第28話『いじめられたこと』『いじめたこと』

「山田さん。今回の仕事は山田さんの長い音楽活動の節目と表現してもいいぐらい大きなオファーです。山田さんにしか作れない独自の音を期待してますよ」


「…」


「山田さん?」


「あ、ごめん」


「どうしました?あの例のSNSの炎上の件ですか?」


「うん…」


「僕からしたら正直、『今更』って感情と『またか』って感情しかありませんが」


「うん…」


「確かに今のSNSが持つ影響はすごいです。でも考えてもみてください。過去の炎上を見ても人間って生き物は忘れるものなんですよ。どんなに信じられない不正や悪事が世に出てもその時は皆が関心を持って騒ぎます。『人の噂も七十五日』ってよく言いましたね。三か月もすれば大半の人間は忘れますよ」


「うん…」


「今は名誉あるこのイベントを成功させること、そのために音楽家・山田圭吾として最高の作品を作ることだけを考えましょう」


「大沢君」


 山田圭吾のマネージャーである男。大沢が山田の呼びかけに答える。


「はい」


「…、君は誰かに『いじめられたこと』はあるかな?もしくは『いじめたこと』でもいい。そんな記憶はあるかな?」


「うーん、どうでしょう。どっちもあると答えますね」


「どっちも…かい?」


「ええ。でもやっぱり『いじめられたこと』の方が記憶に残っているのは間違いないですね。そりゃあ当時は誰も味方をしてくれなかったし。とても簡単に口に出来るようなものでもありませんでしたよ。でも社会に出て、現実は待ってくれませんので。社会に出てからの理不尽なことも多かったですし。比べるもんでもありませんがどっちがきつかったかも自分ではハッキリ分かりませんが。社会に出る前のいじめは時間とともに忘れましたね。それに大人になって分かったと言いますか。気が付いたことですが。人は自分で気付かないうちに誰かを傷付ける生き物だとも思います。車を運転していて蟻をタイヤでひいてしまったとか気にしたりはしませんよね。満員電車で誰かの足を踏んでも気付かないことも多いもんです。踏まれた方は絶対に気付きますが。そんなものかと。だから『どっちもある』と答えました。実際には誰かを『いじめた』記憶ってすぐには思い出せないですね。今、当時の被害者が理論的に『あの時、お前がこうこうこうでこうしたことはいじめだろ』と言われたら言い返せないでしょう。大事なことは償うことだと思います。ただ、今回のオファーを無責任に辞退することが『償い』と考えるのは違うと思います」


「…うん…」


 彼は迷っていた。SNSで自らのアカウントにて謝罪文も発表した。それもすぐに炎上した。


「手書きじゃなくパソコンで反省文か。こいつ全然反省してないわ。形だけ。辞退しろや。犯罪者。☆1」


「騒ぎになっていて今回の件を初めて知りました。あなたは人として最低ですね。音楽に携わることを辞めてください。音楽に対しても失礼。犯罪者の楽曲に意味はありません。ただの自己満足です。反省文を読んでも『形だけ』なのがよく分かります。最低ですね。誰もこんな作文信じませんよ。☆1」


「PTSDって言葉を知らないのか。お前がテレビに出るだけで被害者はトラウマを発症するんだよ。被害者のことを考えたら金輪際メディアにも出るな。発言もするな。乞食のまま無職でのたれ氏ね。☆1」


 彼はそれらの書き込みすべてに目を通した。彼のメンタルはどんどん深くえぐられた。ただ、それを受け止めることで少しでも救われたいとも思っていた。自分が犯した罪はこんなもんではない。自分がいじめた相手はもっともっと苦しんだ。その報いではないが自分はもっともっと苦しむべきだ、と。彼には家族がいた。誹謗中傷はその家族にも及んだ。


「家族は関係ないだろう。自分を罵るのは全然いい。ただ、家族を責めることは止めて欲しい」


 彼は心の中でそう思ったがそれを口にはしなかった。すべて自分が悪い。これも当然の報い、と。彼は家族に対し、SNSは見ないように、生活している中で何かあればすぐに自分に連絡して欲しいと伝えた。彼の家族は彼に真実を聞くことはしなかった。誰かに打ち明けることで少しは楽になれるのではという考えもあった。しかしそれも自分の甘えた考えと彼は自分を許す気になれなかった。受け入れる。それだけのことを自分は過去にしたのだ。自分はそのうえでこの年までのうのうと金にも困らず、人間関係にも困らず、異性にも困らず、好きに生きてきた。自分がいじめた相手はどうだろう?その後、人生を大きく狂わせてしまったのか?自分があんなことをしなければもっと素晴らしい人生を生きられたのではないのか?大沢の言葉を思い出す。


「人は知らないうちに誰かを傷付ける生き物ですよ」

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