第40話よだれ

 夫人の長男は有給休暇を取り、ようやく名刺から解体工事業者の名前と連絡先が分かったこともあり、また、110番通報で警察が現場に来たことから解体工事業者の営業の方も比較的すんなりと現場に来てくれた。しかも家屋調査士を連れてである。


「この度は本当に申し訳ございませんでした」


「いえいえ。それより改めましてごあいさつを」


 どうやらこの若い営業は北原というようである。家屋調査士は名刺を出してもらえなかった。ただ、この家屋調査士は夫人側ではなく、解体工事業者側が用意した家屋調査士である。夫人の長男はある『二つ』の準備をしていた。ひとつはポケットに『スマホのアプリ』で会話を録音していたこと。もうひとつは『司法』に詳しい知人からある程度の知識を聞き、『理論武装』をしていたこと。


「ではよろしくお願いします。その前に『ひとつ』いいですか?」


「はい」


 若そうな営業で名刺には主任の肩書を持つ北原が元気よく返事をする。


「御社は事前に『家屋調査』はされましたでしょうか?」


「いえ…。それはちょっと今すぐには僕の方でお答えすることは出来ません」


「このようにある程度『トラブル』が予測できるなら事前に『家屋調査』をすべきだったと思います。もちろんそれは『義務』ではありませんが。今日、こうして『家屋調査士』の方が同席されていらっしゃるということは。まあ、念のため、事前に『家屋調査』を行ったか。行ったのならそれを『示すもの』をご提示お願いします」


「分かりました」


 ちなみに夫人の長男側にはこの夫人のアパートを建築した『現場』の人間が同席していた。


 結局、ベイタル側が連れてきた家屋調査士も専門用語をいろいろと使っていたが解体工事と夫人のアパートの破損の因果関係を認めた。それを100%認める発言もした。それらはすべて夫人の長男は会話を録音していた。


「『よだれ』ってなんだろう?」


 専門用語はとても難しいなと夫人の長男は思った。ただ、夫人の長男側についてくれた、このアパートを建築した、同席してくれた人間はかなり厳しい口調でベイタルの北原を追求してくれた。


「これもこれも!全部報告するように!全部チェックさせて!」


「はい。この件は写真を撮らせていただいて、役所、警察にすべてやってですね。我々の方でちゃんとやりますんで」


 録音した音声を改めて何度も聞きなおす夫人の長男。もちろんせっかく取った貴重な有給休暇である。区役所の方にも電話をする。それでも『たらい回し』。ようやく『都市計画部建築指導課』の佐藤に繋がる。


「すいません。先日お電話差し上げた塚原と申しますが」


「はい。お世話になっております」


「それで…、以前の件なんですが」


「はい?以前の件と言いますと?」


 まあ覚えてなくても無理はないかと思いながら夫人の長男は時事系列で分かりやすく佐藤に説明した。


「なるほどですね。それで私たちに『何』をご相談されたいのでしょうか?」


「はい。この場合。解体工事をお知らせする『紙』は義務なんでしょうか?」状況を想像していただければ分かると思うんですが。やはり解体工事に取り掛かる前はそこに『建物』がありますから『紙』を貼れるじゃないですか。それを取り壊してしまったのですからそれを貼る場所がない。じゃあ立札のようなものを打ち込んでお知らせをするのが『義務』だと思うのですが」


「分かりました。こちらの方で現地に行き、しっかりと調査し、もししっかりとした適正な工事をしてなかった場合は『しかるべき』処置をこちらで致します。ただ、塚原様にはその後の報告、つまり『このような指導をしました』との連絡は出来かねますのでそれはご了承ください」


「はい。分かりました。よろしくお願いします」


 ようやく『役所』にこちらの意図を伝えることが出来た。なんでこんな簡単なことにこれだけの時間がかかってしまうのだと思いながら夫人の長男は遅めの昼食を夫人と取り、残った時間をのんびりと過ごした。

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