第19話 ウレイアの憤懣


どれほど時が経ったのだろうか既に彼女の身体は既に冷たくなっていた。ヤクの言いつけ通り遺体を家に入れようと持ち上げる、身体は軽く容易に移動できた。部屋の中に置いてあるロウソクを使って家を燃やす。


「......」


燃える家を静かに見ていると思う、彼女はどのくらい一人で暮らしていたのだろう、母を羨ましいと言った彼女の真意がわからない、死んでしまえばもう誰も彼女の事は知らないし、わからない。


鮮血で白い鎧は赤に染まっている、その背徳的で残酷な姿。今の自分は他人から見てどう映るのだろうか、見せてやりたい、そういう感情が高ぶっているのがわかった。しかしながら、理性でそれを中和して、鎧の血を雪を使って落としていく。



呆気なく森の出口に着いていた、日は暮れていた。

長老派は既に捕縛されていたようで、自分の捜索を行っていたようだった。ウレイアは駆け寄ってきた。


心配していただとか、大丈夫なのかとか、そう言う事を聞かれた気がした、知らない、わからない、今さっき起きて、森を出て来たばかりだと言い切った。


彼女の事、ヤクの事は言わなかった。


ウレイアが駆け寄る、というのもアイロスとルーグはまだ帰還してはいないようだった、ウレイアはヒドイ顔でこっちを見る者だから、かえって困惑をした。


「■■■!?」

彼女はそう聞いて来た。


「■■?■■■■?■■■■■■、■■■!?」


「■■■■?......■■■■■■■?」


「■■――」


ウレイアとは少し会話をした、と言っても大した事ではなかった、大丈夫かと心配されただけで、ただ疲れから意識が薄れていきながら空返事していた。




ウレイアはガルアンが正常には到底見えなく、休養するべきだとペイアイに進言した、遅れてやってきたアイロスとルーグも事態を把握、それに賛同したのだが。しばらくすると当のガルアンは意識を回復、そして休養を否定した。もうすぐ年末年始の忙しくなる時期に自分だけ休むという訳にもいかないとの事だった、


結局次の日は休養してもらう事が決まったのだった。



◆◇◆◇



「ご報告いたします」


首相であるスルピン=リオチスカは各地の情報を受け取っていた。


「『救い子』の摘発は順調に進んでいます、しかしながら出どころはいまだ不明、ただ南部方面に比較的大量の『救い子』が発見されていますので、南部のどこかだと推測されています」


「神聖騎士団の反バロトーロフ派は今もなお拡大しており特に地方騎士においては旧西部騎士隊の犯した責任を負わされていると思う騎士も多く、不満がくすぶっています、また政府内にも皇帝を操り簒奪を目論んでいるとして反バロトーロフ派がおり、対処が求められるかと」


「アルニ回廊付近にて、身元不明の不審者を目撃者が多数確認、対応を求めます」


「西部都市ホルクマでは中央政府への不満が増大しており、一刻も早い復興が必要です。また北西都市カリアにて旧西部騎士隊の残党が逃れているとの情報があり、ホルクマの市民が解散された自警団の代わりに私兵を組織してカリアへの襲撃を企てていた事が発覚いたしました、現在、その主犯格や協力者を含め捕まえており、今は他に協力者がいたのかどうか調査中です」


「北部都市シュチ=ルツクで独立派による反乱が発生いたしましたが駐留していた兵士によって鎮圧いたしました」


スルピンにとって今や魔女とか長老派というのは重大な問題ではなかった。

今や国の先行きが危うく、これらの情報から考えても統治そのものが不安定で、だからこそ皇帝が弱っていては困るのだ、しかしながら相次ぐ身内の不幸によって皇帝の精神はボロボロだった。


「......せめて、バロトーロフを国家の中枢から外さねば......」


しかし、どうすれば良いのかわからない、皇帝は彼にご執心だ、であるなら明確に彼は問題のある人物だという事を証明しなければならない。


「......信頼できる協力者を選ばなければならない、急進的な奴ではない誰か......」


ゴルコール=ザーザフ元帥が候補の筆頭、次はペイアイ=ラシェスカ。

それとハウレン=リルー、しかしハウレンは教権派である点がリスクだった。


「奴を入れれば政権に聖務院の影響が強まるのは確実、それは避けるべきなのだが......」


しかしハウレンは聖務院の中ではゴルコールとペイアイとの関係が良好な人物で協力が可能な人物であるのには間違いなかった。


「とにかく、秘密警察でもなんでも使いバロトーロフを排除、帝国を安定させる」


スルピンはどうにかして帝国の安定化を図ろうとするのだった。



◆◇◆◇



「......」


目を覚ますとベッドの上だった、昨日の事はほとんど覚えていない、いや、嘘だ覚えてる。魔女を、ヤクを殺した。


今は何時か、時計を見ると既にお昼を過ぎていた、何を食べようか。考えていると


コンコン


ドアをノックする音が聞こえて来た、ドアを開けると水色のショートヘア―が目立つウレイアが立っていた。


「なんだ、わざわざ来たのか?」

「みんな心配そうだったから、アイロスとルーグは特に心配していたから、代表として、皆は祈りの日の為に頑張ってるから」

「忙しい中悪い......そうか、もう年末に行われる皇帝の祈りの日か」

「気にしないでよ、それより大丈夫?昨日の事はちゃんと覚えているの?私と話したこととか」

「いや、全くだ......すまない」

「そう......」


眉を八の字にして不安そうにしていた。流石に昨日の事を全く覚えていないというのは不安がられている、とりあえず話を逸らす事にした。


「ウレイア、覚えているか?」


3年前に新人だったウレイアが血を毛嫌いしていた事、彼女の祖父が聖務院直属の神官ハウレン、俗には大神官とも言われる者の孫娘だ。血を毛嫌いしているのに騎士になったのは父親の影響だ、彼女の父ルランは神聖騎士として聖務院と軍事省の間を取り持つ存在でゴルコールとも飲む中だったらしい、粛清時代後を安定させる要の一人だったと言える。しかし、10年前、長老派が摘発される際に味方を庇って凶刃に倒れてしまいそのまま息絶えた。


そこから神聖騎士を志すようになったらしい、ウレイアの先輩として一緒に活動していたのが自分だったのだが、実力は申し分なかったがとにかく彼女は周りと軋轢を生んだ、『神聖騎士団は信仰の守護者よッ』と言っては規律と調和を重視しながらそれらを壊していた、前に起きたルーグとの争いを彼女は高頻度でしていた。


しかも血を穢れとして毛嫌いしていて、頭の固い彼女を何のために入ったと動物を使って無理矢理克服させ騎士として働けるようにした事は結構すごい事だろう。


「あの、それは褒めてる?」

「......ウレイアはそもそもなんでも出来たからな......」


結局アイロスと同じだ、自分は優秀な後輩が多い、ある意味それが周りからの過大評価につながっている。


「ガルアンはさ......私の事どう思ってる?」

「あ?」


急な質問に動揺した、意図がわかりかねた、ウレイアは数ある後輩騎士の一人に過ぎない、それに彼女の聖教会への盲信も理解できない、良く言えば可愛い後輩。悪く言えば狂信者でプライドの高い頑固者。


「真面目とか面倒見がいいとか......」

「そう、そうよねっうん、ごめんね変な質問しちゃって......、でも昨日よりは元気そうで安心した」

「明日には行く」

「無理しなくてもいいのよ?」

「いや、行く」

「わかった」


ウレイアはそういうと、長居しすぎたのか慌て始めて

「ッわ、急がないと、それじゃまた明日ねぇ!」

返事をする間もなく走り去って行った。


「ウレイア......」


彼女はこの後も騎士団に不和をもたらしていくのだろう、悪人だったら良かった、どれほど雑にしようが心は痛まない、なのに彼女は良い人だ、善人なのだ。


明日に備えて体力を温存しないといけない。


昼食をとるとそのまま眠る事にした。



◆◇◆◇



走る、走る。


ウレイアは自らの屈辱を思い出していた。


「違う、別にガルアンと結婚したいわけじゃないわ」


そういう甘い夢を見る年じゃない、これは全部ピトルの所為だ、アレが自分の思いを看破してきたから、自分はただ試して見ただけ。


自分の結婚相手はお爺様が決めてくれる、勿論自分の理想を汲んでくれてだ。


「それに、ガルアンは昔から何かと不安を抱いていた、彼はいつも何かを求めていた」


そうだ、そう、自分は彼と話す事で彼の苦しみを癒す必要があっただけだ、森の出来事もあったし、それが理由だ。彼をどうすれば救えるのか、それを知る為の必要事項だ。

自分の事をどう思うか聞いて、ああいう返答をされても構わない。


「あんなの質問の仕方が悪いだけ」


だが、どう言い訳しても、平然を装っていたのに、ガルアンにも気づかれない、そういう自信すらあったのに、今回の所為でバレたらどうしようか、いや、ピトルどうしてくれようか。


「ピトル、貴方は私を舐めてたよね、男だから強いって?それとも伯爵家だから?そんな俗物は神には無意味......ふぅ......イキっていればいいじゃないの貴方はいまだに貴族階級、俗世にしがみついている、準男爵を蹴ったガルアンと違ってね」


気が付けば、祈りの日の前準備に取り掛かる民衆がいた、それを見て、侮蔑がこみ上げた、こいつらは祭礼儀式をフェスティバルか何かだと思っている。と


アルバレチカ大聖堂にて大帝アルバレチカが聖人として崇められている。


大聖堂を帝国では節目節目に人が訪れては祈る場所として使われて、皇族も祈りに来る、今年も最後に皇帝自らが大聖堂に来るためにそれを記念にした儀式が行われる。近くに露店の準備がいくつも行われている、どれもこれも、拝金主義的でとてもではないが、見ていられなかった。

勿論大聖堂の内部と付近は厳格である、しかしその周りはあまりにも俗物すぎる。


彼女とてフェスティバルが市民にも必要であるという事は分かっている、しかし、本来の儀式としての在り方が全くもって、無いものとされている、祈りの儀式が催しの一つに成り下がっている気がしてならない。


いちいち気にしたことがなかった、昔から毎年、いや年に数回は行われていたし、しかし、幼少の頃よりも明らかに劣化している。


普段目にしていて気にしていなかった不満が今日いきなり情報として目に入ってきた、これはピトルの所為だ。心を乱された。


しかもピトルは今日は休みだった、それもまた怒りを込み上げさせてくる、ガルアンは心労の疲れからの休みだが、お前はなんだ、昨日あんな事を言って元気そうだった癖して、風邪で休みとは。


ウレイア一日を陰鬱な気分で過ごすのだった。

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