第27話 酒場での事

楽しい時間というものはすぐに終わる、後回し後回しにとしていたあいつとの結婚嫌な事もこの年末年始が過ぎれば流石にもう時間稼ぎは出来ない。


もう数日でこの年も終わってしまう、人々はみなそれぞれの思いで過ごす中......自分は今月貰った給料袋を片手にして酒に入り浸る、現実逃避がしたかった。


「あのぉ、お客さん、そろそろ......」

「金ならある、何せ神聖騎士だ、俺ぁな?」

「いやいや、なら余計にまずいでしょう」

「いいや、まずかない......まずかない」


そうは言いながらも心の奥底ではまずいという思いがあった、神聖騎士として少なからず積み上げて来た信用をこんな事で崩すのが正しいのか、こんな下らない事で壊していいのか。


「飲み過ぎないようにしてくださいねぇ?」


店員は飽きれたようで俺から離れていく。


「来年は俺にとって厄年なんだよ、だから今くらい......いや、今年も厄年だったか......ははは」


そんな事を悩んでいると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「ふむ、悩みに悩んでいる、といったご様子で」


顔を上げると上半身には継ぎ接ぎだらけの赤い服であごひげを蓄えて、顔を赤くした浮浪者がふらふらと対面に座る。


「......お前は、確か」


前にも話してきた男だ、こいつはかつて少女を犯したとか抜かしていたのを覚えている。


「......わたくしが見る貴方というのはいつだってそんな顔をしていますな、何か運命的なものを感じさえします」

「お前は気楽でいいな」

「ほう、気楽とどうしてお思いで?」

「気楽だろ、そうやってヘラヘラと出来てる、俺を見て見ろこの様を」

「はっはっはっ」

「何がおかしいッ!」


バンッ


男は高く笑う、それが俺には気に食わず思いきりテーブルを叩いてしまう、すると辺りの客がこっちを見て思わず萎縮してしまった。


「いやいや、わたくしが気楽な人間でしたらこんな様にはなっておりますまい、そう思いましてな」


男はヘラヘラと笑いながら酒を飲む。


「色々とあったみたいだが......それでお前はどうして話しかけて来たんだよ、まさか本当に気になって?」

「気になって、それがいけませんか?」

「......はぁ」


どうしたものか、また前のように出て行ってもいい、しかし気になるのはその服だ、よくよく見ればボロイとはいえズボンも少し変わっていた。


「そういえばその服はどうした」

「ほう、気になりますか、そうですな貴方には縁があるものかもしれません」


男はポケットからでこぼことした鉄の道具を見せていく。


「わたくしのような浮浪者にも知恵はあります、これ、知っておるのでは?」

「......西部騎士隊の......そういえば」


カウヤの父親はアルルア近辺で遺体で見つかっているが身包みは剥されていたという。


「勘違いしないで頂きたいが、わたくしは断じて遺体に触っていない」

「......信じてやる、で?俺に見せてどうする?」

「ではこのロケットも......」


ロケットは他に出された道具とは違い、傷はあるものの清潔で簡潔ではあるが鳥の模様が刻まれており、他のものとはその存在感が違う、男がそのロケットを開くと家族写真だ。


厳粛な顔をした男と髪を後ろにまとめてポニーテールをした、少し穏やかな顔のエルフの女と少し笑顔なエルフの少女、全体としては厳粛な写真だ。


「......」

「ふむ、見覚えはありそうで」


その顔には見覚えがあるこのポニーテールの女は恐らくパルタ=オンレだ、じゃあこの少女はカウヤ=オンレ、で男は父親、これオンレ家の家族写真だ。


「お前......」

「聞いた話によれば、彼はこれを大切そうに握りしめていたそうです」

「これを俺に見せてどうする気だ」

「いえいえ、見せてどうこうしようなど、神聖騎士に対して恐れ多い......」


こいつは俺にこれを買わせる気だ。


「だったら遺族に返してやるんだな」

「しかし遺族の居場所などからっきし検討が尽きません」

「なら俺が返してやる」

「それはどうでしょうな、如何にガルアン殿といえど魔が差すと言う事もありましょう、そうなればわたくしの損となるわけでして」

「俺が遺族の場所を教える」

「......そもそもですな、この御時世において金を求める事の何がいかんのでしょうや?」


とうとう折れた、しかし、折れたからどうという事でもない。


「本当は遺族の場所だって見当はついてるんじゃないのか?」

「金のない者に金をせがむなど、わたくしには醜さの極致にしか思えませんのでな」

「......いくらだ」

「30銀貨」

「――ッふざけるな!」


神聖騎士としての給料が30銀貨、つまりこいつは俺の月給分を全部取るつもりだ。


「こんなロケットが30銀貨だとッ?こんなのどれだけ高く見積もってもせいぜい3銀貨が妥当だッ!」

「まぁ落ち着きなさい」

「落ち着けるかッ」

「ガルアン殿が激昂するのは理解できます、しかしですな、もし仮にわたくしが他の者にこれを買わせたら貴方の言った通り3銀貨、いいやそこまではいかない1銀貨ほど、30銀貨で提示すればそれはもう蹴られましょう」


男は続ける。


「それはそうだ、そのロケットの鳥の模様には目が向くとはいえ傷もあるからな」

「えぇ、とはいえそれは事情を知らぬ者のこと、では神聖騎士にしましょう、ことの事情は貴方が説明しているから把握している、ではこれをいくらで買ってくれるのでしょうか?30銀貨で払ってくれるでしょうか?」

「......」

「貴方の思い浮かぶ人で考えてほしい、これに30銀貨出して買うもの、いますかな?」


一体カウヤの為にどれほどの者が金を出すのか、神聖騎士とはいえ懐事情は厳しい、アイロスはカウヤとは親しいがあいつに金はそこまでないだろう。


「30銀貨の理由は?」

「それは気まぐれですな、それに貴方には30銀貨で他には10銀貨で、というのはフェアに欠ける」


しかしこいつは元貴族だろう、前にも金はあると言っていたはずだ。


「働かねば金など減るばかりこれが真理......で、どうでしょうか、神聖騎士の仲間に30銀貨を払ってくれるであろう方はおりますかな?」

「......いない、いる訳ない、神聖騎士だって金に余裕はない」

「でしょうな」

「......」


丁度今日貰っていたのだ給料を。

給料袋をじゃらじゃらと揺らす、30銀貨の重み。


「だが俺だって同じだ、そいつらは俺の知り合いというには面識がなさすぎる」

「知り合いでなければ無理だと?」

「それが最低限だ、お前も欲を出し過ぎたな」


そうだ、30銀貨の重みは大きい、これは善意なんかでは到底無理な額だ。


「それは残念だ、であるならば、これはもう要りますまい――」

「......――ッ」


そういって男は俺の前でそのロケットを落として靴で思いきり踏みつけようとするのを止める。


「――いッいや何をやってる、お前は!」

「どうかしましたかな?」

「どうして俺が要らないと言ったからって壊すッ?売るんじゃないのか!?」

「確かに売ればいいのでしょう、しかしどうするかは結局のところわたくしの自由ではありませんかな?」

「俺を試してるのか?」

「まさか、かの神聖騎士であらせられるガルアン=マサリー殿を試すなど......」


ふざけるな、なんでどいつもこいつも俺を困らせるんだ、カウヤもパルタも、ほとんど面識はない、オンレ家の奴らとの思い出も当然ない、それどころか西部騎士隊が勝手やったことで被害を受けている側面すらある。


だというのに......


「はぁ、はぁ......わかった......」


悔しい、こいつの掌の上で踊らされている。


「払う......払ってやる......それでいいんだろ」

「......ありがたい、ガルアン殿」


あぁ俺は......どうしてこんなに馬鹿なんだ。


今月は色々とあったが、そんな苦労が詰まった給料袋をこんな男に渡す、ただ面識の薄い家族の遺品の為に月給を全額渡すのだ、こんな愚かしい事はないだろう。


「はぁ.......はぁ......どうして......」


一体自分がここまでする義理とはなんなのか。

アイロスとカウヤの模擬試合をパルタと見ていたあの日を思い出す、というよりはあれくらいなのだ、印象的なオンレ家の思い出というのは、パルタは寂しそうな表情をあの日もしていた。

彼女はいま夫を失ってどう思っているのか何をしているのか、カウヤとは別々に住んでいて彼女は今、一人で暮らしていて家族と彼女は遠くになってしまって......

一度、パルタ=オンレとは話しておきたいかもしれない。


「......」


......30銀貨の重りは消えて、この傷のついた鳥の模様が刻まれたロケットの重さを味わう、開けばあの家族写真......そういえば母さんセムリヤの写真もないのだった、そう思うと家族写真のない自分とは違い、こういった写真があるというのは羨ましいと思ってしまう。


「......やはり貴方は良い人だ、ガルアン=マサリー殿」

「......どうだか......」

「......遺品で商売をするわたくしを超える悪党などそうそうおりますまい......では」


ポケットに非常用に入れておいた1銀貨を机におく、男が席を外して店を出るのを見届けて再度ロケットを開く、あの厳粛として家族写真を見ては、死んだ男がどう思って最後にこれを握っていたのか、ただただ思い馳せるのだった。

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