第18話 魔女の呪い


「ガルアンさぁん!」


アイロス達、神聖騎士はガルアンの捜索をしていた。


「アイロス、また雪がひどくなって来たぞ」

「既に一日が過ぎています、この吹雪の中で命に関わりますよ」

「んな事はわかってるげどな、むやみやたらに探して俺たちも遭難したら笑えねぇよ」

「しかし......」

「それにさ、ガルアンがそう簡単に死ぬとは思えないぜ、あの人なら魔女なんかも殺して帰ってくるんじゃないか?」


ガルアンを見失ったアイロスとルーグはあの後、上官に報告を行った事で神聖騎士団は魔女に加え、ガルアンの捜索を行う事になっていた。


「......そうですね......一回戻ってから考えましょう」


アイロスもガルアンという男がそう易々と倒れる人ではないとは思っていた。しかしながら彼は強さと脆さを併せ持つ人で、いつも何かを求めている人だ。

前に自分を襲った事も、あれは彼が何かを求めた結果だったのだろう。


襲った事への怒りよりもアイロスは彼を憐れんだ。



「おのれガルアンめ、面倒事を起こしたな」


ピトル=カラクルスはウレイアと共に森での捜索を行うがやはり何も見つからないだ。


「ガルアンは魔女の術にでもハマったんじゃないか、あいつ元々変な奴だった」

「やめなさいよ、ガルアンはいつも頑張ってるのに、どうして責めるの」

「責めてはいない、ただ彼のあのやる気の感じない態度と実際に結果を出す事実が癪に障る時があるんだよ」


様は八つ当たりじゃないか、ウレイアは思わずため息が出てしまう。


「それに、彼の周りには何かと瑕のある者が多い、彼を騎士に推薦したリンア、そしてダークエルフのアイロス、後は親が魔女のルーグだ、あぁそういうえば娼婦に行くという噂もあった、一人親で母は火事で死んだとか」

「ピトル、言って良いことと悪い事があるわ」

「......ガルアンには随分と甘い裁定だ」


こいつは何を言っているのか、ウレイアは思わずそう呟きそうになった、ピトルはさらに続ける


「僕はウレイアがリーダー気取りするのは良い事だと思ってる。みんな自発的に動く訳ではないから。でも贔屓は駄目だろ」


帝国の恥さらし、カラクルス家を彼女は嫌っていた、だって遊び人だらけの家だ。しかし、それでも同じ神聖騎士の仲間として接してきたのだ。


「君はガルアンに気があるんだろうな、だから甘い」

「......それがどうしたというのよ、誰が何を好もうが貴方に言われる筋合いないと思うけど」

「いやぁはっはっはっそれを言うのかよ君が?」


ピトルは吹きだしそうになる、自ら強制していた規律を今、彼女は自分で否定したのだ。何よりそれを彼女は何も自覚していない。それが滑稽だった。


「カラクルスは厄介な家系だからね、人の色恋沙汰は色々と目にしてきたけど、まぁ君はガルアンとは合わないだろうな」

「ピトルいい加減にして、貴方は汚名を晴らすために神聖騎士団にいるんでしょう、人の色恋に口出しする余裕ある?」

「余裕はないし、色恋になんて興味ない、君がガルアンに甘いという事を注意しただけだよ」

「っ貴方......」


町の方から笛の音が聞こえて来た、これは撤収の合図だ、ピトルは逃げるようにその場を去る、ウレイアはそんなピトルの後ろ姿を憎らし気に見ていた。


「ッあんな奴にバレてた、あんな家の奴にッ」


ガルアンに思いを抱いたのはいつごろか、恐らくは自然と抱くようになっていたのだろう。ウレイアにとっては淡々と仕事をこなすガルアンは不思議と魅力的に見えた、規律を壊すことを良しとせず、時には架け橋としてまとめてくれた。


ただ彼女は子供ではない、結婚とかそこまでは考えていた訳でもなかった、きっとおじい様が結婚相手を探してくれるからそれまでだけの夢の日々、そう思っていた。

ただそれでも、淡い期待はしていた。


だけどそれは胸の内に隠しておいた、出してガルアンを困らせないように、自分が傷つかないように、なのに、ピトルはそれを容赦なく引きずり出した。


人前でそれをしなかったのは彼なりの優しさか、それでもウレイアのプライドはひどく傷つけられたのだった。



◆◇◆◇



「ッ......ここは......」


目を覚ますと見慣れない天井があった、辺りを見回すと周りには暖炉と机と椅子が置いてあり、机の上には何やら本といくつかの草と花と革袋、そして自分には毛布がかけられていた。窓から見えるのは曇りの白い空だった。


「......ッ」


頭気を失っている間、過去を思い出していた、母との出会いとおよそ3年間の皇帝が死ぬまで続いた魔女狩りの時代。幼少の頃に起きていた惨劇の記憶。


色々と考え込んでいるとドアを開ける音が聞こえて来た。


「あぁ......起きましたか」


手にランタンを持っていたその女は紺色の髪を後ろで三つ編みにしていた、目の下には隈が出来ており、肌の色は青みがかった白で見ただけでも健康体でないのはわかった、そしてその肌色は昔見た事がある。


「......」


それは晩年の母に似ていた。


「......貴方が助けてくれたのですか」

「......はい、連れて来て1日くらいでしょうか」

「......」

「......この後、また吹雪は吹くでしょう、少し話しませんか?貴方とはうまく話せる気がします」


その女は自らをフンディのヤクと名乗った。彼女はシュチの生まれで、ここに来たというのだ。


外では吹雪が吹いている、彼女の言葉は当たっていた。


「フンディの......そういう出身地という事か」

「そうですね、村か部族か......、普通にここに移住したのなら名前はヤク=フンディと名乗るでしょう」


彼女、ヤクはその薄気味悪い顔色とは裏腹にとても話しやすい人だった、どこか居心地の良さを感じたとも言っていい。


「どうして、こんな所に住んでいるんだ?」

「......」

「薬師か?」


彼女の机に置いてある薬草それは薬として使うものだったはず、昔見た事があった、だから察しがついたのだ。


「貴方は同じような薬草を見た事があるのですね......これは夜消しの花......これは紅草......そしてこれはポルギア」


紺色の花と不思議な赤い草をヤクは手に持っていた。


「見た事ある、母さんは有名な薬師だったからな、夜消しの花は頭痛薬、紅草は熱を上げる薬だろう?確か低体温の人に使うはず......」


ヤクは革袋の中に手袋をつけて、ある黒い花を見せて来た。


「この、ポルギアは分かりますか?」

「いや......その花は知らないかな......」

「そう......貴方のお母様は優しい人だったのですね」


ヤクは笑みを浮かべて答える。


「お母様は今もご健在で?」

「いや亡くなったよ、火事でな」


ヤクは申し訳なさそうな顔をしたので、自分は気にしていない事を伝えると、よかったという風に笑った。


「......貴方のお母様が羨ましい......」


それはどういう意味か、母が火事で亡くなった事が羨ましいという事なのか、という問いに対してヤクは

「......貴方はお母様を今も愛しているのがわかります......それが私には......」

そこまで言って口を閉じた。


「昔は薬師として薬を売っていましたよ、でも、お客様は来なくなりました、死んだのか、飽きたのか、怖がられるようになったのか......今ではこんな風にひっそりと終わりが来るのを待っていました」

「そんな風に暮らしていたのか......」


ヤクはそっとこっちに近づいてくる。

「......貴方は神聖騎士......ですね?」


腰の剣を触る。

「この剣で私を殺してください」

「ッ何を言っている!」


思わず激昂した、勢いよく立ち上がったためにふらついてしまうが、気にせずに外に出ようとするがヤクに抑えられる。


「俺は帰る、死にたいなら一人で死ねば良いだろう!どうして俺に殺させるんだ!」

「お願い、お願いします、一人は嫌、死ぬ勇気もないのですッ」

「冗談じゃない、冗談じゃないんだよッ!」


しがみつくヤクの身体や頭を殴りつけるが離さない。


「これは魔女を殺す剣だ、お前を殺す剣じゃないんだよッ」

「いっ、なら、私は魔女ですから......魔女なんですよ?」

「嘘をつくな、嘘をつくなぁ!」

「痛ッ......」


強く叩き過ぎたか、痛がる声が聞こえて冷静になる。


「あっ、すっすまない」

「構いません......大丈夫ですから......」

「あぁ、いつもこうだ......悪い」

彼女は気にしないでと言って、話を続けた。

「貴方方が言うその魔女は私でしょう」

「......お前は町で人攫いをして儀式していた連中の仲間なのか?」

「いえ、それは違います......アレは元々人身御供を推奨していた者の仕業でしょう」

「それは?......」

「私は......神の名すら途絶えさせてしまった不届き者ですけれど、あれもまたそんな神に片思いをし続ける私と同じ......哀れな神官達です......」


かつてある戦神を信仰する者がいたという、その信者は人身御供を求めて各地へと離散しては誘拐を繰り返す悪行を繰り返したという。

それが姿を変え、形を変えて、今では悪魔崇拝と言われるようになった。


魔女が太古の神官の残滓、それは誰かから聞いた事があった。けれど、そんなのはどうとでも言えてしまう事だと思ってた、聖教会曰く、魔女とは悪魔と契約した黒魔術を扱う者の事だったし、それで全部説明が出来ていた。

ただ、確かに悪魔と契約した魔女は多すぎるとは感じていた。その魔女の定義に異教の神官やら信者やらも無理やり組み込んだと考えれば魔女が多い理由は説明出来る。聖教会の勝手な解釈で魔女が増える羽目になったわけだ、聖教会は随分とややこしい事をしてくれた。


「なら、魔女をむやみやたらに殺すというのは......」

「いえ、間違ってはいません」


どうしてだ、魔女が過去の異神の神官というだけなら、それは殺す理由にはならないはずだ、しかし、ヤクは続ける。

「堕ちた神......信仰が絶えて堕ちた神は悪魔と変わりありません、かつては神の奇跡でも、今では悪魔の黒魔術......人の魂は腐り果てて、醜悪な精神に成り果てます」


ヤクは再度を剣を身体に刺そうとねじ込む。


「私は......嫌なんです、自分でもわかりますよ、醜くなっていくのがわかる。きっと神サマは私を恨んでいるのですよ、悪魔に堕ちた神サマはのうのうと生きている私を苦しめと呪っているのです」

「そんなの、ないだろ!そんな神なんてッ!」


ヤクは救いを求めるように懇願する。


「殺して、殺してください、殺してこの家ごと私を燃やしてください」

「やめろ、お前、ただ逃げてるだけだろ、どうしてこんな」

「本当は一人で死ぬ気だった、でも出来なかった......あのままだったら私は外に害を与えていました、だから、お願いします、楽にしてくださいッ、もし神聖騎士の成果が欲しいのなら首を切って持っていっていいですからッお願いします!」


言っても聞かない、わかっている、このまま抉りこむと彼女は苦しいだけだから。


「わかった、殺すよ、だから、せめて楽に殺すから」


寂しそうに笑って気持ちが悪い。


外に出る、雪がポツポツと振っている。


「泣いてるのですか、今日あったばかりなのに?」

「っ......」


魔女を殺した事はあった、アレは人殺しのロクでなしだった。悪魔と戦った事はあった。アレは恐ろしい異形だった、今ではあれが神の成れの果てだったのかもしれないと考えるようになった。


だけど、普通の人を殺すのは嫌だった。


「ありがとう、嬉しいです、私の為に泣いてくれるなんて」

なんで嬉しいんだ。


「この吹雪は私が死んだら止むでしょう」


晩年の母に似た青白い肌は雪が似合っている気がした。


「フンディのヤク......ありがとう、さようなら」

「えぇ......ありがとう、ガルアン=マサリー、さようなら――」


初めて善良な人間を殺す事にした。




剣はヤクの首を横から真っ直ぐ切り裂こうとしたのだ、せめて苦しまぬように、だけれど剣の軌道は突然の突風で身体を前に押されてズレてしまった。彼女の左肩から腹を思いきり切り下す形となってしまい、彼女は言葉にならない絶叫を上げた。腹からは見えてはいけない臓物が見えていた。

「ァ――」

ガルアンは戸惑い今度こそはと彼女の首を切り落とそうと勢いをつけて近づき剣で切りかかるが、雪の所為で足に力が入りきらず首の頚椎を切り落とせない。


「どうしてッどうしてッ!上手くいかないッ!」


足を崩してしまいそのままヤクに押し倒す形で倒れこんでしまった。


「――ごめ――なさ――」


血を吐きながら彼女の小さな、呼吸をするかのような声で最後の言葉を吐くと、ヤクは絶命した。それが誰に向けての物だったのか、今となってはわからない。


雪原は血まみれだった、白いカーテンは真っ赤に鮮血に染まり、彼女の身体からは臓物が見えていて、それをガルアンは覆いかぶさっている、首は結局切り落とせずに、苦しめて殺してしまった。



自分の姿を見てみると身体はヤクの血で真っ赤に染まっている、


彼女は目に涙を浮かべて口から血が流れていて、


そんな様子が不思議ととても美しい感じて、


そんな自分は全く正気ではないと思いながらも誘惑に抗えずキスをした。

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