第32話 暖かい日
「――起きて、朝よ」
そんな声で目を覚ます。そうかあの後、ベッドの上に向かったのだった。
ラーチカはベッドの横で立っている。
「昨日はごめんなさいね......ちょっと調子に乗りすぎて......」
「いつもの事だろ」
「......」
不服そうな顔をする。
「ねぇ、朝食用意しようとしたのに、棚に食材とか何もなかったのだけど......朝どうする気だったの?」
「一日一食で過ごしてる、昼だけだ食べるのは」
「え、大丈夫なの?どうしてそんな......」
ラーチカは心配そうに聞いて来る。
「色々とあったんだよ」
「でも――」
「最近は食材も高いだろ、それだよ理由は」
と適当に嘘をついてベッドにまた横になる。
「もう、まだ寝るつもりなの?」
「する事がない」
「本とか読めば?」
「昔は読んでた、もう売ったけどな」
そんな事を話しているとふとこの家は結婚したらどうなるのだろうか、と考えていた、ウレイアが此処に来るのか、それとも新しい家を建てるのだろうか......
「......」
ラーチカの表情は明るく、心なしか機嫌も良い、それはそうだ、最愛の兄が釈放出来るかもしれないのだから。
「ラトフの件......次はないと伝えておけよ」
「もう、お兄の事になるといつも語彙が強い」
「そりゃそうだ......俺は奴に金品を横取りされてるしその件を抜きにしても問題がある、昔馴染みの縁で色々としてやってるだけだ」
「またそんな事言って......」
当時はリュントク家の召使が父親の死と共に屋敷にあった、金品、宝石類などを持って失踪してしまう事件があった。
元々のラトフの浪費癖に加えて、その事件がリュントク家を金欠に苦しめる原因となったのだ。
そんな時、自分個人、そして母さんは彼らの父親に良くして貰った縁から同じリュントク家のラトフ、ラーチカの面倒を時折見ていた、まぁ憐れんでというのもあったが。
「......ラーチカはこの後どうする気だ?」
「え、まぁもう少し経ったら帰るつもりだけど......」
ベッドから起き上がる。
「どうしたの?急に起き上がって」
「散歩する、ついでにお前を家まで送ってもいい、来るか?」
ラーチカは笑顔で
「えぇ、じゃあせっかくだから、お願いするわ」
そう答えた。
■
「......」
「新年ともなると、流石に人がいないのね」
晴れていた、とはいえ新年の為に人通りは少ない。
「そういえば......ガルアンと二人でゆっくり歩くなんて久しぶりね?」
「だろう、お前は大体ラトフと一緒にいた、子供のころからずっとな」
「......そうかも、いつも3人だったわね」
「シラ村では俺とラーチカが二人きりなんてほとんどなかったからな、
そんな事を話していると。
「ねぇ、ガルアンはさ、私が帝都に来た事を知ってどう思った?」
「どう?」
「嬉しかった?」
「......そうだな......」
少し考えて、答える。
「どうして今来た......とは思ったな」
「......どういうこと?会いたくなかったってこと?」
「ここは帝都、帝国で最も栄えた場所、栄えてなければならない場所......だというのに見て見ろ」
人通りが少ない......というのは表通りの事、横道を見ればブツブツと呟く浮浪者共、生きているのか死んでいるのかわからない横たわる老若男女、表通りを歩いていても嗅いでしまう腐臭。
建物のカーテンは閉め切られ、ドアは完全に施錠されている、時折馬車は貴族の者か、それは誰が入っているのかわからぬようにカーテンで閉め切られ、ぞろぞろと護衛をつれて道を通り過ぎていく。
「新年の静寂が帝国の現状をつぶさに晒している」
「?」
「臭い物に蓋、とはよく言ったものだ」
「???ごめんなさい、ガルアンの言葉は時々、難しい」
「これからの帝国はあまり良い物にはならないって言いたい、特に帝都はな」
そういうとラーチカは袖を掴んでくる。
「そんな事言わないでよ」
「......脅したい訳じゃない」
「それはわかるけど......」
ラーチカの方を見ると不安そうに見てくる。
「......そう思ってるのなら、神聖騎士として最前線で立つ貴方はどうして自分の心配をしないの?」
「......信じなくても良いけどな、俺の独り言として流してくれ」
「違う、そうじゃないの、どうしてガルアンは平然としているのかって......」
「しつこいな、俺の事はどうだっていい、お前やラトフの事を――「良くないッ」
――静寂
ラーチカの怒りの声に呆気に取られた。
「......?」
「ガルアン......私はね、貴方を心配してるのよ?」
「しん......ぱい?」
「......そう、心配してる、危ない事になるって思ってるのに自分を見てない事を私は心配してる」
「――なんだ、ラーチカ......普段からお兄お兄とばっかり言っているからてっきり......俺にもそういう事を言ってくれるんだな......以外だ」
「以外って......もう......そんな悲しい事を言わないでよ......」
「悲しい事なんてない、以外だった」
そう、以外だった、それだけだ。
「まぁお前の心配はありがたいが俺は自己犠牲が出来る人間じゃない、信心深くもなく清廉でもないロクデナシ、神聖騎士なのに娼婦を買うような奴だよ」
「......」
ラーチカはやはり不安そうに見ている、自分の言葉など信じていないと言った目だ。
「......あまり長く立っていると目立つ、昼にもなれば流石に人も増えて来る、急ごう」
「......そうね」
それからしばらく歩いてラーチカの家まで到着した。
彼女の家と言っても部屋を借りているだけ、そしてラトフと同居している。
部屋の前までついていった。
「ちょっと変な空気になっちゃったけどありがとう、私、ガルアンに助けられっぱなしね、いつかお返しできればいいのだけど、欲しいものとかある?」
「欲しいもの......ないな」
「......もう、そういう謙虚な所が人気な所なのよ?」
「人気?」
「自覚ない?信仰の守護者の体現者って慕われてるの」
「あぁ、その事か......」
しかしないものはない、いや、あるにはあるが、それは......概念的なものだ。
「結構困るな、本当に興味ない......」
「......適当にでも考えておいた方が良いと思う」
「......そうだな考えておくか......うーん、金とか?」
「ふふふっ、ま、まぁ即物的過ぎるとは思うけど......えぇそうねッ」
「?」
そんなおかしい事だろうか、ラーチカはクスクスと笑う。
「じゃあまた......」
「あぁ、また」
そう言って、別れを告げて――
「......そうだった」
思い出した、そう、これを言っておかなければならない。
ドアを締め切られる前に振り向いて――
「――ラーチカよく聞け、今まではどうにかなったが、今年からそう易々と異性とは会えなくなる」
「――え、それはどういう――」
「そのままの意味だよ、ただ会える機会は作るから――じゃあ」
「ちょっとガルアンッ―――」
後ろでラーチカの声が聞こえるが振り向かない、そしてラーチカは昔から追っても追いつけないと身を染みて知っているから追ってはこない。
こうしてラーチカと別れた、実に有意義な日であった、ラトフを助けてやるのも悪くはないと思えるほどには、穏やかな気持ちになれた。
しかしわかっている、神聖騎士としての日々を始めれば、ウレイアと形式的な見合いを行う、婚約を発表する、そうなれば平穏も日常も無くなる。
「はっはっはっ......」
空笑いしてしまう。
「......あっそうか、今のが新年の初笑いになるのか......」
それそれで笑えるけれど――
「あぁだったら――」
もう見えないのに後ろを振り返る――
「――ラーチカと笑えば良かったな」
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