの本が並んでいる様子が見えてきました。
その中から適当に何冊か手に取って読んでいくことにしました。
最初こそ慣れない文字に苦戦したものの、読み進めていくうちにだんだんと慣れてきて、
最終的にはスラスラ読めるようになっていました。
さすがは異世界の文字だと感心していると、ちょうどお昼時になっていたことに気づいたので、
休憩も兼ねて食堂に行くことにしました。
メニュー表を見ながら何を食べようか考えていると、
隣の席にいた子供たちが話している内容が耳に入ってきて、ついそちらに気を取られてしまいました。
何でも、最近この辺りに現れた謎の集団について噂になっているんだとか。
興味を持った私は、彼らの話に耳をそばだてていると、驚くべき事実を知ることとなりました。
実は、彼らは自分たちのことを魔王軍の一員だと名乗っているらしいのです。
しかも、その中でも幹部クラスの地位にある者たちばかりだそうで、
もし彼らが本気になれば国の一つや二つ簡単に滅ぼすことができるほどの力を持っていると言われているみたいです。
そのことを聞いた途端、背筋が凍るような思いになりました。
まさか、こんなところで本物の敵と出会うなんて夢にも思わなかったからです。
ですが、同時にチャンスでもあるとも思いました。
なぜなら、彼らを倒すことができれば名声を手に入れることができる上に、
元の世界に帰るための手掛かりを得られるかもしれないと思ったからです。
そうと決まれば善は急げとばかりに、早速行動を開始しようと心に決めたのでした。
翌日、早速準備を整えると、指定された場所へと向かうことにしました。
その場所とは、街外れにある森の中にある洞窟でした。
入り口付近には見張りらしき人物が立っている姿が見えたので、
見つからないよう慎重に近づいていきました。
幸い、こちらには全く気づいていない様子だったので、
一気に駆け出すと、そのまま中に飛び込んでいったのです。
薄暗い通路が続いている中を進んでいくと、やがて広い空間に出ることができました。
そこに待ち構えていたのは、予想どおりの人物たちでした。
全員揃ってこちらを睨みつけるように見ていましたが、構わず話しかけることにしました。
「初めまして、今日はわざわざ来てくれてありがとう。
早速だけど、あなたたちの目的を教えてもらえるかしら?」
そう言うと、リーダー格と思われる男が一歩前に出て口を開きました。
その男は長身痩躯の男で、黒いローブに身を包んでいます。
見た目からしていかにも怪しい雰囲気を漂わせており、正直あまり関わりたくないタイプです。
まあ、だからと言って引き下がるつもりはありません。
そんなことを思っている間に、男は淡々と語り始めました。
曰く、自分たちの目的はただ一つ、この世界の支配であるという衝撃的な内容でした。
それを聞いた瞬間、思わず言葉を失ってしまいました。
まさか、ここまでストレートに言われるとは思っていませんでしたから。
ただ、そうなるとこちらも黙ってはいられません。
だからこそ、覚悟を決めた上で戦うことを決意したのです。
戦いが始まってすぐ、相手の実力の高さを思い知らされることになってしまいました。
こちらの攻撃は全て防がれてしまい、逆に反撃を受けて吹き飛ばされてしまったのです。
なんとか立ち上がろうとするも、思うように体が動かず立ち上がることすらできませんでした。
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