第7話恨み

 田中高志。四十二歳は普通のサラリーマンである。独身である彼の趣味は食べ歩きである。最初は軽い気持ちで「そんなサイトもあるんだあ」ぐらいの気持ちで『飲食店評価サイト』に登録して自分の行きつけの店を高評価した。行きつけの店を応援したい気持ちが強かったのも事実である。注文した料理をまずは写メに撮る。そして写メ付きのお店紹介文。『ちょっとこれは…』と思う料理も『まあ、不味くはないし。いいかなー』と。お店の主人もそれを読み、彼にちょっとしたサービスをするようになった。


 え?頼んでないのに?こんな豪華なものを?いやいやお金払いますよ。


 いいっていいって。田中さんにはお店の宣伝もしてくれたし。ありがたいよ。どうせ余ってもあれだから。


 応援したくなる気持ちが強くなる。そして趣味である食べ歩きが『いいこと』をしていることも兼ねる。本格的にいろんなお店をネットで紹介する。中には「ああいうのに書くのはやめてよ」というお店もあった。でも、高評価だし。書いたらダメなの?隠れた名店でいたいのかな?と思ったり。そして段々、評価を繰り返していたらそのサイトのプレミア会員認定された。彼の評価は信用できる、と。さらに評価を繰り返すようになっていく。いい思いもした。何より、自分の味覚を信用して、他の人がそのお店を利用する。自分のブログなんか訪問者なんてほとんどいないのに。『飲食店評価サイト』では自分は認められている。見る目あるなあ。俺の舌はちょっとうるさいよ。


 ある日、入ったお店でずさんなサービスを受けた。このお店の店員は愛想もない。店主は「うちの店の料理は日本一だ」とか言ってる。常連らしきお客さんも店主と話をしている。夢中になって。料理が出てこない。飲食店はファーストドリンク、ファーストフードを素早くが基本だ。とりあえずの生も遅い。忘れてるのか?やっと来たとりあえずの生もぬるい。常連らしきお客さんと話に夢中になっている店主。最初の一品が出てくるのに三十分以上待たされた。不味くもないけれど美味くもない。


「うちの料理は日本一だから」


 何を言ってんだ?こいつ。彼はその日、そのお店に最低の評価を付けた。自称日本一のお店。実際の料理は平凡。二度と利用することはない、と。そのお店がその後どうなったかは知らない。でも気持ちがいい。悪者を成敗した気持ちになる。常連らしきお客さんが反論の書き込みをしているが自分は『プレミア会員』。このサイトを利用する人はどっちを信じる?彼の評価は正しい。常連のお客さんらしき反論も正しい。でも説得力はあきらかである。低評価を勝手に書き込まれた店主は精神的にとても不快になった。そもそもそんなサイトに自分のお店を登録なんかしてないのに。そのサイトを運営する会社に電話する。


 あんなの嘘だ!すぐに消せ!!


 それでもその評価は消されない。

 ストレス。ストレス。ストレス。一見の客にボロクソ書かれて。それが消せないだと。自分が今までどれだけ修行をしてきたと思っている。うちの店でしか食べられないあの料理を食べたのか!常連のお客さんは店主のことを理解しているから客足が減ることはなかったが嫌な気分しか残らない。書き込んだのはどこの誰や!?大体の見当はつくが復讐は出来ない。


 くそ!くそ!くそ!


 一方、ボロクソな低評価を書き込んだ彼は「いいことをした」としか思ってない。接客業であれはない。自分の評価は正しい。でも彼はあのお店を一度しか利用していない。もしかしたらお店にいく日が違ったら。タイミングが違えば。『飲食店評価サイト』を利用してなかったら。結果はまったく違っていた。


 そして『人ログ』が誕生した。


 人の恨みは決して消えない。

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