第2章 衝突

第11話 確かにあった小さな平和


帝国を激震させた西部騎士隊による残虐行為の数々。捕らえられた首謀者である西部騎士隊の隊長プーザ=レンナヴァは極刑であり、当然死刑になるだろうと。誰もが思った。


しかし、出された沙汰というのはそういった予想を覆すモノだった。



「プーザ=レンナヴァは共犯者共々、東部都市スクトでの労働奉仕を命じる」



この判決が知られるや否や庶民は大反発で暴動が発生、遠まわしにスクトの炭鉱で強制労働をしろという事なのだが、みなが求めていたの市中引き回しの上での死刑だった。


この判決には皇帝が口を出したという話があり、これには裏がある。そう考えた人々は裏でバロトーロフがいると考えた、兼ねてより彼の者は何やら怪しい、きっと帝国を壊す為に南部諸国から送り出されたスパイかその類に違いないと。


バロトーロフの治癒の力は本物であると考える人々もいたのだが、それを詐欺であるという者も、それこそその力が魔女や長老派によってなされたモノで、バロトーロフは長老派だという噂もなされた。


それで大混乱。西部都市ホルクマでは新市長が私兵をアルルアに向けてさせさせると言い始めてしまった、それを反乱と判断されてしまい鎮圧されてしまう。


そんなこんなで大騒ぎ。そんな混乱への対応に苦しむのは帝国政府だった。


「閣下、閣下、どうかどうか閣下からも陛下に進言を――」

「......」

「スルピン閣下ならお分かりなはず、かのバロトーロフが皇帝を......皇族を支配しようと企んでいる事が、今やプーザよりバロトーロフへの反感が強まっている状態、このままでは......」


ペイアイが懇願している相手はスルピン=リオチスカ、帝国首相に当たる人物である。


「......私としても、出来る限りの事はしよう」

「閣下、ありがとうございます」


バロトーロフへの批判はプーザへの判決により内部でも強まっており、それをどうにかしなければならなかった。


しかし。


「バロトーロフはまさにこの世界に生まれた奇跡である、我が息子も今では歩くことが出来ている、これはかの祈祷師が祈ったからである」

「陛下、何も宮廷祈祷師を認めるなとは申してはおりません、しかしどこの者とも知れぬ者の言葉を信用して政治をした事で様々な弊害が生まれている結果になり――」

「バロトーロフのおかげで今も帝国は問題なく機能しているのだ」


駄目だ、完全に心酔していた、皇后も同様であり、言葉での説得は無理だと悟ってしまった。


「陛下、バロトーロフが進言した事により規模を増して続行された魔女掃討作戦も帝国は多大な被害を被る結果に終わりました、何より西部騎士隊、プーザ=レンナヴァの判決は――」

「何を言うか!魔女の掃討は父と兄の無念を晴らす為だ、バロトーロフも言った『害虫を野ざらしにすれば、帝国は害虫によって滅びるだろう』と、それにプーザは魔女を、帝国に仇為すモノの討伐を行おうとした忠臣であろう、ならばその忠誠に対して答えねばならぬというもの」

「しかし陛下、それに対し民衆の間では大規模な反対運動を――」

「しつこいぞ、バロトーロフ殿はプーザは帝国の要と仰ったのだ!さっさと仕事に戻れ、スルピン=リオチスカッ!」


結局説得は出来ず、そのまま退出する事となる。


「愚かな、愚かなッ!この国を本当に当代で潰す気なのか、陛下はッ!」


スルピンの皇帝に対する不信は強まるばかりだ、そんな中偶然にも出会う。


「閣下、お顔がすぐれてはいないご様子で」


髭を蓄えた大男、2mはあるその巨体に思わず怖気づく。


「バロトーロフッ」

「......閣下、怒りに飲まれてはいけない、それは悪しき者の思うつぼだ」

「――ッ失礼、怒りに飲まれていたわけではありませんよ、裁判の結果に口を出すというのは如何なものかとお伺いを立てたまでで......」


皇帝は全権の長であり、唯一絶対の君主。しかし、実勢のところは自重を求められていた。


「それでは、私は――ん?」


バロトーロフから不思議な花の香りがしてきた。


「バロトーロフ、香水をつけているので?」

「えぇ、まぁ趣味で」



そうしてスルピンは急ぎその場を去る、早く民衆の心をなだめなければならないからだ、いよいよ食料の問題も大きくなり始めて来ており帝国の危機が迫っていた。




◆◇◆◇




「「バロトーロフを追放せよ、皇帝陛下の威光を利用する国賊を追放せよ」」



神聖騎士団内では教権派と世俗派で別れていたのだが、最近になり、そういった垣根を超えた超党派とも言える派閥が生まれていた。これは神聖騎士団だけではなく、帝国政府内部や一般庶民にも同じことが起きていた。


「反バロトーロフ派......」


西部騎士隊の所為で自分たちまで白い目で見られている、名誉を傷つけられた。そう感じた騎士は多いようだ、地方騎士も同様である。


「......共通の敵が出来て初めて溝が埋まるってか......笑えねぇ......」


それを傍観していた集団にはルーグがいた。

ルーグは興奮している神聖騎士団の一部を端で見ながら、力無く見ていた。


「......まったくだ......」


ガルアンも同じ思いで見ていた、ウレイアもその現場を何とも言えぬ目で見ている。


「......ウレイア、お前もどうやら今の状態を喜びはしれないんだな、一応みんな協力し合っているぞ?」


ガルアンは聞く。


「こんなの、違うもの......」

「きっとこれで良いんだ、見てみろ、あんなにはしゃいでる......あいつらのあんな姿を俺は知らない、知らなかった、なんだか嬉しいよ......」


ガルアンはそう言ってあの、バロトーロフを糾弾して皇帝を賛歌するあの姿を見る。

奇しくも反バロトーロフ運動が彼らの真の姿を開花させて一つにしていた。


「でも、反バロトーロフだけじゃないわ、支持者もいるわ......」


真偽は不明、それでも病気が治った者がいた、不妊に苦しんだ者を救っていた。

そういった話はよく聞いている、だからこそバロトーロフ=ツィコエンは厄介極まりない男なのだが。


「そうだな......だから大変だ」

「つーか、皇帝も皇帝だよ、これ本気でどうにかしないとまずいだろ?」


ルーグの不安はその通りなのだ。


「仕方ないのよ、皇帝陛下の息子はもう一人だけだもの......」

「気持ちはわかるがよ......あぁ、リーダーの不幸なんて望むもんじゃねぇな」

「だろう、為政者が病んでいるとそれはそれで問題だ......」

「なんか、二人とも余裕そう......」


不思議なもので、こちらも教権派、世俗派とでお互い嫌っていたのにどういうわけか話し合っていた、別にルーグはウレイアの事を好きでもない、母を侮辱され、自分を侮辱した事を忘れてはいない、ウレイアも彼が信心深くなく、魔女の子だとは思っている。


「......」


ガルアンは静かに反バロトーロフに燃える集団とこっちの傍観している集団その両方を記憶に焼き付けるように、忘れないようにじっと見つめていた。


こういう日もあったと思い出せるように。



◆◇◆◇



外では雪が降り積もり、みな防寒具を身に着けて歩いている。


神聖騎士としての仕事を終えたガルアンはいつもの酒場に向かう、小汚く底辺層の為のお店だ。店の隅にある丸机、そこの椅子に座り酒を飲んでいた。


「......」


酒は良い、お気楽な気持ちでいられるから、例えそれが安酒でもだ。


「――!ッ」

「いいからッ――」

「(......なんだ?)」


何事だろうか、外で何やら騒ぎが起きている。こんな寒空でよくやるものだ、とガルアンは思ったが、一人聞き覚えのある声が聞こえて来て興味本位で外に出る。



「やめて、やめてよっ放してッ」



女に絡む大柄な男、酒を断ろうとしている女は栗毛で三つ編み、アルだった。無理矢理に誘われている。周りの者は気にはなっているようだが、見ざる聞かざるで避けている。


「......」


面倒事にはかかわりたくないが、彼女とは顔見知り。


「ちょっと待った」


二人には割って入る、男はいきなりの事で動揺していたが、それはガルアンが入ってくるとは思っていなかったからだろう、本人は隠しているが知っている者は知っている彼が神聖騎士であることが。


「――あ、あなたは......」


アルはどうやら覚えてくれていたようだった、ガルアンは喜ぶ、あの一夜だけの関係だったのに、それを忘れていないでくれたことが。


「――チッ」


神聖騎士を相手には流石に勝てない、男はそのまま走り去っていった。


「大丈夫か?」

「えッ――あ、大丈夫......よ......」


アルは頬を赤い色に染めて答える。


「どうしてここに?売春街は別の場所だろ?」

「さっきの男の人に無理やり、はは......」

「騒いでるのに誰も止めなかったか......まぁ、そうだろう」


面倒事は避けたい、そうだろう特に娼婦と客の揉め事なんてロクなものではないからだ。


「まぁ、良いか......それでまた戻るか?」

「どうしようかな......」

「......少し、飲むか?」


ガルアンはアルを誘う、もしかしらガルアンも人肌が恋しくなったのかもしれないし、アルの事を気遣っての事なのかもしれない。


「え、でもお金がなくて......」

「少しくらい、俺が奢る」

「でも、前の10銀貨分が.....」

「そんなの気にしないって、まぁ嫌なら良いが......」

「そっそんな悲しそうな顔しないでって、わかった、行く」


ガルアンはアルと対面する形で酒を飲みかわしながら、アルと話をした。


「......最近はお客も怖いの、なんだか自暴自棄な人が多くなってて......」

「......アル」

「お手伝いの仕事ね最近、クビになったの、雇い主が殺されちゃったらしくて......だから、頑張らないとって思ってたんだけど......私、どうしたらいんだろう?」


アルは「ははは」と笑う。


「アル、お兄さんがいるんだろう?養ってもらう事は――」

「だっダメッ」


ハッキリと否定されて、流石に困惑を隠せないガルアンにアルは続ける。


「お兄に迷惑をかけたくないの、最近もなんだか怪しい事に手を出してて......やめてって言っても聞かないから......だから私が借金を返すのッ」

「......いくらなんだ?」

「......5金貨」


1金貨で大体三カ月の食費が賄えると言われ。


金貨1枚は銀貨にすれば大体100銀貨だ。


「利子もあるだろう?まっとうな所から金を借りてもいないだろうし......」

「だから、私も――」

「無理だ」

「どうして」

「わかるだろう、一日3銀貨しか稼げてない、稼げない日もあるのに、それは無理だ」


ガルアンの言う事は正論だった、それに身体を壊してしまう危険性もある。到底長く続けられる職業じゃない。


「......」

「お兄さんの為にも、無理するのはやめるんだな」


ガルアンは欠けた銅貨を1枚置く、公的には銅貨1枚だが実際にはそれより安く取引されていた。


「......お兄」

「......羨ましい限りだよ、こんな妹を持った兄は幸せ者だな」


遠い目をしてアルを見つめるとその場から去ろうとしたガルアンだったが、アルが引き留める。


「そういえば、名前を聞いていなかった......名前はなんていうの?」

「あれ、言ってなかったか」

「聞いてないわ」

「......ガルアン、ガルアン=マサリーだ」


その瞬間アルは口を大きく開ける。


「ガルアン......ガルアン=マサリーッ本当に?」

「なんだ、急に......」

「わた、私よ?えっとアルは偽名なの、本名は使わない方が良いって言われて......」

「え......」


アルはガルアンの両手を笑顔で両手で掴む。


「私、ラーチカ、ラトフ=リュントクの弟、ラーチカ=リュントクよッ!」

「――ッ」


それは、突然の再会だった、いや会っていたのに気が付いていなかっただけだった。

偶然にも再開したシラ村の友人の一人、ラーチカ=リュントク。


「会いたかったわ、ガルアンッ!」

「わッ!?」


思いきり抱き着かれてしまった。





アルがラーチカだったと知って、ガルアンにとっては驚き......というのは小さかった、過去に空いた穴がアルと話しただけですっぽりと埋まった気がしてホッとさえしていたのだ。


だからアルがラーチカだったと知って、あぁ、だからだったのか、と感じた。


そして同時にどうしてこの時期に来てしまったのだとも思った、だってこれから来るのは平穏ではないのだ、みんななんとなく気が付いているのだ。平和とか幸せとかじゃないってことくらい。


「どうして、悲しそうな顔をしているのよ?嫌だった?」

「......いいや、なんでもない......」


今は静かにこの小さな平和を喜ぼう、ガルアンはそう思うのだった。

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