第31話匿名の正義
病院のベッドの上で彼は目を覚ました。
「ここは…?」
「病院ですよ。かなりやばかったですよ。山田さん。下手したらあのまま死んでましたよ」
「そうか…」
大沢が手鏡でその姿を彼に見せる。顔中包帯が巻かれている。両手両足にギブスも。体も動かない。点滴がぽたりぽたりと自分の体の中へ栄養を運んでいるのが見える。
「本当に無茶苦茶ですよ」
「まだ終わっちゃいない。これからが本番だ。頼むよ。最初に言ったとおりにしてくれないか」
か細いがしっかりとした声で彼は言った。
「分かりました。ここまで来たらとことん付き合いますよ」
大沢は二つのスマホを使いSNSである書き込みをした。
『私は山田圭吾のマネージャーです。本人からの強い希望により、山田は一連の報道の責任を取り、被害者の方に山田がしたと伝えられている行為をすべて山田本人が同じように自ら受けました。その行為はすべて動画にて撮影しております。あとの判断は皆さまにまかせると山田は言っております。その動画が世に出ることで山田自身、自分の犯した罪を少しでも償えればと、また、同じ過ちが起きないことを望んでおります。動画を世に出すべきだとお考えの方はこれを拡散してください。拡散回数が五千を超えるごとに新しい動画を出していきます』
山田圭吾のマネージャーアカウントのつぶやきをもう一台のスマホにある山田圭吾本人のアカウントでリツイートさせる。一瞬で拡散される大沢のツイート。それにリプもどんどん投稿される。
「え?おんなじことをされた動画?じゃあクソ食ってる動画もあんの?」
「はい。ございます」
「全裸で自慰行為の動画もあるのか?」
「はい。ございます」
それらのやり取りもあっという間に拡散される。大炎上。狂気と化した匿名の正義は彼を断罪せよと拡散される大沢の声。一瞬で万を超える。大沢はバケツに顔を突っ込み溺れる山田の動画と硬式球を体中で受け止める動画を世に出した。一度世に出たものは絶対に消せない。それは分かっている。スマホを操作する大沢の手は震えている。山田のいいところも悪いところも知っている。山田の性格も長い付き合いで知っている。こいつはこんなことをされるような人間でもするような人間でもない。でも若い頃の山田を自分は知らない。真実は本人と当事者同士にしか分からない。
「え?マジ!?これ?ざまあ!!」
「食糞動画まだあ?」
「山田の全裸自慰!来る――――――!!」
「馬鹿じゃねえの。こんなもんで許されると思ってんの?所詮ポーズじゃん。そこまでして業界に残りたいか。俺は許さねえから」
二万を超える。震えながら大沢がスマホを弄る。爪の間に針を刺し、絶叫する動画。鉄の板に何度も頭を打ち付ける動画。
「ぬるいねえ。こんなもんで許されると思ってんの?」
「合成じゃね?こんなの今の技術なら余裕で作れるっしょー」
「動画じゃなくリアルタイムで生配信でやれよな。信憑性ゼロじゃね?」
「食糞まだあ?」
「く・そ・く・ら・え!!」
三万を超える。血だらけの頭に洗剤をぶっかけて絶叫する動画。髪の毛に火を点ける動画。
「食糞だせよ!」
「おなに!おなに!ぜんらでおなに!」
狂気の正義は暴力よりさらに羞恥を望む。国民的音楽家の破滅。最後は人前に出られないほどの恥ずかしい姿を。それも永久に世に残る形の動画として。大沢の気持ちとは真逆にどんどん拡散される大沢の言葉。もう羞恥動画しか残されていない。またこの国の正義はそれを待っている。どんなに残酷で暴力的な動画よりもそれを望んでいる。
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