第9話 呪い
『おじ様、今日は何を教えてくれるの?』
たまたまあった貴族のお人、同じ伯爵家の貴族、ある日襲ってきた悪い人。
「何が知りたいのですかな?」
でも今では大の仲良し、だって物知りでなんでも知ってた、変な術も使えた。それに魔女の蔵からいろんなものも盗んだすごい人。
『前に神聖騎士団の入団式で目の合った人が気になるの』
「ほう、やはり年頃のお嬢さんですな、構いませんとも、わたくしが術で――」
『そんなの面白みがないわ』
好きなのは人の移り変わる顔、感情。操る事ではわからない、不規則な流れ。それが好きなの。
「......それでしたら、護衛騎士として雇うのが手っ取り早いでしょうな」
『承認するかしら?』
「しますとも、伯爵家が圧をかければどうとでもなりましょう」
おじ様がどんなお人って聞いてくるの、名前はわからない。
『あの人よ、あの暗い、黒髪の人』
「――っ」
遠く、バレないように指を指すとおじ様は口をポカーンと開いて言うのです。
「そうでございますか、いやはや、縁というのは、怖いですなぁ......」
同じ人を見てたのに、別の人を見てたみたい、あの時のおじ様は何を見ていたんだろう?
不思議で楽しい時間だったけど、そんな日は長くはなかった、兄に関係がバレてしまった。
兄が祖父に告げ口したのはすぐにわかった......嫉妬したのね?
おじ様は消えた、おじ様はあっちの伯爵家に勘当されて失踪してしまった。
愚かな家、貴族の体面を守ったつもりだけれど、やるなら魔女の呪物を盗んだ功績を持って有効に利用するべきだった。
あの家は色恋沙汰が問題だというけれど、本当の問題は皇帝の縁戚で継承権を持っていてもその地位を活かせていない、その能力のなさが問題。
今回も優秀な継承者を活かせずに捨ててしまった。一文無しの貴族なんてすぐに死ぬものだけど。
でも確信があった、あの人は死なない、魔女の蔵から物を盗む人だもの、きっとどこかで生きている。
おじ様に教えられた色々な事、大切にしないとね?
―――
――
―
プーザ=レンナヴァ率いる西部騎士隊は都市ホルクマの前に着くや否や、使いを呼び寄せ、こう切り出した。
「ホルクマに住まう魔女を差し出せッ出なければ反逆罪として処罰するッ!」
明らかに、普通ではなかった。よだれを垂らしながら、目を見開いてそう叫ぶ。
鎧には返り血が付いている、実に恐ろしいその姿。
「プーザ様、少々お待ちを......」
「いいや、待てぬッ貴様らは魔女の恐ろしさを知らんのか!」
「その前にそういった事が許可されているのかを中央に問わなければ――」
「話にならんッ市長を呼べ」
これは普通ではない。
「かっかしこまりました......」
ホルクマの市長を呼び寄せるとプーザは腰の剣を抜き出して市長に向ける。
「これは、一体――」
「市長殿、いまや帝国は魔女の脅威に飲まれている、一刻も早くそれを浄化しなければならず、その為に皇帝陛下は我々に権限をくださった」
「し、しかし、いち都市の長を相手にこのような――」
他の騎士達も剣を抜き始める。
「――プーザッ其方たちは普通ではないっ即刻――」
スパンッ
ホルクマの市長の首は真っ二つ、血を噴水のように放出させる。
「さぁ、浄化の時間だッ魔女を探し出せッ!」
これは呪いを解くための仕方のない行為だ、魔女を長老派をそれに属する者を制裁する正当な行為である......。
西部騎士隊は今や殺戮の騎士に変貌している、女子供も容赦せず、殺しまくる。実に惨たらしい行いで気が狂っている。でも彼らは自分が正常であると思っていた、正常なものが当たり前な価値観でそうしていると本気で信じていた。
西部騎士隊による、都市ホルクマの進行は、今までの村や町とは違い規模は大きく、兵士も駐屯していたことから戦闘は長期戦になった。
本来は神聖騎士と兵士では対人を前提にした兵士の方が分はあるのだが......。
ホルクマはすぐに援軍を求めて、中央に使いを送った。
いくつかの村や町の生き残りはそれぞれ村や町に助けを求めて、西部騎士隊の蛮行について対応を求める旨を帝国政府に伝えていた。
これを急遽対応すべき事と認識した帝国政府は援軍を都市ホルクマへ向かわせていた。
◆◇◆◇
「......」
「楽しかったですわね......ふふ」
マリアは来た時と変わらずに話をかけてくるが、こちらからすれば気まずくてそれどころではない。
「......」
マリアに噛まれた傷はいつの間にか止血していた、深い傷ではなかったから不思議ではない、不思議だったのはどうしてあそこまで血が出ていたのかだ。
「マリア、あれは――」
その時にサートナが走り寄ってきた。
「ガルアン、俺を無視して逃げただろ、助けを求めたのに」
あの時逃げた元を根に持っていたようだがアレは気のせいだったので。
「何のことだ、まったく知らないんだが」
「いや、目、合いましたよねッ」
適当にあしらっていると。
「あれ?その傷はなんだ?」
やはりというべきか首の傷について、聞いてくる。
「あ、あぁ、これか。マリアと庭に行ってたんだがな、そこで枝に首を指してしまってな......いや、まいった」
「ははは」と笑い誤魔化す。
それを笑顔で見ているマリア、彼女にとっても自分がしている事は面白いに違いない。ウソで友人を騙してる。もし、仮にこの事がバレたら自分は勿論、サートナだって護衛として護れなかった事になる。
「ガルアン君長かったね――あっ」
「おっユンフじゃないか、元気だったか?」
ユンフがサートナと話してるとミーフも後ろから急いでやってくる。
「ま、マリア様、お元気そうで――」
「ミーフさんも――」
ヒドイ倦怠感に襲われて、近くのお酒を飲みながら端っこで休んでいると男が近づいて来た。
「これは――」
ヴァンダル=シーゼルの息子、マリアの父に当たる者ルバイだ。
「あぁ、そんな硬くならないでくれ、マリアの護衛騎士として働いてくれた事には感謝しているんだ」
ルバイはシーセル家の次期当主、あまり会う機会はない。
「マリアは私から見ても気まぐれでね......まぁ聡明な彼女の事だきっと君の活躍の場を与えてあげる為の事だったのだろう」
「えぇ、きっとそうですね......」
「最近も魔女を倒してくれたらしいし、私も嬉しいよ」
「ははは」と笑って、酒を飲んでいる。
「神聖騎士の方は最近はどうなのかね?なんだかどこもかしこも不穏でね」
「不穏、ですか」
ルバイは少し考えて、小声で話す。
「んー、まあ君になら大丈夫か......これは内密だが、西部地域での騒動......は知っているね?」
西部でいくつも村や町が襲われているらしい、そんな話は街中でも騎士団の中でも聞いていた。
「どうにも地方の騎士が関与しているようでね」
「ッ!?」
「おっと静かに......組織だっての事かは知らない、少なくとも結構な規模だ、いまは都市ホルクマを襲っているらしい」
西部では一位二位を争う規模の都市ホルクマ、そこを襲うという事は明確な――
「西部騎士隊による謀反だ」
そうなれば、他の騎士隊や神聖騎士団は皇帝に国家に忠誠の証を求められる事になる。
「――そんな......どうして」
「一応軍隊を送っている.....何かの間違いだと良いのだが......」
これには頭を抱え込むしかない、一体どういう理由でそんな事を?
「おっと、父上に呼ばれてしまった......この事は内密に頼むよ?」
なぜ謀反なんて......いや、起こそうとした事は理解できた、彼らも苦しかったのだろう。地方騎士はこっちよりも給料は低いのに危険な仕事が多い、そうなれば怒りに狂う事も理解できる。
西部騎士隊のどれほどが加担しているのかは知らないが、軍が動くだろう、ただ騎士は魔性を相手どる事が専門の存在で対人は副次的なものだから、鎮圧はすぐにされるはずだ。
問題があるとすれば。
「食料は大丈夫なのか......だ」
本格的な冬がもう来るこの時期。
正直この時期での戦争は堪えるだろう......。
□
時が経ち、みな酔い回ってきている頃合いになると、アイロスがどこからか連れて来た緑髪のエルフの少女を紹介してきた。
「アイロスさん――」
アイロスより少し背丈の大きい少女、カウヤ=オンレというらしい。なんでも西部騎士隊として働く父に憧れているらしい。
「そうか......」
アイロスはリンアの寵愛を受けていたが、普通はそうではない。ダークエルフよりはマシとはいってもやはり亜人種という存在にはどこか恐れを抱いている者がほとんどで、神聖騎士自体もそういうのは避けたがる傾向がある、だから入る際には既に強くなければならない。
「剣の指南か......いや、俺にそれを頼まれてもな......難しい」
アイロスも協力するが、やはり先輩にも見ていて欲しいらしい。
ただ、自分は神聖騎士としては強くても人に教えるのは向いていない。何故か出来てしまった騎士だから、そういう技術とかを言語化できるタイプの人間ではない。
「そうだ、サートナに頼めば良いんだ」
我ながら良い考えだ、護衛騎士として忙しいとは言っても、毎日が護衛ではない、神聖騎士として働く事もあるのだ。それに彼は自分とは違い、努力でその騎士としての強さを掴み取ったのだ。
「奴なら、いつもとは言わなくても見てくれる機会はあるんじゃないか?」
そんな勝手な提案を残念ながら聞かれていたのか、サートナが飛び込んできた。
「待て待て、流石にダメだろ。そりゃあ俺はマリアの護衛だけが仕事ではないが、それがほとんどで――」
「なら、僕が見ようか?」
ユンフがサートナについてきて話に入る。
「ユンフだって俺と同じ感覚肌だろう?」
「でもガルアン君ほどじゃないから、大丈夫さ」
「......カウヤ、それで構わないか?」
「あっ......よろしくお願いします......」
カウヤも納得してくれたようだ。
「なあに、サートナ君もどうにか来てくれるさ」
「えッ」
こうして、ユンフがカウヤを基本的に指南して、時々サートナが見てくれる事になった。
「良かったですね、カウヤさん」
「え、えぇ、アイロスも、その、ありがと......」
しかし、西部騎士隊の父、というのは不安がある。
だが内密な事である為に言う事はできない。
□
還暦祝いは終わって各々が帰路に立っていく、ミーフとユンフは馬車に乗って帰っていき。サートナとマリアはそのまま屋敷へ。
カウヤは母親と話をするらしい、アイロスは心配気だったが大丈夫だろう。
「同じ年代の友達が出来て良かったな、アイロス」
「はっはい、ですが僕はガルアンさんに教えさせて欲しかったです」
「全く無理を言う......」
どうしてこんなに慕うのか、理解が出来ない。
「......ガルアンさんは昔、シラ村の秀才とか天才とか言われていたんですよね?そんなに頭が良かったのですか?」
頭が良い......この世界に比べれば確かにそうだろう、まともに教育を受けられない人が多い中、自分は計算が出来たから、文字だってすぐに覚えられた。何せ前世の分、知識、経験の蓄積があったのだから。
シラ村の秀才、これを言われる度に『その程度で?』って思われてないか疑心暗鬼になっていた。だって、本当の天才というのは生まれた時代を間違えたと言われるほどの人物で、凡才が取り繕ったってバレるものだから。
それに自分のピークはそこまでだった、結局ただの凡人だとバレる事になるんだ。
「......俺から見たら、サートナとかユンフとか......他の騎士の方がすごい、自分の実力で成り上がったから」
「自分の実力?ガルアンさんだって自分の力では?」
「あー......まあ、他の人の方がすごいっていう話だ......」
彼らは一回の人生でそれを成し遂げたのだからすごいのさ。
「サートナは努力家だよ、実家が貧乏でな、親と妹を食わすためにあれこれして頑張ってるんだよ」
「そうだったんですね」
「ああいう風にはなれないなっていつも思ってる、何か俺とは違うんだ」
どこか羨ましいとさえ思っていた、彼から感じていた光、それは自分にはないもの。
「アイロス、せっかくの機会だからカウヤと一緒にユンフとも稽古してもらえ、サートナともな、そうすればわかる、俺とは違うって言っている意味が」
「そうなんですか......」
ユンフはああ見えて面倒見がよく、サートナも無理くり時間を作ってくれるだろう。
自分はめんどくさがりだから、そういうのは出来ない。
「......カウヤには優しくな?」
「は、はい、そのつもりですが......どうして、いきなり?」
カウヤの父が西部騎士隊の騎士なのなら、正直、難しい。西部騎士隊に偶然いない可能性に懸けるか早めに投降すれば生き延びる可能性もあるだろう。
......生きていれば良いんだが。
◆◇◆◇
都市ホルクマについた援軍は見てしまう。
「これは、なんだ」
バリケードを張り、進行を防ごうとするホルクマの兵士と民衆たちと殺戮の限りを尽くす西部騎士隊の騎士達を
「――、西部騎士隊隊長ッ命令だ、今すぐに現れよッ!これは命令だ!」
その声が響くとすぐに西部騎士隊が割れていき、血まみれの状態のプーザが出てきた、返り血で赤く染まった姿に思わず吐き気を覚える。
「神聖騎士団西部騎士隊隊長、プーザ=レン――」
「――貴様ッ何をしているッなぜ人を殺しているんだ!」
「いいえ、人ではありません!これは魔女、長老派、帝国を亡ぼす敵ですッ!」
「一体何を持ってこれが魔女と、長老派であると思ったッ!?」
指を指す、道端に転がる子供のような肉塊。壁に染み付いた血しぶき。
「貴様らの所業がいくつも届いているッ言いがかりによって皆殺しにされとなッ!」
「――魔女の呪いを解くにはこれしかないのだッ」
「呪い......何を言っている?」
「えぇ、呪いです、我らはみな呪われたッ故にこうしなければならないッ!」
「貴様......気狂いを起こしたなッ!」
大声で叫ぶ。
「西部騎士隊の騎士を全員捕らえよ!抵抗するのなら殺しても構わないッ!!」
こうして帝国政府による西部騎士隊との闘いが始まったが1週間も続かなかった、西部騎士隊には兵站はなかったからだ。それに相手は群を前提に戦う対人戦のプロに対して騎士は魔性を相手に前提した個人戦のプロだ。
そもそも数も相手の方が多くて勝てるわけがなかった。
結果は西部騎士隊の7割が死亡し、2割を捕縛した、1割は逃走。
「西部騎士隊ッ貴様らが行った蛮行について、貴様らには我らが皇帝陛下によって沙汰が下るだろう、せいぜい怯えて待つことだなッ!」
「そんなぁ、どうして、どうして、俺たちがこんな目にぃぃッッ!!」
こうして西部騎士隊の魔女掃討作戦は終焉となった。結局彼らは何も守れず奪っただけの存在になり下がった。近い将来において彼らの子孫は断絶する、自らの子孫は続かずに歴史に置いてけぼりにされるのだ。
これが魔女の呪い。
子孫を許さない、末代にする最悪の呪い。
家を終焉させる断絶の呪い。
もっとも恐るべき魔女の呪いである。
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