第38話110番通報の『意味と効力』
「お母さん。ごめん。ちょっと今日は役所にたらい回しされちゃって。明日はちゃんとやるから。それより向こうの業者は分からないよね」
「さあ」
「工事は相変わらずなんだよね。住民の方や近隣住民の方はどうなの?」
「さあ」
「ちょっと今から行くよ」
「そうなん。悪いなあ」
夫人の長男が残業中の会社から電話で夫人と会話する。その日、夫人の長男は夫人のアパートへ寄り、話を詳しく聞きなおし、また『晩御飯』をご馳走になってその日も二食の晩御飯を平らげることとなった。
そして事件が起こった。
仕事中の夫人の長男の携帯が鳴る。スマホ画面の表示を見ると夫人の自宅固定電話から。
「もしもし。お母さん。どうしたの?」
「あんた!ちょっと工事が酷すぎるから現場に文句言いに行ったら現場の職人たちに怒鳴り散らされたの!怖くて怖くて…!もうやめよう。泣き寝入りでいいよ」
「お母さん。ちょっと待ってて。慌てないでね。すぐに警察を現場に行かせるから。いったん電話切るね」
夫人の長男は所轄の本署ではなく『110番』通報をした。この場合、所轄の番号では意味がない。『110番』通報は『事件・事故』の発生を意味し、警察はその通報に対し必ず『動かなければならない』義務が生じる。通報に対して『この通報はこのように解決しました』との報告義務が発生するから。夫人の長男はそれを知っていた。
「事件ですか。事故ですか」
「はい。事件です」
「現地住所をお願いします」
「はい。〇〇区〇〇町○○の〇丁目〇の〇です」
「どのような事件ですか」
「実家の母が隣の解体業者と揉めてまして。あまりの騒音と振動に対して話し合いに行ったら現場の職人数名に囲まれて『恫喝』されました。囲まれて『怒鳴り散らされた』んです。母は八十を超える高齢者です。急いでください」
「分かりました。すでに現場へ警察官が向かっています。それでお母様の方はご無事でしょうか」
「私は母の長男です。今は職場でして現場にはおりません。ただ母が一番に僕へ知らせてくれました。あの声の様子では少し只事ではないと思います」
「分かりました。今、警察官が向かっていますので。そのままお待ちください」
そしてその後すぐに夫人に折り返す。
「あ、お母さん。今、そっちに警察官が向かってるから。外に出てて待っててね。もう二、三分で警察の方が来るから。それから警察官の方と一緒に職人の方へ行って『解体工事の責任者』の名刺を貰っといてね。現場には必ず『現場監督』がいるはずだし、おそらく『営業』の人間も来ると思うんで名刺は必ず貰っといてね」
「うん。分かった。お巡りさんが来てくれるんやね」
「うん。日本の警察は現場に到着するのは早いから。もう来てるかもだよ。今日、仕事が終わったらそっちに寄るから。結果だけ聞かしてね。くれぐれも『名刺』だけは必ず貰っといてね」
そして電話を切る。念のため区役所にも電話をかける。前回と同じ対応。呆れる夫人の長男。
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