第19話ばっかじゃないの

 彼女の母親は朝から晩まで働いていた。そんな母の姿を見て彼女は「自分がしっかりしないといけない」と思った。でもそんな本心は誰にも言わない。平気で嘘をつく。


「美恵子ぉー。帰りにマックよっていかない?」


「ごめんねー。今、ダイエット中なのー」


「美恵子ぉー。みんなで合コン行くんだけどさあ。人数が足りなくてさあ。向こうの大学生が奢ってくれるって。一緒にいかない?」


「ごめんねー。ちょっと宅配の荷物が届くから家にいないといけないの」


「美恵子ちゃんさあー。よく働くねえ。学校の方は大丈夫?もうすぐ受験じゃないの?」


「大丈夫です。推薦の話が来てますんで」


 彼女は平気で嘘をつく。


 学校が終わったら遠くのファミレスへバイト。片道十キロの道を普通のママチャリを猛スピードで走らせる。バトミントンで鍛えた持久力と脚力。バトミントンをやっていた頃は練習の半分以上の時間、走り続けていた。


 休日は弟や妹の相手をする。宿題を見たり、一緒に遊んだり。当然、友達の誘いもある。異性からの特別な誘いもある。彼女はそれらをすべてうまく嘘をついてごまかす。


「ごめんね。ごめんね。ごめんね」


 そして母親にはもっと嘘をつく。


「大丈夫だから。全然平気だから。進学もバトミントンも興味ないもん。お金欲しいじゃん。だからバイトの方がいいじゃん」


「でも学校でアルバイトは禁止されてるんでしょ?」


「え?なにそれ。担任の先生に嘘ついて許可貰ってるもん。え?嘘?そんなのなんとでも言えるじゃん。親戚のお店が人が足りなくて手伝ってるだけって。お小遣い代わりにちょっとだけ交通費をもらう感じって」


 彼女の嘘は母親にだけは通じない。だけど状況が母親を黙らせる。母親の本音。


『美恵子のお金は必要ない。でも弟や妹たちの面倒を見ることは私にはできない。私が働かないと我が家は回らない。お母さんは美恵子に甘えてる。本当は大学も行きたいんでしょ。バトミントンも続けたいんでしょ。ごめんね。本当にごめんね。美恵子…』


 ある日、彼女の母親は彼女の誕生日にプレゼントを贈った。高そうに見えるイミテーションのペンダント。


「どうしたの?こんなのもらえないわよ。私の月の稼ぎはすごいんだから。こんなのにお金使うぐらいならもっと他のことに使えばいいのに。馬鹿じゃないの」


 彼女は平気で嘘をつく。これぐらい言わないと母親は私に気を遣う。嫌われるぐらい言わないと。そして彼女は部屋で泣いた。偽物のペンダントとは知らない。いくらぐらいしたんだろう。私を労うために。お母さん…。ありがとう…。本当は私、うれしいよ…。でも彼女は嘘をつく。


「ばっかじゃないの?こんなの質屋にいれるから」


 彼女はそのペンダントをアルバイト先でだけ身に着けた。頑張れる気がした。お母さんありがとう。心の中でいつもそう思うようになった。


「お、美恵子ちゃん。高そうなのつけてるじゃん?似合ってるよ!」


「そうですか?バイト代で思い切って買っちゃいました」


 彼女は平気で嘘をつく。


 ある日、いつものように学校へ行き、授業を受けていた。休み時間に友達に言われた。


「美恵子。あんた、書き込まれてるよ」

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