第14話 冷たい風


帝国政府は国を蝕む薬物『救い子』の全面摘発に乗り出した、一月の猶予を与えて『救い子』を持つ人も罪を問わず不問にするという。


これが効果があったようで、次々と売人たちがあぶりだされていった、『救い子』はそのまま火で燃やされていく、白い粉は乾燥させた花を粉末にしたものらしいが詳細は誰も知らない。


「......」


それをぼうっと見ている男。

燃える火をひたすら見ていたのはガルアンだった、ぼうぼうと燃える炎は雪の降る曇り空のこの日には暖を取るのに最適で、みながせわしなく活動している中でも気にせずに眺めていた。


ラトフは一体どうしているのだろうか、

結局、あの後ラーチカは家からいなくなっていた、あんな事を言ったのだから当然だろう。


「はぁ......」


溜息をつく。


背中は凍えるように冷たいのに炎があたる顔と身体は暖かい。その両極端な状態がまるで自然な状態に思えて来た。

後ろはこんなに冷たいから余計に炎の近づくけれど、熱気が熱くて遠ざかる。


「寒いな......」


この世界に生まれ、ただひとり母のその愛を一身に受けて育っても、心で感じていたのは不安だった。

自分にとって頼るべきモノはあのひとしかいなかった不安。友達なんてほとんどできやしない、自分が大人びていたからだ。


ただやっぱりあの時が一番幸せだった、小さな暖炉で暖を母と二人でとっていた時、一緒にお茶とか飲んでいた時、もう戻れない日々を懐古してしまうのは好ましくないとは思うが、今が不幸なのだから仕方がない。


そんな様を見ていたのか、男が話しかけて来た。


「なんて顔だ、ガルアン」


ピトル=カラクルス、カラクルス伯爵家の貴族。とはいえこのピトルは訳ありだ。


「感傷に浸ってたんだよ」

「今の君の顔を見ていたら父を思い出してしまった」


ピトルの母はおらず父親ただ一人だったのだが、当主である祖父によって父が勘当されてしまい、ピトルは肩身の狭い思いをしてきたのだ。そんな汚名を払拭するために騎士として働いているらしい。


「物思いにふけるのは良いがそういう感傷に浸るのは暇な時だけにしてくれ、神聖騎士団だって最近は政府うえからも市民したからも良く思われていないのに」


西部騎士隊の所為だ、神聖騎士団が反乱分子として扱われるのにビクビクしなければならなくなったのは。しかも彼らが暴れまわったから西部の復興作業に人材を奪われてしまった。


「......そうだな、休憩もそろそろ終わりにする」


ふと立ち上がり炎に背を向けると冷たい風が顔にぶつかってくる、あゝ冷たくて痛い、嫌だな。だれか温めてくれないものか、温もりが恋しい。

つい子供っぽくごねてみたい衝動に駆られてしまいそうになった。



明くる日、空は相変わらず灰色で凍える寒さ。


「......」


アルルアの中央にある大広場では丸太にくくり付けられた女に罵詈雑言を浴びせる住民たち、なんでも魔女だという。何やら罪状は人を生贄にささげたとか、人肉を喰らったとか、そういういくらでも後付けできそうな内容だ。


「......」


石やら投げつけられても、その女はなんの反応も示さない、ただ静かに冷たく瞳をじっとこっちを見ている。いや、そのような気がした。

既に裁判は終わっているらしく、これから炎で焼いてしまうのだ、珍しいものではない、公開処刑は住民を鬱憤を晴らすのには十分なのだろう。


「さぁ、火を」


不憫なのは火をつける事に選ばれた人間だ、大体は罪人だが、時に魔女と疑われないために自ら望むものもいるらしい、ただ結局この処刑人は不可触民のような扱いになるのだろう。救いがない、


執行人は年齢が10代半ばの少年だった、重罪を犯したのか、はたまた運がなかっただけか。だこんな損な役回りをする羽目になった少年は松明を近づける、ゆっくりと、恐れがあるのだろうが周りの住民からは早くしろと囃し立てられる、誰も彼の事なんて見やしないのだ、彼の今後は最低になる瞬間を誰も見やしない。足元に火をつけると、光が赤く閃光すると一気に燃え上がって、それを住民はその炎と一緒に歓声をあげるのだ。


「――ッッ」

悲鳴の一つもあげず、歯を食いしばっているのだろうか、あの女が魔女であったのか、どうかは知らない、結局この処刑の相手が魔女か否かは関係がない。

というより魔女でなかったではいけない、いままでもこれからも狩られた人間は魔女でなければならない。


キャンプファイヤーを囲うが如くまるでお祭りのように騒ぐ、みんな罵詈雑言を魔女に浴びせているが、そうしている様は一体感があった、ひとりひとりの行動に呼応して、色々と騒ぐ、彼らはこの後、出来事を酒の肴にするのだろうか。


炎の近くだというのにここにいるとなんだか冷たく感じて、耐えがたい。さっさとこの場から離れたい、そういう衝動に駆られてしまった。本能的にここから逃げたいと思ってすぐさま離れる。


「――ッ」


寒い、冷たい、文字を上から墨で塗りつぶされるような。背中越しからはそんな冷たい冷気をいつまでも感じていた。


「はぁ、はぁ......」


どれほど走ったか、人気のない道まで走ると思わず跪いてしまう、母から貰ったお守りを握りしめて祈る。


「......」


息を整えて、冷静に、お守りを握りしめれば母の思い出が蘇る。ただ、それは、必ずしも良い思い出という訳ではなかった。


母はどうして一人だったのだろう。時折そう考える時があった、父の事は覚えていない、4~5歳の頃から記憶や人格がハッキリしてきたからだ。だから知らなかったし父がいない事を聞いてもはぐらかされたが一度だけ母から聞いた事があった。

ただ、その内容は『あなたのお父さん、彼は亡くなったの......』

そう、悲しげに俯いて話していた。あの表情は、あの時の顔は忘れられない、あれは愛した人を思う顔だった、そういう風に思われていたのにさっさと死んだのだ。


「......」


冷たい風は容赦なく自分を痛めつける、暖かなモノは何一つ感じない


目を瞑って祈っていると、声が聞こえて来た。


「ガルアンさん......?」


何事かというようにアイロスは困った顔を浮かべていた、ふと自分が跪きながらお守りを両手で握って祈っていた事を思い出す。冷静になり、急ぎ立ち上がった。


「どうしてここに?」

「あ、えっと見回りです、魔女を処刑したから何か良からぬ事が起きないようにと」

「......そうか」

「大丈夫ですか?」

「いや、なんでもない、少し疲れていただけだ」

「......」


膝の汚れを払いながら、何事もなかったかのように腕を組む。


「顔色が悪いですよ......」

「......いつもの事だ、俺はいつだって暗いんだよ」

「そんな」

「ああそんな事より、どうだ神聖騎士としてうまくやってるか?ダークエルフだと偏見もあるだろう」


話を無理やり変える。そんな心情を察してかアイロスは静かに笑みを浮かべてくれた、やはり顔立ちは中性で男には見えない。


「......大丈夫です、みなさん優しいですし......ただ心配な事が」

「心配?」

「カウヤの事です」

「カウヤ......サートナやユンフが付いてるだろう?」

「そうなんですが、その彼女の父親が......」

「西部騎士隊の件か」

「今の所は問題ないですが......周囲からどういう目で見られてしまうのかが......」

「そんなのはどうしようもないだろう、それこそカウヤがどうにかするしかないな......ピトルみたいに」


良い言葉が思いつかず、昨日会ったピトルの事を絡ませる。


「ただ、自分の親の所為でひどい目にあったら......」

「......」


よくそこまで真摯になれるものだ、と感心してしまう、同情とか憐れみとかそういうものは当然持っているけれど、親交のない人に向ける余裕はない。


「俺は気になる事がある、いま神聖騎士で彼女は何を目指しているのか、というより何を支えにしているのか」

「......何をですか......」

「憧れの父は罪を犯した、もう贖いきれるのかわからない罪をだ、俺に言わせれば憧れ人が実は最低な人種だって知ったら耐えられないな」


その言葉はアイロスを不愉快にさせていたのか、少し怒りの表情を見せていた。


「......」

「......どうして不機嫌そうなんだ」

「......どうしてでしょうね......僕は見回りに行ってきますね」


そういってアイロスは小走りして行ってしまった。


「......はぁ、面倒だ」


繊細さに欠ける言動だったのかもしれない、ただ、実際カウヤがこの後、何を目指すのかそれを無視したままではダメだろう。サートナはどう考えているのだろうか、ユンフもだ。



「......どうしてカウヤの事をこんなに考えてるのかね......バカだな」



まったく会話をしていない相手に対してここまで考えている自分がどこか馬鹿らしい、それに、カウヤだけではなく、カウヤの母であるパルタ=オンレの事も考えていた、パルタにとっては夫が罪人になっているのだから何かと苦労しているだろうと......余計に馬鹿馬鹿しい、面識がほとんどない人の事を思って何を考えているのだろう。


気が付くと冷たい風は弱まっていた。

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