第24話優しい嘘と嘘つき先生

 彼女の友達は何とかしようと動いた。でも彼女もその友達も未成年だから『人ログ』サイトに登録してないし、親や保護者の同意書もないので登録できない。反論も高評価で覆すことも出来ない。彼女の友達は友達や信用できる大人に相談した。けど、それでも『誰か』に言われて書き込むことを躊躇する。


「でも学校で禁止されてたバイトをしてたんでしょ?」


「それじゃあ自己責任でしょ」


「気持ちは分かるが…」


 じれったい気持ちばかりが先走るがどうしようもない。


「先生。先生なら美恵子のこと分かってくれるでしょ?」


「いいか。学校の教師がああいうサイトに書き込むことは出来ない。少なくともこの学校ではそういう方針がある。人が人を評価するなんて許されることではない。そんなものを気にするより実際の行動で示せば周りの人は分かってくれる」


 一番信用している部活の顧問の先生にそう言われ彼女の友達も肩を落とす。


「もういいよ。それに先生の言ってることも間違ってないし」


「でも…。せめて停学だけは解いてもらおうよ。あんた、ビンタされたんでしょ?体罰じゃん?ろくに話も聞かずに手をあげる大人こそ『人ログ』に書かれるべきじゃないの?」


「もういいよ」


「よくないの!」


 彼女の友達は彼女をビンタし、停学処分にした教師のもとに話をしに行った。


「先生。美恵子の停学だけは解除してください。『人ログ』ってサイトに書き込まれてます。でもそれは消せません。先生も『人ログ』サイトは知ってますよね。だからせめて美恵子の言い分を聞いてあげてください。本当はあんな書き込みでたらめです。停学を解いてくれないのなら私が先生のことを『暴力教師』ってあのサイトに書き込みます」


 彼女の友達は殴られることや自分も停学になることを覚悟して言った。脅迫まがいなことをしているとも自覚した。先生は彼女の友達の言葉を聞き、冷静に言った。


「先生のことを『暴力教師』と書き込みたいならそうすればいい。それにそれは事実だ。彼女のペンダントも預かっている。それも事実だ。だがな、先生が許せないことは『学校で禁止されているアルバイトしていたこと』もそうだがもっと許せないことがある。何か分かるか?」


 それが分からない彼女の友達。それに脅迫にも恐れない態度にも驚く。先生は続けた。


「あいつの一番悪いところは『嘘』をつくことだ。『嘘』と『言い訳』は別物だ。後ろめたいことがないのなら正直に『本当のこと』を言えばいい。言っても無駄だとか、面倒くさいだとか。そういう気持ちがあったではないのか?あいつはそういうのを『美徳』としているところがあるように見える。だけど先生は『本当のこと』はしっかりと『自分の口』で説明することも大事だと思っている。だから手をあげた。この先も生きていれば『理不尽なこと』はいくらでも起こる。そのたびに『自己犠牲』の精神で『嘘』を重ねるのか?そういうのを『自己満足』と言うんだ。先生も自分でやっていることがどれだけ『格好悪い』ことかぐらい分かっている。それで人にどう思われてもいいと思っている。今回もお前が脅迫の真似事をしてまであいつのことを思って話をしにきたから『本当のこと』を言った。あいつのことを本当に思っているなら先生の言葉をそのまま伝えなさい。そしてよく考えるようにと。以上だ」


 彼女は初めて本当の意味で大人のすごさを知った。先生の言う通りだと思った。彼女がかっこ悪くてもしっかりと『言い訳』をしていたら。『本当のこと』を言っていれば結果も違っていた。『本当のこと』を隠すことはカッコつけているだけだとも思った。


「あいつ、言われてみれば昔っからカッコつけてばっかだったな」


 彼女の友達は彼女に先生の言葉を伝えた。そして彼女は停学明けの初日、一番に先生のところへ行き頭を下げて謝った。


「先生、すいませんでした。私が嘘つきで『本当のこと』を言わなかったのが悪かったです」


 そして彼女の担任の先生は彼女に一言だけ。


「殴って悪かったな」


 先生は辞表を出した。そして『人ログ』サイトに登録し彼女の評価を書き込んだ。


飯田美恵子 十七歳。女性。☆3・5(2件)


「彼女は嘘つきである。でもその嘘は人を傷つけないように自分を傷つける嘘だ。学校で禁止されているバイトをしていたのも事実である。でもそれは自分のお小遣いの為ではなく、どうしてもやむを得ない理由の為であり、自分のやりたいことも犠牲にしてそれをしていた。ペンダントは人から贈り物で貰ったものであり、バイト代で購入したものではない。これからは『本当のこと』をしっかり言うカッコ悪さを、言い訳をするカッコ悪さを身に着けて欲しい。自己犠牲の精神も大事だが、嘘でその場を収めることはある意味『楽』な選択でもある。それは大事な人をもっと傷つける。そして彼女の嘘は時として必要なことでもあるかもしれない。その答えは私にも今は分かりません。ただ、『本当のこと』を言わないことは『相手を信用してない』と同じことだとも思います」


 『人ログ』サイトへの匿名の書き込み。彼女もその友達もすぐに分かった。先生だ、と。


 その後、彼女の評価はじわじわと上がっていった。ただ、先生は学校を辞めた事実だけは残った。先生が彼女を守ってくれた。


「なんだよお…。先生が一番嘘つきじゃんかよお…」


 あの書き込みをしたであろう先生とはもう二度と会えない。学校に辞表を出してからすぐにこの街を出ていったから。そして先生の住所なんかも調べようが子供の彼女や彼女の友達にはなかったから。

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