第20話 ある皇帝の人生

神聖アルオン帝国 皇帝アルジャフ=ルノヴィーチス


彼の人生は壮絶そのものだった、母は自分を産んですぐに亡くした。彼の兄は優秀な人物でどんな騎士よりも強く、どんな人にも優しい、そんな人物であったのと違って、アルジャフはひっそりと本を読んだりなどして過ごしていた、将来は兄が皇帝になるのだから、自分は関係ない、そう思っていた。


しかし、カリア離宮で兄は殺された、父は3年後に死んだ。

即位を果たした時は30歳の時でその時皇女は12歳と8歳、皇太子10歳だった。

その頃の帝国は散々たるものだった、粛清時代の所為で有能な人物は魔女や長老派とされ殺されていたり、幽閉され混乱期だ。


シュチから来たという神官というのはバロトーロフ=ツィコエンはそんな混乱期にやってきて

「汝の王朝は当代で滅びる」

宮殿前に大声でそう主張したのだ。面倒事を起こすなッ。アルジャフは激昂し不敬罪で幽閉して即刻処刑にしてしまおうと考えた、狂人の戯言として流す余裕はなかったのだ。


しかし、幽閉して間もなく、当時10歳の皇太子が長老派に攫われて殺された。


即位から4年ほどたった頃には当時16歳、長女は処女でありながら妊娠し、腹を裂いて怪物が生まれて宮殿内を暴れまわった。


その後にもう一人男児が生まれるが母体の心身に問題があったのか、それとも別の理由か奇形児だった、おぞましい姿だったが3年ほどで死んで、同じ頃に次女も人喰いが発覚して幽閉された。


皇帝が38歳の頃男児が生まれるが病弱だった。7歳になる頃にはほぼ寝たきりの状態で、医者も匙を投げていた。


アルジャフはもうどうしようもなくなって藁にもすがる思いで牢獄に繋いでいる、バロトーロフの元に向かうと、あの大男は牢に繋がれていたにも関わらず、健康体そのものだった。


「お前は一体何者だ?」

「私はシュチの神官にして祈祷師だ、帝都に居座りその身分に驕る神官どもとは違う極寒の祈祷師だ、皇帝よ、断絶の呪いから救える、私ならば」

「......信じて、良いのだな?」

「陛下!?何を言って」

「貴様は黙っていろッ」


アルジャフの怒鳴り声に近くの兵は怖気づくが、バロトーロフはそんな声にも臆さずに自然体で接する。


「必ずやご子息殿を救って見せよう」

「兵士、バロトーロフを解放せよッ」


多くの反対を押しのけて、彼は皇太子をどうにかしてほしいと懇願した、バロトーロフは薬を調合するため、工房にする部屋を求めた為にそれを承諾。

彼はある賢者の元で薬学を学び調合したという、その薬を使用した。


一月ほど服用し続け、周りが薬の効果を怪しみ始めたころに効果が表れた。

「う、うう.......」


なんと不思議な事に言葉を発せられず、意識がない状態が続いていたのに、それが回復をし始めたのだ。


「お、おお、バロトーロフ殿、良くやってくれた」

「感謝される事ではございません」

「......いや、そうはいかない、お礼をしなければ」

「この薬は卑しき輩、すなわち悪しき魔女の呪いを打ち消す命の薬、この時の為に調合していた薬である、皇帝陛下のご子息どの呪いが無くなった訳ではない。今後も定期的にこの機会を頂ければいずれは呪いを無くすことが出来る」


バロトーロフは皇帝の寵愛を受けることとなった、宮廷祈祷師となり、皇族の間で絶対の信頼を得て、そして政治に口を挟むようになった。


「悪しき魔女を駆逐するために大規模な殲滅を行わなければいけない、しかし過去の失敗を元に市民を使うのではなく、騎士を有効に活用しより規模を上げて隠れ潜み悪行を働く魔女共を暴き出し殺さなければならない」


そう言って、西部騎士隊が魔女殲滅作戦は大規模なものとなっていったのだ。



彼はバロトーロフ=ツィコエンこの帝国で最も皇帝と親しい男。

髭を蓄えた大男、2mはあるその巨体は本来、帝国の元首であるはずの皇帝よりも存在感を示していた。


「陛下、如何なされたか、わざわざ私にお会いしたいとは......」

「バロトーロフよ、其方が来てから我が息子は元気になっている、我が妻も大変に喜んでいるぞ」

「私はただ帝国の統治が末永く続く事を願ったまで......」

「そんな其方に聞きたい事があるのだ」


皇帝アルジャフは少し勿体ぶって、そして。

「北部での混乱どうしたら良いだろうか」

「北部......北部都市シュチ=ルツク、確かにここ最近は治安の悪化が著しい様子」


北部都市シュチ=ルツクは帝国にとってはシュチ地方を唯一明確に支配している都市である、しかし異民族が数多く住んでいて、シュチ=ルツク外のシュチからの人間も来ていたり、他の都市とは風土が何かと違う、また帝国や聖教会への不満もあったりして独立宣言や暴動などがよく起きていた。


「シュチ=ルツクに駐留している北部騎士隊に対処してもらおうにもな」

「......北部騎士隊は士気が低くなりがち、褒賞を与えるなどして士気を上げる事をした方がいいでしょう、また現地にあった組織運営をするなどした方がよろしいかと」


それはそうだが、粛清時代の影響は今なお続き財政には余裕がない。それに最近では西部騎士隊の事件で、西部都市ホルクマの復興に財源を注がなければいけないのだ。


「バロトーロフよ、しかし金がない。東部都市スクトの炭鉱資源もバロニオン連邦は最近はめっきり買わなくなった」

「......難しい問題だ、陛下私も色々と考えてみましょう、そろそろご子息殿の薬の時間ですから」

「あぁそうだったかありがとう、バロトーロフよ相談に乗ってくれて」

「いえいえ、当たり前の事をしたまでで」


アルジャフは前から疑問に思っていた事を聞いた。


「其方はシュチ=ルツクの出身なのか?そこで薬学を学んだのか?」

「......私はある師からご子息殿のような症状に効く薬の知識をお教えいただきました」

「......その師に我が息子は助けられたと言う事か」


話していると、近衛兵の一人が駆け寄ってくる。


「陛下、準備が整いましたので、アルバレチカ大聖堂への移動を」

「む、もうそんな時間か、ではバロトーロフ」

「はい、私も準備を始めなくては」


アルバレチカ大聖堂で祭礼儀式を行う、それは毎年行われてきた事だ。皇族はもちろんの事、一般市民も何か大切な日や節目の日にはこの大聖堂に足を運ぶのが恒例行事だった。そして今回も皇帝自らが来年の平穏と繁栄を願うためにアルバレチカ大聖堂へ向かうのだった。

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