第7話 心にもないことを


「■■■、ごめん、ごめんなさいッ」


泣きながら、そう言うの。


『泣かないで?』


いつも家族を守ると語っていたのに、どうしても悲しくなるみたい。


「■■■......どうして僕はこうなのだろう?」


気にはしなかった。自分は肉親への情は希薄だったからあの場面は大変に愉快だったけど、彼は違ったらしい、あの現場を見てしまったからこうなった。

それで父に見つかり母は家を出て行った、その後、遺体で見つかった。


『構いません、どうか、続けて?』


あの日から、気が狂ったように母の部屋に入り浸ってた、自分を見る目は前とは違う、本人は隠せてるつもりだったらしいから......面白いね?

そんな事をしていたら父に激怒されてしまって母の部屋はもぬけの殻に。


『んっ』


そんな事されても思いは消えなかった、自分は美人な母似だったから、自分が幸せにしてあげる。


「あぁ、母さん、母さん」


哀れな人、ないモノを求めていては苦しいだけだけど。


『愛していますね?』


刹那の幸福に溺れていく人を見るのはとても好き。だってその刹那だけは幸せだものね?


「■■■、ありがとう......こんな■で......ごめんよ」

『気にしてなんか、しておりませんわ、さぁ、いってらっしゃい......』


別れ際の哀しい顔はとても好き、だって今日その日は自分の事を忘れられないものね?


「行ってくる......」


そんな揺れ動く顔が好き、そのうち頭がおかしくなるかもね?


『頑張ってください』



刹那の幸福の為に今日も頑張ってくださいね――




――

―――




「緊張しますね、ガルアンさんは慣れているのですか?」

「慣れてはいない......」


シーゼル邸に招待されてガルアンとアイロスは広場の端に立っていた。


「......すごい隅っこですね」

「......話しかけられたらめんどくさいだろう?」


亜人もいるとの事だが、数は少ない、エルフとダークエルフがほとんどだ。最近は亜人を恐れて避ける為に亜人たちも森の奥へ逃れているのだろう。


「......正直、同胞が居なくなっている事、僕は悲しいんです......森に行ったという噂は聞きますが、最近は結構暴動とかも起きてるらしいので、心配で......」

「あー、そうか、アイロスは両親が地方にいるんだったか」

「はい、比較的安定している東部に、仲間も平穏に過ごしているらしいとの事ですが......心配です」


周囲を見回せば、豪華な食事の数々。


「シーゼル家もこのご時世でよくこういう事をやるもんだよ、還暦祝いなんて......こんな山盛りの食事......正気か?」


食べ物の凶作で将来を悲観しているものが多い中、彼ら貴族はこういう催しをする余裕があるということだ。


「ガルアン君もそう思うかい?」

「うわ、ユンフ」

「うわって何さ、うわって」


ユンフともう一人淡いピンク髪をウェーブした女性が一人。


「姉さん、この人がガルアン君で、アイロス君だよ――んにゃ!?」


コツンと殴られてしまう。


「なに年下が偉そうに年上を君付けで呼んでいるのよ、あっごめんなさい、私はミーフ=ルンメルでございます、弟がご迷惑をおかけしてすいません」


立派なカーテシーをする。


「これはご丁寧に、自分はガルアン=マサリー、神聖騎士団の騎士として帝国に仕えさせていただいてます」

「おっ同じく神聖騎士団の見習いをしています、アイロス=メルア、です」

「そんな硬くなくて大丈夫ですよ」

「しかし......」


ミーフはお互いの距離間が遠くなる気がするので悲しいからやめてほしいとの事で普段通りの言葉遣いに戻す事になった。


「一体どれだけ食べ物をため込んでいるんだか、貴族だから備蓄してたってかまわないんだけどね?」

「まぁ限度あるだろうが......」


ただシーゼル家は貧困層にも食料を与えたりもしているからまだマシと言えるだろうが、最近はどこもきな臭い、こういう行事は避けるべきだと思うのだが。


「ルンメル家さんの方はどうなんです?」

「どうにか大丈夫、だけど今年はどこも食糧事情が切迫していてね、だからガルアン君が言っていた事に同意したんだ、還暦祝いなんてしている余裕はあるのかってね」

「伯爵様は歴史が古いから、それに子爵と伯爵じゃ住む世界が違うのよ」


ただ当主は心配性だから、大量に備蓄していたがあまって無駄になるのを危惧した可能性もあるだろう。


「シッ、シーゼル伯爵の登場よ」


開いているドアから、白い服と薄い金の長い髪。還暦とは思えない若々しさを持っているこの者こそがヴァンダル=シーゼル、シーゼル家の当主である。


「皆様、この度はお集りいただきありがとうございます」


ヴァンダルは笑顔で他愛もない話を続ける。


「――なぜにこんな山盛りの食べ物があるのかと疑問に思っている方もいるようなのでお答えしますが、なに、備蓄をし過ぎて無駄になるのを避けたかったからです、余ったものの活用方法も考えてありますのでご安心を、お土産にもできますよ?」


聞こえていたのだろうか、ルンメル家の二人は露骨に視線を逸らしていた。


話しが終わって、各々食事を楽しんでいるとマリアが歩いて来た。


「あれ、サートナは?」

「おじい様と......」


ヴァンダルに絡まれているサートナ、こちらに助けを求めているような気がしたが気の所為なので視線を戻す。


「アイロス、俺はマリアと飲んでるから」

「はい、わかりました」


ユンフは意地悪く笑いながら。


「マリアは婚約者がいるんだから、ガルアン君も無理するもんじゃ――ウッ!?」

「ユンフなに失礼な事を言っているのッ!?」


またゲンコツされた、ユンフはいつもそういう扱いなんだなと思うと微笑ましくなる。


「アイロスをお願いするよ」


そう言ってマリアと一緒に屋敷の外へ。





庭に出ると風が強く吹いていた、屋敷から聞こえる笑い声とは対照的にここは物寂しい雰囲気だ。


「アイロスさんとはリンアさんからの縁ですわね?」

「そうだ」

「アイロスさんはあなたにとても懐いてるようで良かったです、リンアさんの事で気を落としていたと思ってましたから」

「そうだな」

「......リンアさんが魔女だったなんて驚きですわ......」


あの後。騎士団内で魔女狩りが行われなかったのは不幸中の幸いだろう。


「......マリア、初めてあったのは10年前だったな」

「......そうですね」

「......この際だ、聞いておきたい事がある」


10年前、神聖騎士団の入団記念の式典の時、当時7歳だったマリアがいた。


あの時、目が合った、笑みを浮かべていた少し話す機会があったが、典型的な箱入り娘だったが好奇心旺盛で聡明な少女、そんな印象だった。


その3年後に護衛としてマリアは自分を任命した、それなりに活躍はしていたとはいえ、伯爵家の娘をあの時18歳だった自分が任命されるとは思いもよらなかった。


正直に言えばマリアはその3年の間に変わっていたのだ、子供の3年は長い、価値観なんて変わるものだろうが......しかし、根本的な何かが変わっていた気がした。


だって、自分を見る目は、あの変化はあの人と同じで――


「10年前に会って、その3年間......俺はどうしても気になるんだ、一体何があった?」


だが、恐らく、彼女は言わない。そういう人だから。


「ふふふ......」


ほら、こうやって人を弄ぶ。いつだって綺麗を装っている癖に、心を許しているものには笑顔で相手を痛めつけて、優しく求めているモノを与えてくれる。色々と人にやってみて、その反応を見て喜ぶ人間で個人への執着は薄いのかもしれない。


「お前はいつもそうだ、そうやって俺と同じ思いをした人を何人も作り上げたんだろう?」

「......」

「アレクシスとも俺が護衛をしていた時みたいな?......マリア、その美しさは認めるけれどそれは――いや......なんでもない」


そこまで言って言葉を濁す、これ以上はいけないと思ったからだ。


「わたくしの事は嫌いですか?」

「......いいや、好きさ、その面影をいつも追っているから」

「......ガルアンさん、自覚はないかもしれませんけれど......それは違うと思います、面影を追っている......ですか、いいえ、それは私の面影ではありませんよね?」

「何を言って......」

「いつだって思ってる、10年前の入団式の時も、護衛の時も、ずっと思っている――」



「......お母様を亡くしたわたくしのお兄様みたい――」



「――きゃッ!?」


マリアがそこまで言うと思わず、押し倒してしまう。


「俺の事を何も知らない癖に何を言っているッ!」


その表情はいつもの優しい笑顔だ。


「知らないわ、知るわけないものね?他人の事なんて......だけど、いつも苦しんでいたのはわかるから、ガルアンさん......ほら」


マリアはそう言って優しく抱いてキスをしてきた、舌を入れながら、優しい花の香を振りまいて。


「......」

「ここだと他の人が来てしまいますわ、ほらこちらへ」


屋敷から離れて、近くの薄暗い茂みの中に進んでいく、茂みを抜けるとそこは広場、かつてマリアが好んだ遊び場。


「懐かしいですわ、追いかけっこで遊びましたものね」


マリアの後ろから香ってくる花の香、懐かしい香り。


嗚呼そうか、だから自分はマリアに――


マリアは振り返る。

「さぁ来て?」


言われるがまま、歩いていく。


「とても期待した目ですわ、わたくしの事が欲しい?」


マリアは近づきながらそう聞いてくる。


「欲しい」


ドレスを脱いでいく、白い肌は月明かりで照らされる。


「――」


今までにない高揚感で己が支配されていくのを感じる、何故だろう。マリアとヤれるから?それもそうだろう、ただそれだけではない。


「マリア......」


偶然なのだろう、その香りも月明かりで照らされているのも、何もかも。


「......どうかしましたか?」


笑顔でこちらを見て、近づいてくる。偶然であってもそれを使う事が出来るのが彼女の強み。


マリア、マリア=シーゼル、シーゼル家の至宝というのは所詮外見上の評価に過ぎない、彼女の真価は美貌を持って人をあれこれ弄び、その反応を見て喜ぶその精神だ。


サートナは知っているのだろうか?彼女のこういった側面を、いいや知らないはず、サートナのあの態度からはそれは感じられない。

マリアというのは人を選別している、面白いかどうかで判別しているのだろうか、恐ろしい。


「ふふふ、ガルアン、神聖騎士のガルアン=マサリー?わたくしはアレクシスの婚約者ですけれど、そんな、わたくしを求めているのですよ......神聖騎士である、清廉であらねばならない、あなたが......」


近づいてくる、その表情は人を心底バカにした顔。


「良いですわ、始めましょうね、ガルアンさん......」


抱き寄せながら耳元で囁いてくる、柔らかな胸が当たる、普通の人なら頭を壊されて、跪いて、ただ快楽を懇願するようになるはず、自らの魅力に自覚がある者がよりいやらしく振舞う、そうして落ちない男はいない。



「大好きですよ......」



......心にもないことを。

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