第13話 ひとり


サートナは今日この日は何も用事がない日だった、マリアはサートナに休みを与えて個室に籠っている。その為にカウヤの様子を見にルンメル家の屋敷に向かっていた。


「カウヤの様子を見ないといけない、はぁ、忙しくて大変だ」


そう独り言をこぼすが、内心そこにはめんどくささよりも楽しさがあった。人が強くなっていく所を見るというのは嬉しいもの。


カウヤの成長は早く近くには見習いとして神聖騎士団にも入団出来る、そう確信していた。


それに、もう一つサートナにとって大切な事があった。


「サートナ、おはよう」


ミーフ=ルンメル、ルンメル家の長女。きっと恋をしている。


「あ、おはよう」


理由なんてなかった、ドラマティックな出会いも思い出もない。話している内に惹かれていた、たったそれだけ。


「ユンフが喜ぶわね」

「時間が空いたからな、それでカウヤはどんな様子だ?」

「ユンフはよく見てる、見習いって騎士の雑用をやらせるだけが多いっていつも憤慨してたからかな、ふふ、真面目ね」


屋敷の訓練場からはユンフとカウヤの特訓がよく見えた、当初よりも成長している、カウヤもそうだがユンフもだ。


「成長が早い、才能があるな」


サートナは時折口を出すだけ。もちろん手伝う事もあるが、サートナからしてみればユンフは才で上り詰めた男、この機会に人の苦労をわかってもらおうと考えていたからだ、カウヤも才能あふれる人だったために長くは続かないだろうが。


「......こればかりはどうしようもないか」


そうなったら、ミーフに会う口実もなくなる、彼女は一応貴族なのだ。神聖騎士でしかもマリアの護衛騎士という立場だから容易に会えている。しかしそれも時期に正当な理由がなければ会う事は出来なくなるだろう。


「......サートナは才能を欲しいとか羨ましいって思った事はあるの?」

「どうしたいきなり」

「......そうだな」


才能が羨ましい、と考えた事がないわけではない。ガルアンのような、出来てしまう人間の事はやはり羨ましかった。しかし、ないものねだりは時間の無駄だと思い、早々に切り捨てたのだ。


「最初は思ってた、ま、そこはもう割り切って、特訓の毎日だった」

「......すごいね」

「言うほどかぇ」

「そんな事ない、私だったら周りにすごい人が多かったら頑張れないもの」

「......」


そんなこんなで会話をしていると――


「あ、サートナく~ん」


見ていたのに気が付いたのかユンフが駆け寄ってくる。


「サートナの事が好きね、ユンフは」

「結構可愛がったからだな、まったく時が経つのは早い」

「行ってあげたら?さっきまで訓練してたからここまで走るのはユンフも大変でしょ」

「......しょうがない、行ってやるかね」

「はぁい、行ってらっしゃいねっ」


静かに笑っている、その台詞これからも聞きたいな、なんて口が裂けても言えないから。


せめて笑っていて欲しかった。





ある日、普段ならば、訓練は日が落ちる前には帰っていたのだが、ルンメルの当主から誘いを受けて一緒に食事をしたために泊まる事になっていた。


「......明日は早く起きて、シーゼル家に戻らないと」


シーゼル家とルンメル家が仲が良いから許される事だろうなと内心考えながら、歩いていると

「――っ――ッ」


泣き声が聞こえて来た、聞き覚えのあるその声の方角へ向かうと。


「......ミーフ?」


柱の陰で誰にも見えないようにうずくまって泣いていた。


「どっどうしたんだ、ミーフ......」

「あ――」


ミーフは涙を拭いてその場を立ち去ろうとしたので、思わず手を掴む。

「きゃっ」と声を出したが、両手で両肩を掴みなおす。


「待て、......どうしたんだ?教えてくれ」

「でも......」

「......いやなら......無理にとは言わない、ただ人に話せば楽になるんじゃないかと、思っただけだ」

「......誰にも話さないって約束してくれる?」

「......当たり前だ」


カラクルス家の人間に婚約を破棄された、厳密に言えば正式な物ではなかったが、それを前提にしていた付き合っていたらしい。


「......カラクルス」


カラクルス家は伯爵家、ルンメル家は子爵家、しかもカラクルスは皇位継承権のある家系だからこの家は舐められたという辺りだろう。


カラクルス家は色恋沙汰の問題が多く、勘当された者もいた事は知っていた。しかし、貴族ではないのだから関係がないと思っていたのだ、まさかこんな形で縁があるとは思いもしなかった。


「私......どうしたら良いんだろう、周りの人はもう結婚してて、子供も出来てて......」

「ミーフ......」


ミーフの年齢は知らない、だが、周りの話から20代中盤だろうと推測していた。20を過ぎれば遅い方なのにその年まで未婚というのは......。


「......俺が......」

そこまで言って

「......いや、君は素晴らしい女性だ、カラクルス家は君の良さを気づかなかったんだ」

自分が結婚するとか、そんな事は言えなかった、それはあまりに無責任で、何より怖かった。


「......ねぇ」


だけど。


「ッミーフ!?」


いきなり抱き着かれてしまうとそういう決心も揺らいでしまう。


「ごめん、少しだけ......少しだけで良いから......このまま」

「ッいや、しかし......」

「お願い......」


嗚呼、こんな姿誰か見られたら大ごとだ。だけど、

「......」

こっちも軽く抱きしめる。


どれくらいたったのかはわからない、ただ静かにミーフが落ち着くまで優しい抱擁を続けたのだった。



願わくばこの人に幸福がありますように。



◆◇◆◇



「あ、お帰りなさぁい」

「ただいま......じゃなくて」


家で待っていたのは、二人分の食事、ラーチカが笑顔で座っていた。


「......ラーチカ、どうしてまだいるんだ」

「えへへ、せっかくの機会だから、私の料理食べてもらいたくて......」

「料理って......スープの事?」


硬いパン切れと野菜やらの欠片が浮かんだスープ、だけだった。


「ありったけ煮込んだのよ?食材とかあまり売ってないもの......嫌だった?」

「......いや、食べる」

「どうぞ」

「......いただきます」


正直に言えば嬉しかったのだが、いちいち意思表明をしない、それがガルアンの悪い癖。


「どう?」

「......まぁおいしいかな」

「なにそれ」


悪い味ではなかった、その程度だった。


「......それで、どうしてまだここにいるんだ?」

「いや、料理を食べてもらいたくて......」

「......それだけの理由、違うな何かあるんだろう?まぁ、大体察しはついてるが」


ラトフについてだろう。ラーチカは兄の事を好いているから大体わかる。


「お兄の事......犯罪とかしてないか心配で」

「......俺に言われても困るんだよ、俺は神聖騎士だ、犯罪者になっていても庇えないし、庇いたくない」


そんな事をしたら、神聖騎士をクビになるかもしれない。いや、クビにするはずだ、西部騎士隊での汚名を排する為に神聖騎士は清廉潔白、例えそれが外面だけの物でも、その精神を証明するためにクビにするしかないだろう。そう確信していた。


「金で解決できる問題でも俺は金がない、借金という手もあるが......悪いがそこまでは出来ない」

「......」


ラーチカの顔が暗くなる、何かいいことも言おう、そう考えて。


「......昔からの仲だ、自首を勧めるとか、まぁある程度の事はしてあげられるかもしれないな......大金は貸せないが、少しならどうにかできる......」


そうはいってもラーチカの不安は拭えない。


「......ラトフめ......」


問題ばかり起こす、その度にラーチカが謝る羽目になったのだ。


「ラーチカ、一度ラトフに会いたい」

「え、でも......」

「一緒に住んでるんだろう?」


彼が何をしているのか、悪事を働いているのか、いないかのか

どちらにしても、ラトフは一体何をして稼いでいるのか問いたださなければならない。でなければ、ラーチカはまた苦労するだろう。


「そ、それはそうよ、でも......」

「......お兄を庇うか?」

「やめてよ、そういう言い方、私はただお兄が心配で......だってガルアンとあったらまた殴り合いに......」

「......俺だって望んではしない。ただな......お前は言っただろ、どうにかしたいって、いい機会だ、俺が問いただす」


そうは言っても、と言ってラーチカはしぼんでしまう。いざそうなると心の準備が出来ていないのだろう。


「それとも、お前はラトフを信用していないのか、だから怖いんだ」

「っやめて、どうしてそういう事を言うの、お兄が苦しむ姿を見たくないだけなのに......」

「苦しみ......だと」

「お兄はね、昔から私の為に色々な物を買ってくれたの、でも仕事がなくなって......盗みをして、村から追い出されて......それで......それでも今日まで飢えさせないでくれたのよ?」


コップを両手で触りながらラーチカは続ける。


「......そんなもの無駄遣いの所為で......それに問題も起こしてお前だって苦労をしただろう?喧嘩なんてあいつはよくして......」

「違う、違うのよ、貴方が神聖騎士団に行った後は反省して数少ない貯金で仕事をしながらどうにかやり繰りしてたの、人当たりも良くなってね、苦労もあったけどね......むしろ幸福だったの」

「ラトフが......」

「......そう、あのお兄が、驚きでしょう?ふふ」

「......」


気が付けば食器は空で、半ばイライラしながら話を聞いていた、何にイライラしたのか、それは、きっと......


「あら、空ね?お代わりはいる?」

「......いや、良い、あまりは明日にでも食べる」


ラーチカが食器を片付けながら続きを話してくる。


「......多分、ガルアンの言う通り、私はお兄を信用出来てない......多分、良くない事してると思う......」

「......だろうな」

「でもね?世界が敵に回っても私だけは味方でいたいのよ」

「......どうして」

「だって私の家族だから」

「......」


ガタンッ


勢いよく立ち上がって、外に出る支度をする、このモヤモヤとイライラを晴らさなければならない。


「え、待って、今から外に?」

「そうだ」

「危ないわ、だって最近は治安も悪くて――」




どうしてこんな言葉を言ってしまったのかわからない。



......いや、本当はわかってた......



「――お前には関係ないだろう?」





そう言い捨てて、家を出る。





地面は濡れて、外はポツポツと雪が降る、寒い空気はもう慣れた。

こんな時期にも外で寝泊まりする浮浪者共、何人かは死んでるだろう。


ズキズキと風が服の隙間から入り込み肌を痛めつけるが黙々と歩き続ける。


人だかりがガヤガヤと集まってくる、その様子はただ見世物を見に来た観客だ。

何事だろう、気になり交わると。


「あ......」


大柄な男が一人倒れている、壁に叩きつけられたのか血痕が残っている。

見覚えがある、昨日ラーチカに絡んでいた男だった。


男に泣きつく少年は悲痛に泣き叫ぶ。


「親父ィ、どうしてッどうしてぇ!」


そんな様子を観客は見ていた、悲劇を見て憐れむのだ。


「こんな、あぁッ!」


ただ、代わり映えしない状態に飽きて一人一人と立ち去っていく。


まぁ、こんなものか、立ち去ろうとした時――


「――ッ」


泣きながら、嗚咽して、こちらをじっと見つめてくる。


「......」


やめろ、どうして、こっちを見る。


そんな目をしたって無駄だ、この世界に生きていればわかるだろ、どいつもこいつも余裕なんてない、自分一人で精いっぱいなんだよ。


「――ッ」


涙で潤された瞳が写すの自分、子供の助けを求める姿を見てもなお、逃げようとする醜い顔。


やめろやめろ、銀貨一枚だって今は惜しいんだよ。

あぁ、悲しそう顔、頼る術のない天涯孤独な子供。きっとボロボロな心。


「......」


思い出すのは離別の日。幸福な日々は終わり、暗闇の日々を歩み始めた日。


孤独の始まり。


「......ほらよ」

「――えっ」


気まぐれに銀貨1枚を投げた。


「......頑張りな」


どうせ焼石に水、ただ何もしなかったという罪悪感を打ち消すためのモノ。


「――ッ」


ちょうど憲兵がやってきたので、すぐさまこの場から去る。


「あ、ありがとうございますッ!」


遠くから聞こえてきたその感謝の声。


「ふふ」


少しだけ、ほんの少しだけ、空っぽな心が満たされた、そんな気がした。

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