第29話 動
「反体制的な書物は全て燃やせ」
反体制的書物『帝国異議』の流通が帝国に広まりつつあるのは密に把握されていた、既にアルルアにまでいきわたっているものの、それでも大本の出版工場の摘発、本の回収を行っている。
それに最近は『帝国異議』以外にも農村部を中心に都市は農村を搾取していると冊子を撒いたり、言葉で語り始める者も現れるようになっていた。
アルニ回廊から南方面にずっと行けばバロニオン連邦がある、そしてそこから最も近い都市が南西都市ニール。
いまそんな南西都市ニール近郊では多くの反体制的書物が出回っており摘発に手を拱いていた。
これは西部都市ホルクマとその他農村部を摘発していくとなるとそもそも広すぎて探すのに時間がかかってしまうという点、そして――
「また偽情報つかまされた、怪しい奴らが入り浸ったていたと聞いていたのに人のいた形成すらないじゃないか」
細かな位置情報を得ようにも西部都市ホルクマで起こされた惨劇の被害者やその遺族多くが南西都市ニールにいること、そんな被害者の嘆きと西部騎士隊に対する甘い判決によりホルクマとは無関係であった住民も不信感を募らせ中央政府に非協力的、仮に提供者が話してくれてもその情報は間違いで、それを提供者曰く悪気はなかったと、そう言われれば強くは言えず。
そんなこんなで時間を奪われる結果となっていた。
「はぁまさか年末までこんな事をやってるとは」
「私語は慎め」
「だって自分らも人間だ、年末にこんな事をしてちゃ溜まったもんじゃあない」
「まったく文句ばかり......次行くぞ」
兵士たちはとある廃屋に着く、ここはもとより怪しいと言われていた。
「ここは時折、人が出入りしていると情報があった」
見る限りはひと気のない廃屋、しかし、中に入っていくと確かに人の生活した後がある。
「......当たりだな――っ?」
すると中から物音が聞こえて来た。
「......出てこい、そこにいるのはわかっている」
男が一人、ポケットに手を入れながらゆっくりと出てくる。
「......この散らかり具合を見るにひとりではないはずだ、他にもいるだろ?」
「......」
「おい――」
兵士たちは警戒をしていると――
バンバンッ
「――伏せろッ!」
銃声が響き渡る――
こうして南西都市ニール都市の近郊で摘発を行っていた兵士が銃撃される事件は巻き起こった、相手の生存者は無し、兵士は計6名が殉職した。
犯人グループが潜伏していた廃屋には『帝国異議』と『救い子』が見つかっており、帝国はそれら二つの関連性については慎重に考えることにし、またこの事件のことは公に語る事は避ける方針を固めた。
■
東部都市スクトでは、多くの非難の中、プーザ=レンナヴァ筆頭に元西部騎士隊が労働奉仕を行っている。
それを遠くから監視していたのは南西都市ニールの出来事をまだ知らない東部騎士隊だった。
東部騎士隊の役目は二つ脱走させない事、自殺させない事......つまり元西部騎士隊は労働の進捗が問われていない。
「なぜ、彼らが生きながらえているのか、わかるかい?」
東部騎士隊、15歳という若さでありながら、大人顔負けに堂々としているのはリリズン=イススック、赤く長い髪が雪の中ではなお目立つ。
彼女は同じ東部騎士の男バクバス=ドゲリンに語る。
「知らない、リリズン知っているのか?」
「私は北方系の家系だから、魔女についてのあれこれも多少は」
北方系というのはシュチからの民という事だ、この東部都市は北方からの系譜を持つ者が比較的多い地域なのだ。
「バロトーロフの作戦だろう」
「え、どういうこと?」
「みんな彼を批判するけれど、バロトーロフはよく考えた、呪いを一部におっ被せる気でいるんだよ」
「魔女の呪いなんて巷では都市伝説として広がっているけれど、結局はデマなんじゃ?」
「違う、呪いはある、特に恐ろしきは断絶の呪い」
「断絶の呪い......」
「その血筋を終わらせる最悪の呪いだ、噂レベルなら聞いた事あるはずだよ皇帝陛下の件で」
リリズンが自らの出目を公にするのは心根の知れた仲間のみ、この騎士はリリズンにとっては心根を知れた仲間と言う事だ。
「呪いは黒魔術と似ているけれど違いは呪いとは感情であり思いであり祈り......術者自身にだってどうこうできるものではないんだ」
「......」
「呪いをかけられた人間の魂は穢される」
リリズンはバクバスが恐怖していく様を見てくすりと笑う。
「だから魔女という存在は恐ろしい、彼女らが本当は何だったのか、なんて今となっては意味がない、もう零落を極めた存在さ」
「......物知りなんだな、リリズン」
「......祖母が昔、故郷で友人に聞いたらしくてね」
リリズンは続ける。
「呪いは感情だからこそ恐ろしい、バロトーロフは西部騎士隊の生き残りを使って呪いの被害を最小限にしようとしていると推測してる」
「ということはあいつらはそのうち魔女狩りの前線に駆りだされるということか」
「そうなるだろうね、ウチの想像が合っていたらバロトーロフは結構出来る奴だ」
「......すごいのはいいけど、不満に思ってる奴らは多い」
「まぁ......仕方ないかな、シュチ出身というのもそれを助長させてるのだろうし」
そんなこんな会話を続けていると上官と思わしき者がやってくる。
「リリズン、話しがある」
「?了解した」
呼ばれたリリズンはその上官 ラスカ=ギルークスの部屋に向かう。
■
「今年の神聖騎士団に魔女が入り込んでいた事件を聞いてどう思った?」
リリズンはいきなりそう聞かれ少し考えながら。
「そのような事もある......と思いました。私たちは職務上、多くの魔性の輩に会います、彼らの影響を受け魔女に靡く者も出て来るでしょう」
「なるほど......東部騎士隊は他の騎士隊とは気色が違う、君のような他では排斥されがちな者もいるというのは強みだな」
「はい」
「個人的にペイアイ殿と繋がりがあってな、
「私がですか?」
リリズンは困惑する、彼女はずっと東部都市スクトで生まれ育ってきた、慣れない地域に行くというのは彼女にとってストレスでしかないのだ。
「君の独特な出目、そして知見から見える帝都アルルアがあるかもしれない、だろう?」
「それは......」
彼女は地元を離れた事はほぼない、本当の所は拒否したかった。
「......命令とあらば、しかし慣れないところでの長居はしたくありません」
「わかっている、行く時期についての決定はもう少し先となろう」
「......はい......」
リリズンにとっては不本意な事だったが仕方のないことだ、彼女にはこの世界において珍しい魔女関連の知恵があり普段から真面目な性格もあって信頼も厚い。
「そう固くなるな、別に一人だけ行かせようとは思っていない、同じ東部騎士隊の者も一緒だ」
「......同じ騎士と言っても騎士隊ごとに価値観の違いは大きいです、私たちに合うかどうか......」
そう、リリズンは地元を離れる事への拒否感もそうだが騎士隊事の価値観の違いもあり嫌だった。
西部騎士隊は魔女狩りなど実戦部隊として、中央の騎士は信仰の守護者として、両方ともにかなり聖教会に重きを置いている。
南部騎士隊、東部騎士隊は実はそこまで聖教会へ重きは置いていない、東部は北部からの流れをくむものが多く、南部騎士隊は中央と西部、東部と被る事が多いためにそもそも数も少なく、緩い。
北部騎士隊はかなり特殊で聖教会に厳格である場合もあれば、土地勘があるとして現地雇用されている異教徒が密かにいるという噂もあった、また金銭的にも恵まれておらず汚職が横行しているという噂もされていた。
それに最近では何処も事件が多い、それも彼女の不安を余計に増幅させていた。
「不安なのはわかる、なに中央にも君と話の合う者はいるだろう」
「はい......いれば嬉しいです」
「......また日程が決まり次第、連絡する」
「わかりました」
リリズンは部屋から出ると思わずため息をこぼす。
「はぁ......仕方ないか......」
こうしてリリズン=イススックはいつ決まっても良いようにと帝都アルルアへ向かう為の準備を行うのだった。
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