第28話 勝手な期待

 次の日の朝、男から買い取ったロケットをポケットに入れて、パルタが住んでいる家へと向かう、前に聞いた通りならば、ここから路地裏に行き――


「......」


小汚い道を進んでいくと、レンガ造りの3階建ての建物に着いた、彼女は3階に住んでいるらしい。


階段はギシギシと音を立てて底が抜けてしまわないかと思う、2階まで到着すると茶色コートを来て同じく茶色の帽子を深々と被った男が上の階から降りて来た。


「......と、失礼」


自分と男はすれ違う、3階につくとすぐ目の前に扉が現れる。


「......ふぅ......」


深呼吸してノックする。


「......パルタ=オンレさん」


何回かノックしていると、室内から物音が聞こえて来る。


扉が開く。

黄緑色の髪を後ろにまとめてポニーテールにした女、パルタ=オンレが出る。


「どちら様で......あ、貴方様は......」

「......御主人の件で、御愁傷様です」

「......はい......わざわざありがとうございます」

「ご主人の遺品の件で」

「遺品......しかし、遺体には遺品となる物はほとんど何もなかったと」

「これに心当たりがあるのでは?」

「――」


ロケットを見せると目の色を変える。


「ど、どうぞ、中へ」


中に入ると外の建物からは想像が出来ないくらいに整頓とされていた。


「それは確かにあの人の、オルスの物です」

「見当違いでなくて良かった、さぁこれを」

「い、いえ、大変申し上げにくいのですが......大丈夫なのです」

「遠慮しないでほしい、聞いた話ではこれを最後まで握って息絶えたそうでしてね、貴方が持っているべきだと考えて」


しかしパルタはよそよそしくしているのだ、後ろめたいのか、一体何が彼女をそうさせているのか。


「どうかしたので?」

「......いま、お付き合いをしている方がいるのです」

「......なんだって?」

「そのロケットがあると......思い出してしまいます、オルスのことを」


なんだそれは。


「だから差し上げます......」

「待て、カウヤは知っているのか?」

「話はしました」

「その言い方、納得はしてもらってないんだな」

「......ガルアン様には感謝しています、わざわざオルスの遺品を届けに来ていただいたことにも――」

「もういい――」


あぁこの人はあの日から変わってしまったのか、あの一途な儚さは既に消えていたのか、あんな寂しそうだったのに、それとも自分が勝手にそう感じていただけなのか。


「――ッ」


ロケットを奴の顔面に投げつける。


「――痛ッッ」


馬鹿馬鹿しい昨日のあれはなんだったのか、この女への、この家族へのあの思いはなんだったんだろう、今にして思えば馬鹿馬鹿しくて仕方ない。


「なんで......」

「いらん、そんな鉄くず」


人は見かけによらないのか、たかだか模擬試合の観戦で会話をしただけで理解したと思いあがっていた自分への罰か。


「お前に......母さんあの人の面影を見たのは大間違いだったッ!」


それは見た目の話ではない、伴侶においていかれたという境遇、母としての立場、それらから母さんセムリヤを見出そうとしていたのかもしれない、だって見出せたら安心できる、なのに結果はこれだった。


「なにを言って......ガルアン様......」


恐怖と困惑に満ちた表情で自分を見てくる。


「......あぁ、まったく......クソッ!」


『......やはり貴方は良い人だ、ガルアン=マサリー殿』


昨日の夜に男より語られた自身の評がいかに見当違いなのかと、だってこれだ、本当はロケットを買った時から疚しい気持ちはあった、あわよくばと......そして今も納得のいかない出来事が起きてパルタに物を投げた。


これが良い人のすることか?


「......少々気が高ぶった、すまない」

「い、いいえ......気にしては......」

「......カウヤは素晴らしい神聖騎士だ、アイロスが保証していた」


さっきの事を誤魔化すように語って、しかしパルタの自分への表情は変わらない。

居心地が悪くなってすぐに出ようとするが、机のある本に目が留まった。


『帝国異議』


ぺらぺらとめくってみると、帝国政府や農村部を蔑ろにしている都市住民への不満、神聖騎士の不道徳への糾弾、バロトーロフの批判などなど挙げられている、

これは、明らかに正当に販売されたものではない、内容はページをめくればドンドンと過激になっていき、皇帝や貴族への糾弾や現体制の否定が書かれていく、こんなもの神聖アルオン帝国で販売できるわけがない。


「......これは誰ので?」

「え?」

「この『帝国異議』という本はなんだ?」

「それは、いまお付き合いしている方の忘れ物......」

「読んだのか?」

「いえ私、文字は全然で......読み聞かせて貰っています」


反体制の組織があるということか、存在自体は知っていたが出版を行っているとはおもわなかった。


「そいつは今どこだ?」

「――ここだ」


振り向くとあのすれ違った茶色コートの男に茶色い帽子をかぶった男が立っていた。


「あ、戻って来たのね、えっと、この人がサラニフ様、サラニフ=リンズクル」

「忘れ物を取りに来たのだが......」


サラニフ、男の目を見ると随分の人の良さそうな感じを受けた。


「貴方がガルアン=マサリー......」

「初めまして、サラニフさん」

「お互い敬語はなしにしよう」


サラニフは椅子に座り、自分の手に持っていた『帝国異議』の方を見る。


「神聖騎士である君から見て、どうだろう?その本は」

「随分と余裕なんだな」


自分が神聖騎士と知っているのに、やろうと思えば捕まえる事だってできる。


「そうなればそういう運命だったということだ、それに貴方のプライベートでの活動というのは魔性の類を相手にするのを除いては少ない」

「......気が変わるかもしれない」

「そうなれば、そこまで」


こっちを試しているような目つきで見る。


「『帝国異議』の感想は?」

「......大体は間違っていない、汚職、そして大貴族の存在は帝国臣民を苦しめているし、農村部が蔑ろにされているというのも否定はしない」

「貴方に言われるというのは光栄だ」

「ただ些か過激すぎるな、俺には合わない」


貴族のつるし上げなど、結局犠牲を強いる点で魔女や長老派と同じだ。


「随分と俺を買っているみたいだ、お前の嫌う帝国側だというのに」

「属しているものより、その人を見る......私は貴方を神聖騎士としても人としても尊敬している」

「......嬉しくないな」


本当に面倒は嫌いなんだ。


「それでどうする?気が変わって私を反逆罪で捕まえるかい?」

「......次はないからな、今の俺は気分じゃない」


『帝国異議』に興味が出ていただけでさっさと帰る予定だった。


「......パルタの顔に傷が出来ているんだが......何かしたか?」

「......それは「――実は、転んでしまったのです」


パルタは自分が言おうとしたことを隠す様に嘘をついた。


「そうか......なら良い、そういえば何故ここにガルアンが?」

「彼女の......元の夫の遺品を渡しに来ただけだ」

「そういう事か、わざわざありがとう」

「......どうも」


そして、俺はパルタ=オンレの部屋から出ていこうとするとサラニフは後ろから。


「神聖騎士である貴方が同志となる事を祈っているよ」

「......」


自分はそれには答えずにドアを閉めて階段を下りて行った。



いまだ日は高い、午前中だからだ。


そういえば久しぶりの晴天なのかもしれない、とか色々と考えながら帰路にいたら、ふと思い出す、そういえば遺品のロケットを30銀貨で買った事を話してすらいなかった、その事を話していれば何か変わったのではないか、多少は金を請求できたのではないか?


「......いや、それはない」


なにせ勝手に期待して買って、そして裏切られたから金を返せというのは見ていられない。

大体、あれを30銀貨で買ったという事実すら提示するのを避けたのは自分なりの格好つけだったのだ、だから余計に後から提示してそれを要求するというのは、傍から見たって中々にキツイものがあろう。


「......っち、やることなすこと、損してるな......」


いまはただ今年と来月をどう生き延びるか、考えるしかない。

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