第5話 不穏
厳粛な空気の中、豪華絢爛な内装の中を白装束の恰好をした男たちが歩いていく。
「また反乱だ」
「長老派の勢力が伸びているからでしょう、近々軍事省に声をかけて、正式に掃討戦をする予定です」
どうやら帝国の地方部では不穏分子が勢力を伸ばしているようだ。
「西部騎士隊ではやはり厳しいか?」
「奴らは元々腕っぷしこそあれど勝手がすぎます、恐らく現地人と協力関係が形成できていないのも、騒動が大きくなっている原因でしょう、だから長老派が幅を利かせる事となってしまったのかと......それに魔性以外を相手取るのには神聖騎士は向いていません......」
「忌々しい、長老派など......魔女の術を得る為に人身御供すら肯定する輩......」
「最近は神聖騎士団内でも長老派の一員がいたようで......」
「長老......ようは死を恐れて魔女に与した腰抜けだ、その癖して聖教会の一派を名乗るから救いがたいッ!奴らは皇子を殺したくせにッ!」
どこもかしこも人で忙しい、というのも今帝国内で国家の先行きが決まる重大な事態に備えているからだ。
「......殿下の様態は?」
主治医である男に様態を聞く。
「幸いにして体調は回復、今はお食事を取られています」
その知らせにホッと胸をなでおろす。
「皇帝陛下も喜んでおられました......き、祈祷師さまのおかげ、と......」
医者は言葉を小さくする、祈祷師、確かに聖教会内の一派には存在するし、神官もその術を容認はしている。
「陛下をたぶらかしおって......」
しかし、話題の祈祷師というのは正統な聖務院の神官ではなかった、生まれは不明、曰く帝国の遥か最北のシュチ地方の出身であるとの事だが真偽は不明、実は高名なる王侯貴族の末裔という噂もある、とにかく怪しい存在であるのは確かなのだ。
「......」
皇帝が即位して間もなくの事、フラッとアルルアに現れた髭を蓄えた男は宮殿前に立つと大声でこう言った。
「汝の王朝は当代で滅びる」
不敬罪として牢獄に繋がれた。
しかし、その予言は奇しくも当たった、皇帝の長男は長老派によって見るも無残に殺された、次男は奇形児として生まれてすぐに病気によって死去。継承権はないものの皇女二人も長女は死に次女は気狂いを起こして幽閉された。そして三男もいよいよか、という時だった。
「私はシュチの神官にして祈祷師だ、帝都に居座りその身分に驕る神官どもとは違う極寒の祈祷師だ、皇帝よ、断絶の呪いから救える、私ならば」
こんな世迷言を皇帝は信じた、そして――
「現に殿下は今を生き延びている......これを否定する材料はない」
「あんなものは偶然だッ、信じられるわけがない!」
こうしてシュチの祈祷師を名乗るバロトーロフ=ツィコエンという人物は帝国の重鎮として肩を並べる事となった。
このバロトーロフの扱いで帝国政府は割れている、そもそも祈祷師ですら自称で怪しいのだ、聖務院の神官は彼を否定的に見る。しかし、彼の偉業に目を奪われて教えを乞う事態が発生しており、風紀が乱れつつある。
「ただでさえ、苦難続きなのに、問題ばかり起きおってッ!」
それは全帝国民が思っている事だろう。
そしてそんな状況を憂うものが別場所にもいた。
□
ペイアイは兼ねてよりバロトーロフという祈祷師を嫌っていた、彼には人間味も感じず、快楽主義的傾向と禁欲主義的傾向が入り混じっており、どこか狂気性を感じていたからだ。
「ペイアイ殿、バロトーロフへの調査の結果ですが......」
「結果は白......だろうと思ったよ」
皇帝に対してバロトーロフがどれほど危険なのかを訴える為の証拠をあればと思い集めようとしていた、しかし、見つからず。
「ペイアイ殿、正直申し上げまして、仮にバロトーロフが悪事をしていて、その証拠をつかんだとして、それで事態が変わるとは思いません、皇帝陛下も皇后陛下もバロトーロフを皇族の祈祷師と呼ぶほどの信頼ぷり......正気ではございません」
「では、どうするべきだと?」
「それはあなたが一番わかっているはずですよ......」
神聖アルオン帝国内では不穏な状況が蔓延している。
◆◇◆◇
帝国内での不穏分子掃討作戦、西部騎士隊が軸となり始まった皇帝お墨付きの作戦。
神聖騎士団は帝都アルルア、東西南北にそれぞれ騎士隊が駐屯している。
帝都の神聖騎士は儀礼的側面が強いために、実際の戦力は地方の騎士の方が上ではないかという考えがある。その所為だろうか。
「ふん、帝都にいる騎士のような軟弱どもとは我らは違う」
地方騎士隊は神聖騎士団を見下す傾向があった、実際、彼らの戦闘の頻度は神聖騎士とは比較にならないほどに多い、その為にあっちは楽をしているという考えが浸透している。そしてそれはあながち間違いでもなかった。
「この村に長老派の者が潜んでいると密告がありました」
神聖騎士がいるのは帝都アルルア、そもそもが魔女の類は暗躍しづらい場所であり、やる事が少ない、なぜなら皇帝のいる場所だ、神聖騎士以外にも治安維持機構はあるのだ。故に中央の神聖騎士団は儀礼の存在であり、信仰の守護者だと彼らは認めない、実際に守っているのはこういった辺境の地に出向いている地方騎士なのだ。
「......しかし、真偽は不明です......」
地方騎士も神聖騎士団の一部隊ではあるものの、現実は分派組織のような扱いである、神聖騎士のような晴れやかさはなく、血生臭い騎士、それが地方騎士の扱いだ。
「なら、どうにかなるな、おい村長を呼んで来い」
西部騎士隊の隊長である、プーザ=レンナヴァは村の者に命じると案内されて村の中央へ、そこには村長と思わしき老人が一人。村民はその様子を心配そうに見守っていた。
「私が村長です、神聖騎士団西部騎士隊隊長プーザ=レンナヴァ様、遠路はるばるようこそ――」
「そんな事はどうでもいい、この村には魔女かそれに連なる不届き者を匿っている疑惑がある」
その言葉を聞いた瞬間に目を見開き、否定する。
「そのような......あり得ません、村の者もみな顔を見知った間柄で――」
「抵抗するものは長老派とみなす、長老派は魔女と結託し秘術を授かるというな、であるなら魔女がいるはず。さぁ魔女を差し出せッ!」
いきなりそう言われても誰も反対は出来ない、すれば殺されるから。だが魔女なんていない、長老派もいないのだ、だから。
「我々の村に長老派の賊はございません、悪しき魔女もまた同じくございません、皇帝陛下に反旗を翻す不届き者も当然ございません、全て皇帝陛下の恩寵により平穏と安寧を享受しておりまする......」
「いいや、ここの村にはどちらかがいる、おまえ我ら西部騎士隊に隠しだてするのか?」
「そのようなッなぜ、信じてくれませんのかッ一体なぜ」
村長はすがる様に説得するがプーザは聞く耳を持たない。
「この村は過去にも疑惑をかけられては潔白証明してきたな?」
「はいっそうでございます、この近くにある森には魔女が出ると噂をされてからそれは何度も......しかし、我々は森の前には柵を、聖務院様よりまじないをかけていただき、さらには査問会から何度も調査を受けさせて、潔白を――」
「それである、如何に過去何度も潔白を証明していようとも、過去何度も潔白を求められた、その事実こそが怪しい、そんな奴らの言う事は信じられない」
村長は言葉をなくしてしまう。
「そんな......」
「信じたくとも、信じられぬ、何せお前らのすべてが信用ならない」
「そっ、そんな勝手がありますかッ!そんなむごい事がありますかッ!?」
「その必死の形相が物語っている、この村は怪しいッ!皇帝陛下の恩寵を侮辱する背徳者に天罰をッ」
「「天罰をッ!」」
その行為は過激であった、容疑のかかった人、もしくはそれを匿った疑惑のある者を殺したり、女は犯したりと中央の神聖騎士が知ったら激怒するようなな事を行い続けていた。ただこれは帝国内の重要な作戦であるためにトップにしか知られていなく、そもそもこういった事をわざわざ報告しない為に認知すらされていない。また村落部はほとんど焼却してしまい、露頭に迷う農民も増えてしまう、結果的にこういった行為も作物不足をもたらす遠因となっていた。
「......知ってるか?また子供が流産だって......」
「そういえば、同じ仲間の子供が病気で――」
魔女掃討作戦という名の村落部の焼却行為を行い続けて、5年ほど、ある違和感が西部騎士隊に現れ始める。
「私の所も――」
子どもが早くに亡くなる事が多い、いや7割以上は流産か
「隊長......」
不安から思わず西部騎士隊隊長に助けを乞うてしまう、何せ自分たちのした身勝手な行為の数々に後ろめたさを感じている為だ。
「クソッ俺だって4人、腹の中に一人、子供がいたんだぞ、一人は溺死、一人は食い物喉に詰まらせて窒息死、二人は病気で生死をさまよってる......腹の中の子供は妻子諸共......畜生ッ!」
西部騎士隊隊長、プーザ=レンナヴァは顔面蒼白で命令を下す。
「俺は夢で見た、呪いをかけた張本人を殺せば呪いは解けるって......そうだ、これは俺たちの偉業の為の試練だ、魔女、長老派、どっちが呪いをかけたのか知らねぇけど、全員殺す、探し当てて皆殺しにすれば俺たちの呪いは解けるッ!」
なんて根拠のないプーザの演説に熱狂した西部騎士隊、しかしそれは仕方のないことだった、それ以外助かる見込みを考えれないから、彼らはそうやって地獄へと突き進んでいくのだった。
◆◇◆◇
アルと別れてから、その日は久しぶりに明るい気持ちで仕事に励んでいる、普段から何かと暗い事が多いガルアンを他の騎士たちも物珍し気に見ていた。
「なんだか明るいな、良い事であったのかよ?」
ルーグ=イピンにとってガルアンとは話しの合う友達であるが、そんな彼から見てもガルアンは暗い人物という印象だ、話せば普通だが普段一人でいるガルアンというのはどこか物憂げで危うい、そんな印象をよく持たれていた。
「いいや、なんでも?」
リンア=ローセス討伐のおかげで評価は変わったが、あのままだったらあらぬ疑いがかけられていたかもしれない。
「今日は君と同じだなんて僕は光栄だよ」
少し幼さが残る薄いピンク髪の少年ユンフ=ルンメル、白い肌に可愛らしい容姿、そしてそのようしに似つかわしくない剣術、そういったギャップからか女性人気がとても高い。
15歳と神聖騎士でも若手ではあるものの、騎士団の中でも上位に入る成績を持つほどの実力者である。
「正直帝都の見回りなんてする意味ないよなぁ、神聖騎士が出るまでもなく兵隊がどうにかするし」
「それ言ったらおしまいだよルーグ君......」
確かにその通りだった、神聖騎士はもっとも高潔な騎士として存在する存在。その為に神聖騎士に向ける世間の風潮は武より聖について求めらる事が多い。
「ここは皇帝陛下のお膝元だ、地方の騎士団と違って治安維持に荒々しさは求められていないんだろう......そう考えると実戦の数はこっちが負けているのか」
「地方騎士隊は神聖騎士団の傘下だからな一応、騎士として負けてたら恥ずかしいな、神聖騎士としての面目丸つぶれだ」
西部騎士隊とか東部騎士隊などと呼ばれる騎士隊は帝都にいる神聖騎士団とは違い、魔女や異端の長老派、魔物、反政府組織。そういった武装勢力を掃討する機会が多いために実戦では神聖騎士が負けるのでは?そういった危機感がないわけではない。
「勝ち負けじゃないだろう?地方と都市部で仲違いしていたら守れるものも守れない、神聖騎士団と地方騎士隊は同じ仲間だ」
「その通りだね、ガルアン君、僕達は競争はしても潰し合いをしているわけではないんだ」
「そんなもんなのかぁ」
そんな事を話しているとユンフは身体を伸ばして
「ガルアン君、僕疲れて来たなぁ......すこーし休憩しない?」
「いや、ダメだろ」
「だって、今10時、いつもならこの時間に紅茶を楽しんでいたんだよ」
「お前さっき競争はしてもーとか言ってたのに、競争すらする気ないじゃんか」
ユンフは近くのブロックに座り込んでしまう。
「言ったよ?でも休まないと、気を張りすぎてるといざって時に動けないから、ガルアン君もそう思うよね?」
「まぁ、確かに......」
「だろう、ガルアン君!」
そんな事を話していたらルーグがユンフを注意した。
「......あとユンフ、お前その君付けはやめておけよ?」
「ルーグ君だってまだ18歳の癖して呼び捨てじゃないか」
「俺ぁ良いんだよ、許可得てる」
ユンフは年上に対しても君付けをする、一応彼なりの敬意らしい、ルンメル子爵家の三男として育てられてきたからだろうか、少しズレていたりする。
「そうだな、俺は気にしない、ただ他の奴は嫌がるかもしれない」
「ほぅら、ガルアン君は優しいから気にしないんだよ」
「っなぁに、偉そうに言ってやがる、ガルアンは良くても他の奴が嫌がるって言ってんだろうが」
「僕、本当に偉いもん、子爵家の息子だよ?......三男だけど......」
「全く聞いてねぇこいつ......」
そんな様子をガルアンは微笑ましく思い辺りを見回す、不思議な事に帝都の雰囲気も明るく感じる、青い空の元、太陽に照らされている人々からは不平不満よりも喜びが目に映る。こんな素晴らしい日々が続けば良い。
そう思いながらユンフとルーグに満面の笑みで思わず提案する。
「紅茶タイム......とは違うが、昼食は俺が全額奢ってやろう、何か食いたいものはあるか?今から探そう」
「......えっユンフの案に乗るのかよガルアン、神聖騎士の仕事は......」
「太っ腹だねガルアン君!ようし昼食は何処にしようか!」
「おいおい、いまはまだ10時だぞ!?というか、いまから昼食って早すぎるんじゃ......」
「固い事を言うものじゃないよ、ルーグ君!」
「あぁ、気楽に行こう、こういう日くらいはなっ!」
「ガルアンまで......まっ良いか!」
そうして、ユンフ先頭を歩きそれにルーグが追いかけていく、そんな中ガルアンは笑みを浮かべて見守りながら歩くのだった。ちなみに昼食代はアルに財布の中身を全額渡していた為にユンフから借りる羽目になる。
その日はとても幸福で和やかな日、何事もなく平穏無事に終わる。
少なくともガルアンにとってはそういう幸せな日であった。
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