第21話 祭り
帝都アルルアの中心部に位置するのは皇帝が住まう宮殿、通称は蒼の宮殿と呼ばれていて、その名の通り薄い青色の装飾が宮殿全体を包みこんでいる、しかし、それは遠くから見る事しか一般人は出来ない。
その日、近衛兵は慌ただしく動いていた、皇帝が帝国内にある聖堂を訪問する事になっていたからだ。もっとも帝国で最も偉大な聖堂の一つ、アルバレチカ大聖堂。
そこには、帝国の約300年の歴史を作り上げた租、大帝アルバレチカが聖人として崇められている。
皇族はもちろんの事、一般市民も何か大切な日や節目の日にはこの大聖堂に足を運ぶのが恒例行事で、皇帝自らが来年の平穏と繁栄を願うためにアルバレチカ大聖堂へ向かう事になっているから近衛兵は慌ただしく働いていたのだ。
一般市民には祭日という事で街中は賑やかに舞い上がっていた。
道の端には露店がいくつも並ぶ、この日の為に備蓄していたのか食べ物も少しあり、みなガヤガヤと並んでにぎわっている。
皇帝が通る予定の道の脇には兵士が並び、鎖のようだった、そんな中でも皇帝を一度は見たいと、今か今かと市民たちが見ていた。
□
「今日、この日は皇帝陛下がアルバレチカ大聖堂へと祈りを捧げになる大事な日、神聖騎士団も意識してほしい、最近は何かときな臭い話が多い世の中だ、良からぬ事を考える者がいるかもしれん、油断せぬように」
ペイアイはそう言って神聖騎士に喝を入れている、本来はゴルコールが神聖騎士団の団長なのだが、彼は元帥職としての役割がある為に実質的ペイアイ副団長が団長であった。
話が終わるとみな持ち場へと移動を始めていた、自分も行こうとしたところとなりからウレイアが声をかけて来た。
「どう、調子は?」
「大丈夫だ」
「......本当?」
「本当」
ヤクを殺してから三日経っていた、本音を言えばまだ気分はすぐれないが言う訳にも行かず、こうして無理して動いている。
「何かあったら、私に言ってよ、どうにかするからね」
「それはありがたいな」
ウレイアは聖教会が絡まなければ、面倒見の良い人だ。しかしながら、彼女は自分の立場というものには無自覚だ、彼女が言う『どうにか』というのには深い意味はないだろう、しかし、彼女の祖父ハウレンは聖務院直属の神官、大神官とも言われる存在で騎士団をクビにするなども出来てしまうかもしれない、そういう立場にいる者の孫娘なのだ。
「今日は賑やかだ......こういう日が長く続けばいいんだが」
「ガルアンは変な事を言うのね、我慢があるからこういう日が輝くのよ、ルーグなんかが聞いたら怒るでしょうけど......」
ウレイアは溜息をつく、ただ彼女に表立って意思表明できる者は少ないだろう、そんな中一般人のルーグは怒る、それが彼女に良い成長を促していてくれれば良いのだが。
「正直こういうガヤガヤは本来の祭りの意図からは外れてると思うけどね......」
「......まぁ、正直それはわかる」
「――でしょう!こんなのダメよねッ」
ウレイアは肯定した、そしてこればっかり理解が出来た、元の神聖な祈りの日からよくわからない世俗的なフェスティバルに変質していた、というのは聖教会に興味ない自分から見ても何故か不愉快さを感じていた。
「ただ、いくら世俗的過ぎると言っても祭りは市民にも大事だろう、息抜きだ、息抜き」
「そうは言っても限度があるわ、こんなの嫌、私はいつかこんな国をどうにか変えてやりたいの」
「変える?どうやって?女が国を変えるのは難しいだろう?」
ウレイアは空を見上げる。
「結婚よ」
「結婚......政略結婚か?」
貴族ではなくとも聖務院の直属である大神官の孫娘、価値はあるだろう。
「......私の結婚相手はお爺様が決めてくれると思うけどね、どういう相手が良いかは一応伝えているの、政府への影響力を持っている人が良いって」
彼女はそれを、どこか悲しそうに宣言した、それがどうしてなのか、わからないけれど、彼女はさらに続けた。
「聖務院は現状は政府への影響力があっても直接は出来ない、それを変えてもらうのよ、そしてこの国は神を慈しみ、弱者を護る正義の国にするの、こんな祭日とは口先ばかりの茶番劇も勿論変えるのよ!」
彼女は目を輝かせて言った、その純粋で単純で愚かしさすら感じてくる彼女の思い、まごう事なき真実であると疑わない、我が強いと言った方が良いのかもしれない、そんな強さに憧れを感じるし、それが折れるとどうなるのだろうか、という素朴な疑問も感じた。
「変えられたらいいな」
どうせ無理だ、絵空事を堂々と宣言する彼女を軽くあしらった。
「そしたらね、神聖騎士団も今みたいな雑用係じゃなくてもっと階級を上げて――」
ウレイアのその子供のような夢物語は鼻で笑ってしまいそうな事ばかりで、しかも、叶えられても別に自分が望む世界とは真逆で、腹が立つどころかなんだか面白くなって気さえした、よくもまぁこんな夢を恥ずかしげもなく話せるものだと。
「.......ウレイアお前はまだ大それた夢を見てるんだな、前にもそういう事を話してたが......俺意外にも話したりしてるのか?」
「こんな事、他の人には話せないって」
「ならどうして俺に言うんだ、聞かせてくれて光栄だが、俺は別に聞き上手じゃないだろ?」
「えっと、元気づける為、よ?」
「あ?元気......俺を?」
思わず言葉が零れた、一体どうしてこの女はあれらの会話で元気づけられると思ったのかがまるでわからなかった。
大体彼女の話していたそれになんの期待を感じられなかった、独りよがりな願望だ。
「3年前の私が新人だった頃、一緒に騎士として色々教えてくれていた時に話してくれたでしょ?ほら、将来について」
深くは覚えていないが、確か将来何になりたいかと聞かれたか......、彼女はその時から宗教事情を改善したいとか言っていたはず、いま語っていた事よりも穏便であった。
「貴方は何もないって言ってた」
「......」
「ガルアンが何かに悲観していたのは分かってた、だから......」
「悲観しないようにか?」
「そう......私は必ず良い国を目指すの、誰も苦しまない国を」
「お前は3年前のそんな戯言を本気で考えていたのか?どうして今更そんなことを話すんだ?」
「それは――」
「――危ないッ!」
「え」
その男はウレイアの背後を歩いていた、それを今気が付いたのだ。あり得ない事だと内心思う、手には何かが目に見えた。ウレイアを引っ張ると驚いた顔をして後ろへと投げとばす。
「なぜ......」
「おい、何をしようとしてた」
男は帽子を深くかぶっていたが、肉がなく細い顔つきで尾行がバレた事に驚いた様子だった。手には錆びついたナイフを持って
「くッ!」
「危ッ――」
ナイフを振り回すとすぐさま逃走を図った。
「ッ待て!」
「ちょっと――」
男の跡を追いかける
「どけ、どけっ!」
「わっ!?」「きゃ!?」
人の行き交う通路を器用に駆けていく相手に距離を離されていく。
「速いッ」
裏路地を右へ左へと走っていく、あの見た目からは考えられない体力と速さでドンドンと見えなくなっていく。
「はぁはぁ......ちッ」
曲がり角を曲がると既に男の姿はなく、静かな裏路地のみが道の先に続いていた。
□
騒ぎを聞きつけたのは、ルーグだった。ウレイアが追おうとしている所を見つけて何があったのか聞くとどうやら不審者に背後を取られかけた所をガルアンに助けられたらしい。
「それで、大丈夫なのかよ?」
「まさか私が気が付かないなんて......私も後を追いかけるから、ルーグは後をお願い!」
「後だァ?あ――」
ウレイアもルーグの返答を待たずにそのまま走り去って行く、ただ一人ルーグが取り残される。
「面倒事を俺に任すなよ......」
その後、ルーグは上官にこの出来事を報告した。
□
「――で、その男とやらは結局捕まらずか......」
「素早くて見失ったと......申し訳ありません」
ペイアイはゴルコールに事の事件を報告していた、もうすぐ皇帝がアルバレチカ大聖堂に向かう、そんな時での事件だった。
「......ふぅむ、中止......もやむを得ないか」
「いえ、それはなりません」
「ん?、其方は......」
ゴルコールがそう呟くととの言葉に待ったをかける一人の白装束の老人が現れた。後ろにも一人神聖騎士の金髪の青年が連れられている。
「ハウレン殿......」
「ゴルコール閣下、この儀式は大帝アルバレチカへの慰霊......そして今年の感謝と来年の安寧を神に祈る祭礼儀式である、それを疎かにしてはならない」
ハウレンはそう言って静かに笑みを浮かべる、アルバレチカ大聖堂が個人崇拝の産物かどうかは帝国でも意見が分かれている。現在の所この大聖堂は先帝への敬意と慰霊であり、信仰ではなく、祈りの対象もあくまで神への祈りであるというのがハウレンの立場だ。
「ハウレン殿、気持ちは分かるが皇帝陛下の身に何かあっては......」
「そのための神聖騎士団なのでは?魔を制す以外に祭礼儀式を守護するというのが、神聖騎士なのではないかな?」
「......しかしハウレン殿......」
「ならば、この者に聞こうか」
金髪の青年はハウレンから許可を得ると正々堂々と主張した。
「我々神聖騎士は元来、信仰の守護者であるべきだと教えられてきました、であるのならば、悪しき者を前にしても臆してはならない、いいや、そういう者を制す事こそが神聖騎士の本懐であらねばならないと、不肖ながら私ディリク=シーゼルは思います、故にこの祭礼儀式、断固として行うべきだと主張します」
金髪の青年はディリク=シーゼル。シーゼル伯爵家の長男で、温和な人物で正義感が強く皆からの信頼も厚い人物であった。
「おお、流石はシーゼル伯爵の孫、カラクルス家とは何もかもが違う、高潔なる精神よ」
「いえ......このような事、誰もが思っている事です」
「いやいや、このような若者が帝国にいる事はまさに祝福だ、ゴルコール閣下にペイアイ殿や......頼むぞ?」
「......出来る限りの事はしよう」
ペイアイは頭を下げ、ゴルコールも了解した、と小さく頷くとそのままハウレンはディリクを連れて、その場から離れていく。
「.......ペイアイよ、祭礼儀式を執り行う事の重要性は重々承知している、しかし我らのやるべき事は皇帝陛下を守る事......わかるな?」
「わかっております、もしもの事が起きた際に守る最優先は皇帝陛下とその家族を守る事、私達の部下は優秀です、ユンフにガルアン、それにサートナ、彼らは将来的にはもっと出世しているはずです」
「ペイアイがそこまで言うのなら、相当な実力だ......私はそろそろ行く。頼んだぞ」
ゴルコールもペイアイも神妙な面持ちでその場を去っていくのだった。
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