第8話田中高志 四十二歳。男性。☆1・18(52件)

 彼は決して人から恨みを買うようなことをしていないと思っている。新卒で採用された企業でコツコツ働いてきた。決して大きい会社ではないけれど。部下の悩みを聞いてやったりもしてきた。嫌な上司からの嫌味にも耐えてきた。理不尽な取引先からの要求にも耐えてきた。社会に出てそれなりに自分という船を操縦してきた。マンションも購入した。マイカーも購入した。あとは結婚して家庭を持てれば。そんなささやかな夢もあった。酒はそんな彼の一日を労うご褒美であった。そして美味しいつまみ。仕事を離れれば趣味の食べ歩き。そして『飲食店評価サイト』のプレミア会員。それが仕事のストレスを発散させてくれる。


 一方。彼に低評価の書き込みをされた店の店主は未だに根に持っている。ネットにお店を、自分を否定する書き込みをされた。実害はなかったし、売り上げに影響もない。それでもムカつく。イライラする。クソが!クソが!クソが!

 常連のお客さんも店主に同情する。


「あんな書き込みは許せない」


「この店の素晴らしさを分かってない」


「マスターの人柄を知らないくせに」


 常連のお客さんはいろんな人がいた。ネットに強い人もいた。彼はすぐに特定された。そしてどんどん調べる。狭い界隈だから特定してしまえば行動が分かる。探偵に依頼するまでもない。


「あー、あの人ね。あそこの店によく行ってるよ」


「けっこう特別扱いされてるね」


「常連だからね。まあ、あそこの店は食材を余らせるぐらいならって結構サービスしてくれるんだよね」


 彼に低評価の書き込みをされた店の店主は聞いた話で解釈する。


『タダで食わせてもらってる店は高評価するんか。それは『味』関係ないやろ。ただの『賄賂』やん』


 その考え方も正しい。さらに加速する。


「月一でソープランド行ってるらしいよ。その辺は結構オープンな性格だからね。オキニの話をよくしてるよ」


「けっこう私生活はだらしないよ。ゴミも分別して出さないって」


「財布拾ってカードとかは怖いから現金だけ抜き取ったって。二万儲かったって言ってたよ」


「あの人、道端でゲロ吐くし。まあ酒好きならしょうがないかな?」


 どんどん集まる低評価材料。そして一致団結する低評価の書き込みを彼にされたお店の店主とそのお店の常連客。


「そしたらこっちも書き込んでやろうぜ。別に『虚偽』の書き込みじゃないし。正確な『評価』だし。あの野郎はクソだもん」


 そして『人ログ』にある日大量に書き込まれる彼。今までは特に意識するほどのことは書かれていなかった。書き込んだ人が大体分かるのもあった。それがいきなり大炎上。


田中高志 四十二歳。男性。☆1・18(52件)


(『飲食店評価サイト』で自分の特権を利用し、賄賂の無償サービスを提供するお店ばかりを高評価し、それをしないお店を低評価する最低な男)


(金で異性を買う男。それはいいけど『本番行為』を毎回当たり前のように生でするのはちょっとどうかと)


(ゴミの分別もせずに燃えるごみの中に空き缶も電池も一緒にいれる迷惑行為をくりかえしてます。もっと常識を持って欲しいです)


(自分で吐いたゲロぐらい自分で掃除しろ!迷惑だ)


(不器用だけど悩みも聞いてくれるいい人)


(拾ったお金は警察に届けましょう。着服するのは人としてだめだと思います)


 彼は一気に『社会的信用』を失った。結婚とは言わないが頑張って口説いて一緒にお酒を飲みに行ってくれる女性も最近出来たばっかりだったがこう言われた。


「へえー。田中さんって『そういうお店』行ってんだあ。ふーん」


 当然、その女性は離れていった。仕事でも取引先の人に言われた。


「田中さんって…。あれホント?」


 必死で言い訳する彼。


「そうだよね。田中さんとの付き合いは長いからね。あんな書き込みもちょっと信用できないよね。少なくとも僕は信じないから大丈夫だよ。ネットの書き込みなんか気にしてたら体が持たないよ」


 そして裏で言われる。


「あの人ならやりかねないね。やっぱ人は信用できねえわ。裏表あるもんな」


 必死で名誉挽回しようとする彼。今まで『飲食店評価サイト』でプレミア会員として高評価をしてきたお店の主人や飲み仲間に頭を下げる。


 頼みます!僕に高評価をしてください!


「そう言われても…」


 押し付けられて『人ログ』に高評価を書き込む人は少ない。全員正しい。虚偽はない。それでも彼は多くを失った。

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