第6話 思慕の情


『――御呪いおまじないをまたかけてほしいの?』

「......怖い夢を見て......」


怖い夢を見て怖がる、そんな年でもないのにね。


『......そう、なら仕方ないわ、ほら来て......ぎゅーってするから......』

「ありがと......」


いつも何かを不安がっている、ませているけど、本当は寂しがり屋な男の子。


『......本当はぎゅーってしたかっただけ?』

「っ違う」

『それとも、キスの方?』

「違うってッ!」


少しだけ照れくさいけど、求める目をしてくるから。


『わかった、ほら御呪いおまじないの――ちゅっ』

「――っありがとう、母さんっ!」


ほら、あなたの笑顔はとても素敵。


『ふふ、顔を赤くして......母に対する表情じゃないわよ?』

「――ッ///」



どうか、幸せな人生を――




――

―――




その日はマリアとサートナから何やら話があると言われ、シーゼル家がよく行く喫茶店に向かった。そこのお店というのはなんでもマリアの従者だったものが経営するお店で信頼も厚い事でよく話し合いの時に使っていた。


「しかし、いつ見ても珈琲一杯で銅貨2枚は高いな......」

貴族の使う店であり、しかも珈琲豆は貴重であるから仕方ない。


店内には客がなく、いつもの奥まった所に二人はいた。


「話って、なんだ?」

「それは――」


なんでもシーゼル家の当主、マリアの祖父が還暦を迎えたとの事でお祝いのパーティを開く事にしたそうだ。


「父の計らいで貴族階級以外の人間や亜人種の方も出席する予定ですわ、せっかくですし出席していただけると嬉しいのですが」

「そういうことなら、喜んで」


しかし、今日を生きるのに必死な貧民が増えている中、還暦祝いでパーティとは中々に度胸があるとは思った。


「良かった、近く招待状をお送りしますね」

「二人分お願いできるかな?来るかわからないが――」


せっかくだからアイロスの分も貰っておくことにした。


「構いませんわ、ふふっ楽しみにしておりますわ」

「こっちこそ、アイロスも喜ぶ」


しかし、それだけの事でわざわざ呼んだのだろうか?そう思っていたところサートナが浮かない顔をして話をする。


「マリア、言ってもいいか?」

「構いません、無関係ではないはずですから」

「......これは内密にしてほしいんだが......」

「ん?」


サートナが言うには、アレクシス=アルニコがここ最近になって病に臥せているらしい、帝国内では皇族に続き公爵家の跡取りまで病に倒れた事が公になると大変だと言う事で隠蔽しているそうだが、近くバレるだろう。


「......皇族の次は大公ですが、大公様に世継ぎはおりません、ですから次は当主そして長男のアルニコ様だったのですが......」

「......確かアレクシスには弟と異母兄弟が一人いたはずだが......不穏だな」

「マリアが外にいたのも屋敷が葬式状態だったからだよ、はぁ......帝国はぐらつきまくってるな」


サートナは頭を抱えている、彼は帝国を一身に思う男なので、帝国の未来を憂いているのだ。


「一応皇帝の血統はアルニコ家だけなはず......後は遠いがカラクルス伯爵家があったか......」


遡れば現皇帝の祖父の従兄に当たる。しかし、カラクルス家は色恋沙汰で揉める事が多く嫌われている家系で、問題をよく起こす、だが最悪はそこから皇帝が選ばれる事になるだろう。


「きっと、争う事になるだろうな......」


サートナの不安は正しいだろう。


「そうならないように俺たちがいる......だろうサートナ」

「......あぁ、そうだとも」


サートナはそれを心の底から賛同する。


「......ガルアン、お前は最近どうなんだ?俺は相変わらずマリアの護衛だが、お前は現場だろう?騎士団の空気はどんな感じだ?」

「......そうだな、空気は良くない、世俗派と教権派がな」

「なるほど」


それだけで察したのはサートナが世俗派だからだろう、マリアは心配そうにガルアンを見ていた、彼女は世俗派、というわけではなく中立的であるため話がわかる。


「それと......魔女と魔物は見ていないが......帝都の治安は悪くなっているな、盗みとか暴力沙汰を組織的に起こす奴が増えた」


神聖騎士は基本は魔女や魔物といった魔性を相手にする事が前提である、しかし最近は組織的な犯罪も起き始め、神聖騎士が駆り出される事が多くなっていた。


「まぁ、そんな奴ら相手ならねじ伏せるのみだ......」


はっきり言って賊が徒党を組もうと負ける気はさらさらないのだ、返り討ちに全員を捕まえて見せる自信がある。


「流石ガルアンさん、シラ村の秀才、ですわね!」

「あぁ、こいつは同年代でも頭角を現していた」


神聖騎士を集める為に優秀な人材を求めていた時、ガルアンはシラ村の子供の代表として帝都アルルアに出向く機会も多くなっていき、同じような子供としてサートナとは出会ったのだ。


「今にして思えばあの頃はみんな......おかしかったかもな」


今の皇帝には本当は兄がいたが20年ほど前の先帝の時代に魔女の手で殺されている、なぜ殺したのか理由は不明だが......それから魔女をより敵視して皆殺しにしようと息巻くようになっていった。


「そこからそれに連なるモノをより積極的に殺しまくったのさ」

「そこからだな、皇族が倒れ始めたのは......」


先帝の皇太子が魔女に殺されて、その報復と言わんばかりに魔女狩りを推し進めた先帝はある朝、心臓を何者かに抉られて死んでいた。そして次男の息子が皇帝に即位したのだ。


しかし即位したは良かったがその後、皇帝の長男は長老派の人間に誘拐されてしまう、見つかった時には見るも無残に姿だった、頭は脳みそを抉り出されて、臓器は綺麗になくなり、身体も刃物で切り分けられていたと思われる、そして、恐らくその後に直接かぶりつかれていたのだろう、歯の後から喰われていたことがわかった。


次男は奇形児であったため生まれてすぐに幽閉された、目が三つの青い色の子ども。病弱であえなく死去。


三男も病弱な状態だ。


これは皇女も同じ、皇帝には二人の娘がいたが。長女は処女であったにも関わらず腹が大きくなり妊娠。長女の腹を内側から裂いて出てきたのは異形の何かだった、そのまま暴れまわって、人間を喰らいまくったが宮殿内部の近衛兵に討伐された。


次女は気狂いを起こして従者を喰らった為に幽閉された。


これらは庶民には隠されていたが噂レベルでバレていた、だから、巷では皇帝陛下は魔女に呪われている。先帝が魔女の怒りを買い、皇帝にも引き継がれたのだと。


「......」


サートナは辺りを見回す、誰が聞いているかわからない為だ。


「......掃討作戦は今も続いている......20年前の負債を抱え込む羽目になってる、その禍根、憎悪は今も......アレは失敗だったと思う......」

「虫を駆逐するために家を燃やしているからな、現状は――」

「このままでは――」


ガルアンとサートナは考えは近いのだ。ただガルアンは別に神聖アルオン帝国に思いはない、よくて第二の故郷だ、祖国はこの世界にはない。

サートナは実際この国の現状に憂いており、これ以上の国家の分裂を避ける為に自分なりに考えているらしい。


そこからは他愛もない話をして解散する事になった、サートナが先を歩く中、後ろでマリと横になると、微笑みながら話を掛けてくる。


「マリア、君と二人で話すのは久しぶりな気がする」

「えぇ、そうですわね」


マリアは自らの手で解任した、どうしてそんなことをしたのか、真意は測れない。


「......マリア、お前は欲に対して欲で返してくれる人だった」

「あら、それが何か問題ですか?」

「いや、それで虜になるのだから、みんな幸せってな......シーゼル邸で会うの楽しみにしてる」



ガルアンはサートナとマリアと別れて一人帰路に立つ。





帰り道に耳に入るのは誰それが怪しいと噂をし始めている住民たちの声、恐らく西部で大規模な魔女狩り、異端者狩りが勃発した事でそんな運動に感化されたのだろう、そんな住民の横をガルアンはとぼとぼと歩いくと。


「――ッ」


血生臭い後が壁と地面に残っている。


今日ここではある女二人がリンチにされたらしい、同性愛を疑われた為だ、市民による私刑は禁止されているために犯人は捕まったものの、こういった事は後を絶たない。地面には血の跡が残っていたが清掃をする余裕はないから、雨など自然の力か住民の善意を待つしか血痕が消える事はないだろう。


「胸糞悪い......」


曇天空は灰色で人々の顔つきも暗い、ただそんなのはいつもの事だった。明るい未来を誰も想像できていない。今が精いっぱいなのだから、当然だが。

少し歩いていると人々がある場所に向かって走り出していた。


「......?」


何事だろうか、壁には張り紙が貼ってあり、そこに人だかりができていた、気になり近づくと。


「......これは......」


何やら新聞の体を為していたそれは、文字の色は黒というより赤黒く、紙の色も薄汚れた黄土色でひどく不気味、記事の内容も残忍かつ恐ろしい。皇帝は食人行為をしており、毎夜毎夜に人間を選別していて、子供を大変に好んでいるとして、それに付随する形で小さなイラストがある。

そこには滑稽な顔をした皇帝がナイフとフォークを持って皿の上の子供に舌なめずりをしながら心臓にナイフを突き刺すという野蛮な絵。


社説では人身御供や黒魔術を称賛し、いかにしてその術を使用するか、事細かく説明して、子孫繁栄には特に人間を喰らうのが一番であるとしており、美味しい食べ方を年齢ごと部位ごと区別して丁寧に説明し、皇帝に対しては無教養で白痴な奴だと批判している。


人々はこれを批判して極めて野蛮で悪質であるとして、一人の男が張り紙を剥そうと紙を引っ張ろうとする。


「――ッ?何だこれ硬いぞ」


しかしうまくいかない。


「クソ、なんか弾力があって気持ち悪い、紙かと思ったが......これは動物の皮か?」


痺れを切らしたのであろう、もう一人の男が乱入していく。


「こんなの丁寧に剥す必要ないだろ、破けばいい、こうやって――」


――シュッ


それは突然にまるで刃のように鋭利になり、硬くなった、手にかけた力をそのままに破こうとしたものだから――男の手が切断された。


男は血をバラまきながら発狂して、みなパニックになると、そんな騒ぎを聞きつけた兵士は急ぎ人払いをして、黒いシートでその張り紙を見えなくしてしまった。


「......」


アレは恐らくは魔女か長老派、もしくはそのシンパの犯行。ただ剥そうとした時に硬くなった事から、黒魔術を使える魔女か長老派の犯行だろう。


ああいった事をして扇動をするのだ、あんな記事を真に受けたり、影響を受けるなんて事は頭のおかしい奴しかありえないけれど、文章にも何かしらの術がかけられているはずだ。黒魔術......呪いとも言われる類の術。



「――ッ」



理性ではなく感性を揺らすモノ。



聖教会の美辞麗句ではない、獣の情熱。



獣の情熱に美辞麗句では叶うまい。



「――大丈夫、俺は......」



いつも持ち歩いているのは日本で言うお守りに近い造形をした黒いお守り。聖教会に似たようなものもあるとはいえ、異端と言われてしまうかもしれない代物だ。

それでも肌身離さず持ち歩いている。



これを両手に持つと少しだけ満ち足りる。



取るに足りないささやかだった幸福の日々。



穏やかな情熱をもって接していた記憶、それが鮮明に思い出せる。



大切な宝物。

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