第37話ロスタイムの時間稼ぎパス回し的たらい回し
「はい。こちらは〇〇区役所です」
「すいません。私は塚山と言いますが」
「はい。どちらにお繋ぎいたしましょうか」
「あ、えーと、このような場合どこが窓口か分かりかねまして…」
「どのような案件でしょうか?」
「えー、うちの母親の所有する建物が隣の解体工事で被害に遭いまして…」
「じゃあ『建築課』の方へお繋ぎします。そのままお電話を切らずにお待ちください」
そして携帯から流れ出す『平和』そうなメロディー。
(建築課なのかあ。それっぽいもんなあ)
そう夫人の長男は思いながら待っていると携帯から担当者らしき男の声が。
「はい。大変お待たせしました。こちら〇〇区役所建築課です。どうされましたでしょうか?」
「あ、私は○○区在中の塚山と申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「それで今回お電話さしあげましたのは…、えー、あの、うちの母親が所有する建物ですか、アパートですね。最近お隣さんが解体工事を始めたようでして。それでかなり乱暴な工事をされているようでして。母の建物と塀にひび割れが生じまして。それでお電話差し上げてます」
「大変申し訳ございません。それはうちの課の管轄ではありません。『都市計画部建築指導課』の方へお電話お繋ぎしますね。少々お待ちください」
「はい…」
そしてまた『平和』っぽいメロディーが。かなり長く待たされる。
(これがお役所仕事ってやつかあ。まあそう言われてもしょうがないかな)
そしてようやく担当部署の人間が電話に出る。今度は女性っぽい声である。
「はい。こちら『都市計画部建築指導課』です。どうされましたでしょうか?」
(…。また同じことを言わなければいけないのか…)
そう思いながらも夫人の長男は長々と今起こっていること、困っていることを電話の向こうで話を聞いてくれている担当者に説明する。そして返ってきた言葉がこれである。
「すいません。それはうちの管轄ではありません。大変申し訳ございませんが『建築課』の方になります」
「いえ。今さっき、こちらのお電話を繋いでいただく前にその課から電話を回してもらったのですが。その『建築課』ですか。そちらの担当者の方からは『うちの管轄ではない』と言われました。そちらは、えーと『都市開発』?部署ですか。違うんですか?」
「ええ。うちの管轄ではありません。電話を受けたものの勘違いもありますので。もう一度『建築課』にお電話回しますのでそのままお待ちください」
そして流れる『平和』っぽいメロディー。長い。やたら長い待ち時間。焦る男。
(いや、すぐに終わると思ってたのに。時間が。次の仕事のアポが。もう本当に困ったなあ。でもお母さんとの約束もあるし)
そしてようやく『平和』っぽいメロディーが終わる。
「はい。こちら『建築課』です」
「あのお…、電話を引き継いだ時に今回の私の相談がどのようなものかを聞いていらっしゃるでしょうか?」
「はい?聞いてるとはどのようなことでしょうか?」
「…、いえ、今回の私の相談がどのような内容であるかをです」
「大変申し訳ございませんが聞いておりません。大変お手数おかけしますがご説明いただけますでしょうか」
男は呆れた。もう仕事のアポがこの後迫っている。
「すいません。あなたのお名前と先ほどの『開発部』?でしょうか。その正式名称を教えてください。私の都合で申し訳ございませんがこの後仕事のアポが入ってまして。時間がありませんで」
「そうですか。私は○○区役所建築課の佐藤と申します。先ほどの課は『都市計画部建築指導課』と言います」
「あ、ちょっとお待ちください。メモしますので。都市計画部…、その下が何でしたでしょう?」
「はい。『建築指導課』です。『都市計画部建築指導課』です」
「お待ちください」
携帯を耳と肩で挟みながら手書きのメモを取る夫人の長男。『としけいかくぶけんちくしどうがかり』と平仮名で書き込む。
「あ、すいません。『としけいかくぶけんちくしどうがかり』でよろしかったでしょうか?」
「あ、最後が違いますね。『都市計画部建築指導課』でございます」
「ああ、すいません。係ではなく課ですね。分かりました。では改めてこちらからお電話差し上げます」
「はい。失礼します」
(あーあ。今日で済まそうと思ってたのに…。まあ、夕方もう一度時間が取れそうだし。もう一回、あとでかけよう。それにしても…)
しかし、夫人の長男はその日仕事が忙しく区役所の方へ電話をすることが出来なかった。
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