第44話『建造物等損壊罪』と『告訴状』
そんなある日、夫人の長男が仕事帰りに夫人のアパートに立ち寄ると『ある』変化が。
「あれ?お母さん。なんか塀の部分がペンキで塗ってあるけど。あれってどうしたの?」
「ああ。なんか向こうの解体業者が電話してきて『勝手』に塗っていった。一時間ぐらいで塗って帰ったで」
「いや、お母さん。ペンキなんか塗ってもひび割れは治らないよ。向こうがやってることは『証拠隠滅』でしかないじゃん」
「そうなの?」
「そうだよ。本来なら『書面』で『いついつにこのような材料を使い、この日程で、この作業工程で修繕します』と契約を交わさないと。それより向こうは僕が窓口になってるのに強引なことをしてくるね。これはもうこっちでなんとかするから」
夫人の長男は所轄の警察に電話をした。110番通報である。
「はい。事件ですか?事故ですか?」
「事件です」
「どうされました?」
「はい。母の自宅の塀が『勝手』に落書きされてます。かなり悪質です。神社の塀とかにスプレーで落書きするのと同じようなものと考えていただければいいです」
「分かりました。事件現場の住所をお願いします」
アパートの住所を伝える夫人の長男。そしてすぐに警察が現場へ向かいますのでそのままお待ちくださいと言われ電話を切る。
「お母さん。今、警察の方がここに来るから。外で待ってるからね」
「そんなん待たんでええで。前も三十分やで。すぐには来んから」
「いや。日本の警察は本当に迅速だから。お母さんは少し盛ってんじゃないの?まあ、外でタバコでも吸って待ってるよ」
そして携帯灰皿を持ってアパートの外に出る長男。一服。二服。三服。四服。本当に警察は来ない。
(本当に遅い…)
携帯の履歴を見る。携帯には『何時何分』に電話をしたかの『ログ』が残る。五服目のタバコを吸い終わった頃に一人の警察官が自転車でようやく現場にやってきた。
「通報をいただいたのはこちらですか?」
「はい」
(『遅えよ』って言えば怒るだろうな…。しかも『一人』?なんか『またあそこからだよ』って思われてるのかなあ)
夫人の長男はそう不安になりながらも要件を伝える。
「これを見てください」
そう言って勝手にペンキを塗られた『塀』を指さす。
「はい。落書きはどこでしょうか?」
「いえ、落書きってのは例えです。この『塀』はとなりの解体工事の業者が乱暴な工事でひび割れをたくさん作ったんです。その『証拠隠滅』目的だと思いますが、この土地と建物の所有者である母に無断で『勝手』にペンキを塗ったんです。この場合、『器物損壊罪』ではなく『建造物等損壊罪』にあたりますよね。神社や公共の『塀』にスプレーなどをするのと同じですよね。懲役五年以下の実刑ですよね。『被害届』ではなく『告訴状』を提出したいと考えてます」
「いや、ちょっと待ってください。これは『民事』ですよ。当事者同士で話し合ってもらうしかないんですよ」
『司法に詳しい』知人から徹底的に『専門的知識』を叩きこまれていた夫人の長男は論破王の如く、ガンガン攻める。
「いえいえ。お巡りさん。お巡りさんのお住まいがどこなのかは知りませんが。自分の大事なマイホームを想像してください。朝起きて外に出たらいきなり『塀』やマイホームの壁に『勝手』にペンキ塗られてたらどう思います?怒りませんか?それと同じですよ」
「いえ。だからあなたの言い分は分かりますがこれは『民事』ですから。当事者同士で話し合ってもらうしかないんです」
「いえ。『民事』ではありませんよ。『刑事』ですよ。『建造物等損壊罪』ですから。私は『告訴状』を提出するつもりですので」
「ちょっと待ってください。それなら『本署』に相談へ行ってください」
「え?こっちは110番通報をしてるんです。それが『こっちに足を運ぶようにと』言うんですか?それは『命令』ですか?それともそういう『処理』を警察はされるんですか?」
「いえ。これは『お願い』になります」
「じゃあ『聞けません』ですね」
「じゃあ『本署』の『生活安全係』に電話してもらえませんか?」
「え?私がですか?」
「そうです」
「それも『お願い』ですか?」
「いえ、もうそれをしていただくしかありませんので。電話をしていただけないならこの件はそのまま私が報告して終わりになります」
「あなたが報告とはどなたに報告するのですか?」
「上司です」
「それじゃあ『解決』にはなりませんよね?」
「だから『本署』に電話してください。『生活安全係』に電話してくださいと言ってるんです」
ここで『仕方なく』所轄の警察署に電話をする夫人の長男。対応していた警察官はいきなりその場から歩いて夫人の長男の視界から消えてしまった。
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