第3話 相互不理解


神聖アルオン帝国、氷雪に包まれた帝国、そんな極限の世界では今日もありとあらゆる人々が一日を辛うじて過ごしていた、ほとんどが寒さで苦しむそんな国、ある村では農民二人が悲壮感に包まれていた。


「ここもダメだ、完全に食われてる......」

「貴重な作物が......畜生!」


帝国では凶作が続いていた、元々寒い土地柄によって農作物が育ちにくく、さらに魔物や盗人によって作物が荒らされることが頻発、そういった事が重なり年々状況は悪化していった。


「これから、本格的な冬が始まる、備蓄だってもう......」

「それでも俺たちはマシな方だ、北部の村なんかでは既に口減らしをしているらしいからな」

「ここも遅かれ早かれそうなるさ......都市部の連中は俺たちの苦労なんて何も知らないのだろうがなッ」


半ば自暴自棄に言い放つ。


「都市部の人間は羨ましいよ、ご貴族様も苦労知らずなんだろうな」

「おいおい、そこまで......」

「......だってそうだろう?皇帝陛下も貴族も都市の人間も俺たちを見やしないんだ、俺たちの苦労を知らないんだ......」

「......気持ちはわかるがな......ほら、さっさと報告に戻ろう、それで今日は酒でも飲んで忘れよう」


渋々としながらその場を後にする。


「......」


そんな様子を深い森の中から見ている者もいた。

「......」

黒装束の男だ

「......今年は大飢饉だろう、だが帝国はまともな対策をいまだ出してはいない......」

森の中にはほかに人間がいるようだ。


「実行しますか?」

「......まだだ」

一人の問いかけに男は否定する


「いいかね?我らには失敗は許されないのだよ、各地で賛同者を募り時を待つのだ」


帝国内の不穏分子はいま着実に成長してきている。


◆◇◆◇


今日も人々が行き交う帝都アルルア、その様子を物珍し気に見ているひとりの青年が一人いた、茶髪、服は随分と洒落た白いスーツを着ている。

「シラ村と違って流石ににぎわってるな......しかし冷える......」

紙をチラチラと見ながら道を歩いていく。


「久しぶりに会うからな......元気だと良いが」


その男は静かに笑みを浮かべながら歩いていく。



「――」


目を開ければ見慣れた天井。


「確か......」


記憶が曖昧だった、しかし、徐々に鮮明に思い出してくる。


「ッ!」


自らは行った最低な事、最悪な事。


思わず立ち上がり、アイロスのいる場所に向かうがアイロスは

「おはようございます」

普段通りに優しい笑顔で迎えてくれた。


「......」


まるで夢であったのかのように、しかし、夢ではない。


「......別に殺してくれたって良かった」

「僕は恨んでいませんよ、驚きましたし、正直言えば価値観が壊れましたが......」

「......」

「それに助けてくれた恩がありますから」


それこそ、あの事でその恩とやらはチャラになってるだろう。


「お前が思ってるほど俺は良い奴じゃない......」


ガルアンは静かにコップに注がれた水を飲み一息入れるとドアを叩く音が聞こえる。


「はぁい」


アイロスはドアを開けると......茶髪で洒落た服装をした男が立っていた。

「あれ、ガルアン=マサリー......さんのお宅では?」

「あぁ、僕はただの使用人でして、ガルアンさんは――」

「っ!」


男の顔を見るや否や、すぐさま飛びつく。


「ラトフか!」

「ガルアン!久しぶりだな!」


今まで見たことのない明るいガルアンにアイロスはただ茫然とみているだけだった。



「ガルアンさんはシラ村のご出身なんですね」

「そうだ、良い村だった」


ガルアン=マサリーとラトフ=リュントクは久しぶりに会話を楽しんでいた。


「アイロス、ガルアンはな昔は計算が村の奴らより出来たし、強かったからみんなからは持て囃されたんだぜ」

「あぁ、まあな(前世の記憶のおかげだが)」

「へぇ、昔からすごかったんですね」


ラトフは自分事ではないのに自慢げにガルアンの過去を話す。


「だから、シア村の秀才としてアルルアにはガキの頃から行ってたものな?」

「そうだな、ただ秀才なんて途中から言われなくなった」

「だがアルルアに行ってた縁があって神聖騎士になれた、まさに立身出世だ」


会話に花が咲く。


「懐かしいな、シラ村はアルルアから南にある村だからここは寒いだろ?」

「あぁ、もっと服を着こむべきだったか」

「ふっ、そうだな。それで村の皆は元気か?最近は凶作が続いているんだろ?」

「シラ村は他の村よりマシさ、みんなどうにかやり繰りして過ごしてる」


ガルアンは懐かしくなる、シラ村は村と言っても他の村よりは裕福だった、比較的温暖な為に農作物は採れて、都市部に近いのでその防衛に魔物の討伐隊が頻繁に組まれていた、おかげで農作物を食らう魔物や動物は駆除され村はその恩恵に授かっていた。


「ラトフは裕福な家の跡取りだったんだよ」

「へぇ」

「昔の話さ、今は没落した貧乏人だ」


久しぶりに心置きなく会話を楽しむ事が出来ている、ガルアンにとっては数少ない安心できる時間だ。


「妹がいただろう?確か......ラーチカ、ラーチカを一人で村に残したのか?」


ラーチカ=リュントクはよく兄の後始末をする羽目になっていた苦労人だ、時々それが不憫に思って助けた事が何度もあった。


「問題ない、実は妹のラーチカとアルルアに移住したんだ、本当最近だがな」

「なっ!それは知らなかった、だがどうしていきなり移住を?仕事は?」

「あーそれは......色々とな」


急に歯切れが悪くなる


「......何かあるのか?」


その話題を出した瞬間、ラトフが顔を露骨に困らせる。


「それがな、あーここに来た理由はだな、お前にただ会いに来たってわけじゃないんだ」

「......というと?」

「単刀直入に言えばお金を借りたい」

「......理由は?」

「正直に言えば......借金で首が回らないんだ」

「――」


ガルアンはそのまま両手で顔を塞ぐ、友人が遠路遥々来た理由はただ金をせがみに来ただけだった。ラトフは昔から浪費癖があり、いつも金に困っているそんな男だった。


「神聖騎士だから、お金に余裕があるだろうと考えたんだ」

「残念だがそんな余裕はない、このご時世だ神聖騎士も裕福じゃない、他を当たれ」

「いっいや、それは困る!もう先延ばしは出来ない!家賃だってもう......」


「昔から俺は浪費癖を直せと忠告してきたぞ!シラ村から移住したのだって村の皆から白い目で見られたからだろ、居心地悪くなってラーチカと夜逃げしたんだろ、ここでもまた借金して、また同じ事を繰り返すつもりか!?」


「ッこっちの事情を何も知らない癖して......」


ガルアンの言葉にラトフは逆上する。


「お前は神聖騎士になって10年前に村から出て行った、だから何にもわかってないんだろ!?それからまともに帰らずにのうのうと暮らしやがって」

「のうのうと暮らしていただとッ!?」


その言葉はガルアンの逆鱗に触れ、台所からナイフを取り出す。


「今すぐに出ていけ!ラトフ=リュントク!二度とそのツラ見せるなッ!」


ラトフは思いきりドアを開けてそのまま走り去っていくのだった。


「......」


あまりの事にアイロスは困惑を隠せない、さっきまでの談笑が嘘のような喧嘩別れだった。


「だっ大丈夫ですか......」

「......あいつの家は昔は村の中でも裕福な方だった、まあ、遺産を継いだアイツは親の財産を食いつぶしてあのざまだ、あいつのあの服だって経済的に分不相応だろうに......」


ラトフは昔から無駄な事にお金を使っていた、料理や嗜好品などにだ。結局幼少の頃の贅沢が抜け出せなくて、ズルズルと財産が減り続ける生活をし続けてきたのだ。


「......今日は休もう......」

「へっ?良いんですか」

「別に良いだろう、朝っぱらからこんな事起きたら、どんな事にもやる気がなくなる」


そういってガルアンは神聖騎士の仕事を休む事にした。




◆◇◆◇




最も高潔である神聖騎士団が帝国の秩序を守護する。

白き鎧、いかなる穢れも許さず、許されない、白はまさに清潔さの象徴。


神聖騎士は魔女や悪魔を相手に想定した組織だがそう簡単には見つからない。その為普段は魔物の掃討や帝都アルルア、その周辺の治安維持が主な仕事である。


「おい、ガルアン知ってるか?」

「なんだ?」


ガルアンと灰色の髪の青年ルーグ=ツェルル、神聖騎士団の中では世俗的な人物の一人だ。


「偶然聞いたんだがよ、皇帝の息子さんがまた寝込んだらしい」

「......それは、大変だな」


男系が代々継承してきた皇帝には3人の息子がいたが、二人は早くに夭折ようせつしてしまった。最後に残った息子の様態も芳しくないようだ。


「皇帝には悪いがよ、ざまぁみろだ」


ルーグの母親は幼い頃に魔女と疑われ殺され、その所為で父親は公職を追放された。

皇帝は過激な魔女狩りを推し進めてきたためにルーグのように親族を殺されてしまったものは皇帝の政策を批判するものもいる、もっとも秘密警察を警戒して心許せるものにしかこういった事は言わない、その点でガルアンはルーグにとって信頼のおける友人ということだ。


「へっマジで馬鹿馬鹿しくなるな、もし本当に......本当に神がおわすというならば、皇帝には天罰が下るだろうよ」


下手したら殺されかねない無神論的な考えだ。


「俺の前以外ではそういう事は言うなよ?お前には母親の件もあるんだから」

「わかってるって」


ガルアンとルーグが話し合っていると遠くから誰かが近づいて来た。


「魔物の掃討は終わったわ、そっちは?」

「俺もちょうど片付いた」


ガルアンは帝都周辺を徘徊していた魔物の討伐を終えたばかり。

水色のショートカットの女、名をウレイア=リルー。


「みんなは?」


ウレイアは周りを見ると既に終わっていたようだ。


「そう、これからアルルアに戻って昼食を食べて見回りを――」


ウレイアは真面目である。それは家柄がそうさせているのだ、帝国の国教である聖教会。それを統括する聖務院せいむいんに努める神官を祖父に持つ、その為に戒律や信仰には厳格。神聖騎士団内の教権派と言われる一派の一人である。


「食事の前にお祈りを――」


しかし、それを良く思わない世俗派もいる、ウレイアは騎士としての腕前は一流であり、それを否定するものはいないが、神聖騎士が全員、厳格に聖教会を信仰しているかと言えばそれは違う、神聖騎士という立場上、厳格そうに装うが実際のところは信仰の度合いは人それぞれなのだ。


世俗派は最低限の戒律を守るに過ぎない。魔女と、背教者と思われない為に。


「待て待て!ウレイア何をしてやがる!」

「それはこっちの台詞よ」


昼食が終わり休憩をしていた時、何やら揉め事が起きたようで皆その声の方角へ集まる。


「今年は食物不足が特にヒドイのよ、こういう時にこそお菓子類とか食べ物は貧困層に分け与えるべきよ」

「馬鹿かオメェ、こっちだって危険な仕事してるんだよ、菓子くらいあったっていいだろうがよ!」

「だからこそ、自らが粉にして苦労するのよ」

「だぁー信じられねぇ、苦労するのは俺たちだけってか?」


どうやら待機場所に設置していた菓子入れを配るかどうかで揉めているようだ。

何とも下らない、そしてこんな事で分裂が起きる事実にも。


「ウレイアにルーグ、そんな菓子如きで喧嘩するなよ......」


ガルアンにとって心底どうでも良いのだが、その所為で騎士団が険悪になるのは避けたい、そんな複雑な気持ちで仲介する。


「おいおいガルアン、その言い方はないぜ、俺がガキみたいだ。神聖騎士団みたいな善意で動くような組織に菓子くらい施してくれたって良いだろうがって話だ」


確かに神聖騎士団の給料は公職員の平均よりも断然に少ない。


10枚銅貨で1銀貨。


そして月に30銀貨が支給される、1回の食事で大体3枚銅貨だから、神聖騎士はほぼ食費分しか給料をもらっていないのだ。報奨金や給料以外で得られる優遇がある為に字面そのままの状態ではないものの基本的に神聖騎士はカツカツな経済状況だ。


「それは神聖騎士が清貧を体現する存在だからよ、そうよね?みんな?」


ウレイアは自信たっぷりに言い、他の騎士達を見る。


「もちろんです」「我らが体現者にならないと」

賛同する教権派。


「えっえぇ、そうですね」「ああ......」

歯切れの悪い世俗派。


「ハッみんな本音を言えって、俺たちの金が少ないのはお上がケチなだけだって、清貧だなんだってのはウレイアが気持ちよくなりたいだけの自慰行為してるだけだってさ」

「ッ!何ですって......」

「おっなんだやるか?」

「魔女の子の癖にッ!この私を侮辱した!」

「――ッ」


腰の剣を抜き始める


「なっ冷静になれッ!」

ガルアンは言うが聞かない。


「貴方たち何をしているの!彼は誉ある神聖騎士団の分裂を企んでいるのよ!」

ウレイアは他の騎士を見て扇動をする。


「ほらオメェらはよく見て見ろよ一体どっちが内部分裂を企んでいるのかをよ、ウレイア=リルー、お前が一番に和を乱してる!」

「ウレイア、ルーグ、仲間内で殺し合いを始める気かッ!」



その時だった――



「何をしているのかね」

「「?」」


声のする方へ振り向く。



「「ッ閣下!」」



髭を蓄えた大男の名はゴルコール=ザーザフ

「何故にこんな所へ、閣下はそう易々と来るべきでは」

「偶然近くに立ち寄ったからな、来ない訳にはいかないだろう、普段はペイアイに全権を委任しているとはいえ、本来は神聖騎士団の団長でもあるのだから」

神聖騎士団の団長であり、神聖アルオン帝国の元帥でもある。


「先ほどの揉め事、一体何があったのかね?」

「実は――」


ウレイアは揉めていた理由について細かく伝える。


「確かウレイアはハウレン殿の孫だったな......ふむ、なるほどな、ならば厳格にもなるだろうな」

「はいっ」


ウレイアは静かに笑みを浮かべる。が


「しかし、自らを律する心は良いと思うがそれを他者に強いてはならんぞ、其方の父は他者に強いる事はしなかったはず、わかるかね?」

「......」

「......今回の出来事はペイアイにも報告しておく、ウレイアとルーグは覚悟しておくように」


ウレイアとルーグはお互い睨みながら頭を下げる。


「それとガルアン、仲裁をしようと動いた事は素晴らしい、みなもガルアンのような行いを心がける事だ、よいな?」


そう言ってゴルコールはその場去っていく。


その後は騎士団内でなぁなぁで何とか収めたが、ガルアンにとっては好ましい事ではない。今回の事によって神聖騎士団の内部にあった教権派と世俗派の間の溝が可視化されてしまった、その後も教権派と世俗派はどこかよそよそしく感じる、それが前からあったのかもしれない。今回の事で意識的に見るようになっただけなのかもしれない。


「どうしてこんな......」


帝国の亀裂は広がり深まりとどまらない、徐々に悪化していく。

そんな空気はガルアンにとっては苦しみでしかない。



「この世界は......どうしてこんなに苦しいんだ......」



本当に神がいるというのなら、どうかわたくしをお救いください――

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