第16話 捜索
マリアからお茶会の誘いを受けたサートナ、サートナ自身はそういうのは慣れていないと拒否をしたが、マリアにどうしてもと懇願されて、渋々承諾した。
だが、想像していたのとは違っていた。
「ふふ、サートナさんは緊張するとわかりやすいですわ」
「まいった......マリア、酷いぞ、こんな大がかりな茶会だと知ってたら、絶対に行かなかったッ!」
マリアの他に男爵やら子爵やらのご令嬢が座っていて、獲物を狙うかのようにこちらを見ている、この状況にサートナは汗が止まらないし、緊張でまともに顔すら見えない、退席をしようにも、貴族が興味津々と色々聞いてくるのだ。
マリアには婚約者がいて、サートナとはそういう関係があるという噂もない、神聖騎士というのは貴族の令嬢にとってはイケてる平民、という訳だ。
「あ、ミーフさん、如何なされましたか?」
一人、ポツンと立ってサートナを見つめている姿を見てマリアは話しかける。
「何かご不満がありましたか?」
「いえ、そのような事があろうはずがございません......」
「ミーフさんもどうですか、サートナさんの顔を見てください......あんなにオロオロしているサートナは、とても愛らしいですわよ?」
ミーフはサートナの事を聞かれる度にどこかドギマギとして、落ち着きをなくす。
「......決めましたわ、サートナさんの婚約相手をわたくしが見つけてあげるのです」
「え?」
「皆様、わたくし考えがひらめきましたわっ」
マリアは気まぐれにそう提案したのだ、令嬢たちはミーフを除き活気づくが、しかし、流石のサートナはマリアに近づいていき
「マリア、勝手が過ぎるぞッ決められても俺は拒否するからな」
「はい、構いませんよ?もちろん拒否しても貴方には被害が被る事は致しません」
「マリアッ」
しかしながら、口ではそういった所でなんの説得力もない、マリアの気まぐれですべてが決まる。
「サートナさん、お気になさらないで?いつも通りの気まぐれですわ、あなたが嫌ならお好きにどうぞ、わたくしはこれからも護衛騎士としてお願いするつもりですもの」
サートナは今までで一番マリアに憤慨しそうになった、自分がどうなるかはどうでもよかった、しかしながらそのマリアの気まぐれでここにいる女性たちが苦しむ羽目になるのが許せなかった。
「そんなお怒りにならないで?ほら、ミーフさんにとっても良い事でしょう?」
「っ、ミーフ、来ていたのか......」
「う、うん」
「サートナさんもお人が悪いですわ、ミーフさんの事、いま気付くのですね」
「マリア、お前」
「ふふふ、そうですわね......面白いものが見えましたから、婚約者探しは保留にさせていただきますわね?」
マリアの気まぐれに振り回され、どうにかその場を収めたサートナは彼女という存在の片鱗をなんとなく知る事となった。
◆◇◆◇
その日、神聖騎士団は放棄された村の調査を行っていた、近くの森からよそよそと怪しげな集団が集まっては何かしているという密告があったのだという。
本来であれば、神聖騎士団を送る前には状況を確認する兵士が派遣されるが、現在の帝国は人材不足の為、直接神聖騎士団が派遣されることとなった。
「......ここまでやって、魔女っていうのは感情がないのかねぇ」
「口を慎め」
「へいへい......」
彼ら二人はそう言いって軽口を叩きながら、辺りを見回していく。
「密告って、魔女も一枚岩じゃないってことか?」
ルーグは腕を組みながら、話しかけてくる。
「どうだか、たまたま見かけただけなのかもしれない」
20年前に皇帝の実兄が殺されてから行われた粛清時代にこの村は放棄された、帝都から比較的近かった事も災いして、手柄を欲した者はあれこれと怪しいと言いがかりをつけては魔女やら長老派やらに仕立て上げたのだという。この村もそういう輩に利用されてしまい人口は激減、結果は廃村と化した。
「......」
ボロボロの家の中には机といくつかの椅子があった。机の上は肉塊と血、辺りにこびりついた血痕は既に乾いて赤茶色になっている。
奴らは肉や血を重視していた、特に人の血肉を。なぜ人肉を喰らうのか、その理由まではわからない。
机の中央に無惨に放置されている何かの血肉、これらを見ていると何か胸が騒めいてくる。
「ルーグはこれを見て何か思ったか?」
「え、いや、思ったていうか、正直に言えば今にも吐きそう......」
「......そうか」
それは自分が求めた返答ではなかったが、別に深く知りたいわけでもなく、外に出ると深く息を吸って話す。
「ルーグ覚悟しておけ、このまま見つからなかったら、今日は一日中、魔女を探し出す羽目になるぞ」
「森もか?」
「当たり前だな」
そう答えるとルーグは明らかに嫌そうな顔をして
「......マジか、吹雪になったらどうするんだよ」
そう答えた。
仕方のないこと、魔女の討伐こそが神聖騎士の存在意義、既にこのような事件が起きているのだから無視するわけにはいかず、一刻も早くそれを見つけ出さなければならなかった。
□
「......」
魔女を探すためルーグとアイロス、もう二つのグループが森の中を散策することとなった。
ズグスの森と言われているが、地形は中央を中心に盛り上がって、小さな小山のようだった。
「ズグスの森......なんでも帝国に併合される前は異教徒の聖地だったと......」
アイロスはメモを見ながら説明を始めた、ルーグはそれを興味津々と聞いている。
「......毎回、地域ごとの歴史を調べてるのか?」
「はい、一応と......駄目ですか?」
「......いや、そういう訳じゃない」
アイロスとは喧嘩とまではいかないが何か、気まずさを感じてしまっていた、謝るほどのの事なのか、内心そう考えてモヤモヤとしながら、歩き続ける。
「リンア様は歴史について詳しかったんです、その影響で僕もたまに本とか読んで勉強してるんですよ」
「へー、そういうの俺てんでダメだったな......いや勉学全般ダメだったか」
前で二人が話している様子を静かに見ていた、アイロスは自慢げにルーグに帝国史を教えていた。
「帝国は北進を続けて今では版図をシュチ地方まで広めたんですよ」
「ふ~ん、シュチとか聞いた事あるような、ないような......」
「そうですよね......僕も少し調べたのですが、シュチに総督を置いている事くらいしかわかっていません」
シュチ、その地名を聞いた時ふと母との会話を思い出した事があった。母が言うにはシュチ地方の北東部にはバディックという町があり、そこに古い友人がいて共に同じ師を持って薬師として腕を磨いていたという。
バディックという町は帝国でもほとんど認知されていない、シュチ自体が帝国の版図、という事になっているだけで実際はまともに統治出来ていないからだ、あの地域は実際は半独立状態で、そんな地域からやってきたのがバロトーロフだった。
「ってか、なんで北進なんてしてたんだ?」
「えっと、確か......」
「それは南部諸国を逃れる為だ......どうして逃れたかったのかは知らないがな」
アイロスとルーグがこっちを向く。
「あぁ、そういえば誰かが言ってたな、バロトーロフは南部諸国の回し者だとか」
「えぇ、ただどういった名前だったか......すみません僕、外国関係は弱くて」
「いや、俺も別に詳しい訳じゃない......昔、気になって騎士としての権限を利用したりして、調べてみたが......」
この帝国の南部はまるで守るかのような山脈が続いている、山というよりは絶壁なのだ、この山脈は大帝山脈と名付けられた。帝国が公式にしているルートは中央部にある教皇領に続くという中央回廊。東部にあるというカフゥム山脈と大帝山脈を挟んだ渓谷で一番に過酷であると言われる、カフゥム渓谷。
そして西部のアルニ回廊、南部諸国の筆頭バロニオン連邦がその回廊の南部に存在している、らしい。
「らしい、て、曖昧だなぁ」
「この国が細かく教えてくれる訳ないだろう、帝国はアルニ回廊から東へ北へで、広がっていたらしいんだよ、それ以上は知らない、南部諸国の状勢なんて何もわからない」
それに公式のルート以外にも道はあるという話は聞いた事があった。ただ、そのルートを帝国が知っていて無視しているのか、本当に知らないのか。もし本当に知らないのだとしたら危機感が相当に薄い。
ただそれも当然だろう、カフゥム渓谷は海と山の極寒の風で生物もほとんど生息出来ない極寒、通路もロクに整備されていないうえ、激しい傾斜を寒さと雪崩やらに怯えながら渡る羽目になるという過酷な道。中央回廊、アルニ回廊も他の名無しの通路よりはマシという程度で魔物の危険度も気候も到底並みの者が踏破できる環境ではない、この帝国は天然の要塞なのだ。
□
どれほど、歩いたか。
近くの木に帰り道の為の印をつけながら前へと進むが見つかる気配がない。
それに雪が降り始めて来た、これ以上の活動はリスクがある、引き返す事を提案しようとした時。
「ガルアンさんにルーグさん」
「なんだ?」
「何か、香りがしませんか?この香りは......」
「......確かに、なんだこの匂い?」
「――」
立ち止まり、静かに息を吸うと、冷たい空気が鼻を痛めると同時に何処か懐かしい香りがしてきた。太陽の香りに花の甘い香りが混じったような不思議な香り。
「これは......」
「あ?ガルアン、どうした、調子でも悪いのか?」
「いや、確かめないといけない事が......」
「え?」
「あ、ちょっとッ――」
匂いの元を辿る為に走りだした。
アイロスもルーグも止めようとするが、力づくで引きはがして走る。
「はぁッはぁッ」
別に生きているとか、そういう非現実的な事を思っていた訳ではなかった、でも、蝶が花を見つければ近づくように自然と身体が動いていた。
□
気が付けば森の奥に進んでいたのだろう、傾斜は5~6度くらいだったが雪の所為もあって滑って転びそうになる。雪も徐々に強まっていて、香りもいつの間にかしなくなっていた。この時になって自分のしでかした愚かしさに気が付くが既に遅い、とにかく、森からでなくてはいけない。
森事態は広くないはずで、とにかく自身が走っていた足跡を追おうと歩く。
「ちッ、ダメか」
足跡は途中で途絶えていた、雪で埋まってしまったのだろう。
「おーいッ」
叫ぶが返事は返ってこない、それに雪は吹雪になっていくし仲間から離れて勝手に行動してしまったしで、流石に焦り始めた。
冷静さを欠いていた、母の事となると冷静にはいられなくなってしまう、いい加減どうにかしなければとは思っているのだが。
「はぁッ......はぁッ......」
昔、母に無断で外出をした時の事を思い出した。その森はここの森と似ていて名をサリルの森といった。
昔その森の奥深くには神殿があって、数々の神々を崇拝していたらしい、ただ今ではそれは残骸として残っているだけで、子供が肝試しに使うような森になっていた。母の工房もサリルの森にあり、あの時はなんとなくその森に興味が湧いて、一人、無断で行ってしまったのだ。迷子にもなって母を大変に心配させた。
「ッわ!」
視界も悪くなって、転んでしまった、立ち上がって歩くが足の感覚が鈍く、震えて、重くて、思うように動けない。
「ッ......クソッ」
手も足もどんどんと感覚が鈍くなってきた、前を向くのも顔が痛くて上手く向けられず、顔をどうにか手で庇う、いよいよ不味い事になってきた。吹雪はとどまる事を知らず強まるばかりで、意識も朦朧として――
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