第10話 溝


ガルアンはその日は休日というのもあって、アイロスとカウヤが騎士として訓練をしている様子を遠くから見ていた、するとサートナが話しかけて来る。


「アイロス、確かリンアさんのお気に入りだった子だよな?」

「そうだ、俺も当時のアイロスとは何回か会ってたけれど、リンアさんが目をつけるだけの事はある」


アイロスは騎士として優秀だ、すぐに実戦でも使われる事だろう。


「あの人が魔女......か、魔女ってもっと森の奥深くとかに潜んでいるモノと思ってたよ、それに性格だってな」

「......」

「最後に話したのだって変わっていなかった、魔女ってあんななのかね」

「......魔女にもそれぞれ、あるんだろう?」


ガルアンはどこか暗い、いつも暗いが彼に魔女の話題を振るのは避けなければいけなかったのかもしれない、そう思い話題を変えようとしたが......。


「魔女はきっとどこかが歪んでしまうんだ」

「......歪む?」

「悪魔の術なんて使ってればおかしくもなるだろう?」

「あぁ、なるほど」


サートナ自身はどうにか計算や読み書きができるくらいだ、ガルアンのこういった考えはいつも何かと思考しているから、恐らく幼少期も本が近くにあって知識が豊富、だからこそ出てくるのだろう。


ガルアンが暗いというのはその通りだ、しかし彼のその暗さはどちらかといえば、先が見えない事への不安からの暗さだと思っている。話していて感じるのだ、未来に期待をしていなくてただ一日を生きているのが。彼は帝国民と同じで未来を見れていない。聡明である彼でさえそうなのだ、この国の将来が不安だ。


「そういえば、マリアが心配していたぞ?首の傷は大丈夫かって」

「......そうか」


どういうわけかガルアンは極めて見るからに不機嫌になって首の傷を触る、何が彼の怒りに触れたのか見当もつかないが、流石に怒りを与えたまま別れるというのもアレなので、話題を変える事にした。


「あーそういえば、ガルアン、お前の家族についてあまり知らないな?」

「?そんなに面白いモノでもない、父親と母親と俺、それだけだ」


サートナには酒屋で働く父と母、そして妹がいる。ガルアンは身内の事を話さない。無理矢理聞くのもどうかとは思うが、やはり知りたいとは思ってしまうのだ。


「まぁ、親父は......」

その表情から感じるのは嫌悪と怒り、それを平然と言うが口から発せられるそれは怒りを抑えている様だった。


「別に無理して言わなくても......」

「そうか?じゃあ母さんの事を」


一転して母の話題を出すとガルアンはいままでにないほど明るくなっている。


「母さんは優しかったよ、本当に......」

彼の両親、特に母親が健在であるとは思っていなかった、母を好んでいたのは知っていた、だけど実家へ帰る事はなかった、それだけでもういないという事を察するのには容易い事だった。しかし墓参りくらいすれば良いのにとは思ったが。


「母さんは哀愁漂う可憐な人だった......」


その表現に違和感を覚えた。何か母に使う表現とは思えない、哀愁を肯定的に表現した事、可憐という言葉にはどこか......。


「......そうか、母親の事が好きだったんだな」

「好きだったよ......」


だが、ガルアンはそれで明るくなるのだ、サートナはいちいち人のあれこれに口を出さない、そういう所がガルアンに合っている友達だろう。





「どうしていきなり親の事を......」


サートナの気まぐれにも困ったモノだ、よくある事なのだが。


「おーい、サートナ君、君も手伝ってくれいっ」

「......ほら、呼んでるぞ?」

「はぁ......なぁんで、俺を、仕方ない行ってくる」

「がんばれぇ」

「ったく、小馬鹿にしやがって......」


ユンフはサートナに懐いている。自分かサートナかと聞いたならサートナを選ぶだろう。まぁ、当然の選択だ、陰気な奴より明るい奴を選ぶのが人間だろう。


「だから、サートナと並ぶのは苦手だよ、自分が暗い事をより自覚してしまう」


そんな風に考えていたら。


「ガルアン?どうしてこんな端に?」


ミーフがやってきた、わざわざこっちに声をかけてくるのだから大したもの。


「サートナが教えている様を見ていただけだ、邪魔ならすぐに――」

「そんな事言わないで、サートナの言っていた通り、親しくない人を避けがちね」

「あいつ、そんな事を......」

「えぇ、あなたの事が好きなのねぇ」


サートナは誰にも優しい、そんな中で自分は親しい方ではあるし、付き合いも長いからよくわかるのだろう。


「ミーフ、別に俺に構う必要はない、今はただ見てただけだよ」

「そうなの......あなたから見てどう?カウヤは?」

「......どうなんだろうな、アイロスを超えるのは難しいだろう」


やはり男と女、肉体的な壁、そして経験の差もある、何よりリンアにも認められていた才能、これを超えるというのは荊の道だろう。


「そうなの......残念......あなたが言うのならそうなのかも......」



しかし、その読みは、外れる事となった。





ある日、雪がぽつぽつと降ってきて手もかじかむ中、アイロスとカウヤはサートナとユンフに見守られながら模擬試合をしていた。


状況は互角、アイロスがせめてカウヤが守りに徹していた。


それをガルアンも遠目で観戦していると隣に女性が座りこむ。


「あなたは......」

「ガルアン様、この度はありがとうございます」


カウヤの母、パルタ=オンレだ。黄緑色の髪を後ろにまとめてポニーテールのようにしている。


「感謝を言う相手が間違っている、サートナとユンフ達、それにアイロスに言うべきでは?」

「その話を通してくださったのはガルアン様と聞いています......エルフは避けられていますから、機会が得られる事が少なかったですから、ありがとうございます......」

「......」

「カウヤは勝てるでしょうか......」


カウヤは勝てないだろう、アイロスに押されている。


「......難しい」

「そう......ですか......」


パルタは心配そうに試合を見ていた。


「夫から何の手紙も来ていません......西部騎士隊への悪口は日に日に大きくなっていています、娘は気にしていないと言っていますが......」

「......」


西部騎士隊に襲われたという生存者がアルルアにも出現しており、いまでは西部騎士隊は敵として認識されてしまっている、ただ政府は現状何も発表していない。


「娘は騎士隊で寮生活をしたいそうです......好成績入れたら財政的にも今より良くなるだろうって......」


パルタは悲し気にこちらを見る。


「夫が帰ってこなかったら......私はどうなるのでしょう......」

「......」


どうして、自分に言う、なぜ、そういった暗闇が自分にばかり付き纏うのか、サートナだって良いはずだ、彼の光ならばそれを晴らす事も叶えられよう。なのになぜ......


「......夫の騎士隊の仕事のおかげでどうにかやり繰りしてきたのに......」

「パルタ......」

「――っあ、ガルアン様」


指を指すと防戦一方だったカウヤがアイロスを押していく、アイロスは崩れそうになる態勢を整えようとするが、その隙を突いて――


「カウヤが勝った......」


向こうでは茫然とするカウヤと悔しそうにするアイロス、ユンフとミーフはサートナに抱き着いて喜んでいるのが見える、そして健闘を称えている。


「あぁ、カウヤが遠くなっていく......」


カウヤはパルタに気が付いたのか笑顔でピースサインをしていた、それをただ寂しげに見守る。アイロスも笑顔でこっちを見てくる。


「......」


なんとなく近いうちの別れを予感した。


「......俺の見る目もなかったか......」


こっちとあっちでは別世界のように感じていた、いつの間にか雪は止んでいて、あっちでは雲の分け目から黄色い日が差していて、勝者も敗者も観戦者すら祝福しているように思える。


けれど、こっちは灰色の空の下で、ただ見ているだけ、『お前とあいつらは違う』と表明されているみたいで......見えない溝を感じてしまう。


「眩しい......」


眩しいモノを見ると現実を見てしまう、だから、明るいのは嫌いだ、そんなのだから同じ人種が来るのだろう。


「ガルアン様......行くのですか?」

「あぁ、娘の所に行ってあげな......子供は大切に......」

「一緒にはいかないので?......」

「俺が行って水を差すのは良くないだろ?」


何だか馬鹿らしくなってきた、カウヤはパルタと別れるだろう。なんとなくそう思う、彼女はひどく悲しむことになるだろうに......


「ガルアン様......」


どうして悲しそうな顔をするんだろう......変な人だ。





帰路に立てば聞こえて来る、やかましい声。


「西部騎士隊の蛮行を――」

「魔女を――長老派を――」


凍えるような冬の中よくやるうお。ただ普段と違うタイプの者がいた。


「帝政打倒ッ」


まぁ、いづれくるとは思っていた、もちろん憲兵が止めにくるのだが、こういったものに同調する者も出て来ていた。帝都アルルアですらこれだから、地方はどうなっているんだか。


それに薬で気が狂っている廃人も増えている、何かと不吉だ。歩いていると規模の大きな、恐らくここで一番の勢力を誇っている集団が現れてくる。


「バロトーロフ=ツィコエンを処刑せよ」


皇帝はバロトーロフの傀儡になっていると主張する一派が大通りを占拠しながら大演説を行う、憲兵たちも規模が大きく手が出せない。


「バロトーロフ、卑しき者、神官を祈祷師を騙り簒奪を企てる不届き者を処刑せよッ!」


バロトーロフへの反感は根強い、何せ禁欲を庶民に強いる為だ、娯楽が欠如しているのはバロトーロフの影響もあるだろう。


そんな大演説を遮るように端の方にその内容を糾弾する。

「バロトーロフは人を癒す力を持っていますっ私の息子は病に倒れ余命幾ばくかと言われていました、しかし彼が祈ったの事で今では元気です、それをウソと言うのですか!?」


それに反論する。


「いくつもやればそのような事は起きるッ成功例のみ集めてしまえば偉業に見せかける事は出来るのだ!」


バロトーロフへ反感を持っているのは聖職者や軍人など、聖職者はバロトーロフを正当な神官とは認めておらず、軍人は彼が帝国を支配しようとしていると思っている。

そのために反バロトーロフ派の中には退役軍人も混じっていた。


「バロトーロフが真に癒しの力を持つというのなら、戦場で腕を落とした、足を落とした兵士を治して見せよ、出なければ奴はまやかしだッ」

「バロトーロフと皇帝陛下への侮辱だッ!」


ついに怒った民衆が石を投げ始めた、それに呼応して、争い事に参加したがる者まで参加して、お互いが殴り合うの大暴動。しかし相手は軍人や退役軍人、肉体的な差で民衆が押されていく。


「止まれッ止まらんかッ!」


バンッ


憲兵の一人が空にライフル一発で終わらせようにも終わらない。


「ええいッ!」


バンッ

バンッ

バンッ


扇動していた人間ともう一人そして庶民に銃弾は命中した、それに反応して――


「撃ってきたぞぉおッ!」


軍人はそう叫ぶとどうやら一部の武器を横領していたのか、憲兵に対して撃ち始めた。


「退けッ退けッ、一般人は逃げろッ!」


憲兵は後ろに引いていく。


早く逃げなければそう思いこの場から去る、後ろから聞こえるのは銃声と悲鳴の数々で、みんな一目散に逃げていきそれを追いかけていく憲兵たち、残ったものは血と撃たれた遺体だけだった。





時が経ち、アイロスは見習いを卒業して寮生活となった。

元々リンアを殺した事への疑いを避ける為に家にいただけなのだからほとぼりが冷めたらこうなるとは思っていた。


「ガルアンさん、お世話になりました」

「こっちこそ......元気で、今度は騎士として一緒に働こう」

「はい、楽しみにしていますッ!」




アイロスは今後は寮で神聖騎士団の一員として働いていく、別にそれで構わない。


「......」


誰もいない部屋というのは別に寂しくはなかった、だって慣れていた、いつだって何かが足りない生活だったから。


空白を埋める為に酒を求めた、娼婦で身体を求めていた。


「はぁ......」





睡魔が襲ってくる――





シラ村での生活で最初に思い出すのは、もの悲しげだったあの人。


あの人は服も長い髪も黒だった、瞳はとても綺麗で輝く青い色で......。


「......」


あの人がいつも来ていたのは黒い服、黒い髪はサラサラしていた。

綺麗な青い瞳は蠱惑的で、だから大人たちは目をつけていた。

感情をあまり表に出さない人だったから不気味だったけれど、それは違う。いつだって優しい人だった。笑顔だって出来ていた、何もわからない、知らない奴らがそう断じただけだ。


いつだって御呪いおまじないをかけてくれていた。


「......母さん」


御呪いおまじないをかけてくれたとき、『みんなには秘密ね......』と母は静かに笑顔で『シーッね?』っと人差し指で唇を抑えて言ってくれた。


その時の、御呪いおまじないをかけてくれる時には決まって、頬が少し赤くなって、抱いてくれた、母は小さくて小柄だったけれど、包まれていると身も心も温かくなった。お日様の香りで青い瞳は宝石のように綺麗で、満たされた、幸せだった。


キスをする時、母は恥ずかしさからだろうか、頬を赤くしながら少し横目で逸らしてからこっちを見ていた。母の御呪いおまじないが好きだったし、それをかける時の照れた母の顔が一番好きだった。




そういう目で見てくれていると思うと嬉しかったから――




第1章 亀裂 終

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