生意気系後輩ははらはららしい。
「散っちゃいましたねえ、桜」
「散っちゃったなあ」
五月のはじめ。
いわゆる、ゴールデンウィーク、と呼ばれるこの時期。
緑が深くなってきた公園を、私と先パイは並んで歩いていた。
私の家から歩いて五分くらいの、街中でも特に広いことで知られた公園だ。
いつもの同じ時期だと、ここは満開の桜が映える市内随一のお花見スポットだった。見上げた空を覆うようにソメイヨシノやエドヒガンザクラが色づいて、行き交う人々の間には白やピンクの花びらがはらはら揺らめいて。
そのうえ、通りには出店も出て、芝生の上では数えきれないほどの団体サマがシートを敷いて、賑やかな春まつりが開かれていたものだった。
世間一般では、「桜」といえば三月とか四月。ちょうど、卒業や入学シーズンの風物詩だけれど――。
私たち地元民にとっての桜は、他でもないゴールデンウィークの風物詩だったように思う。
なのに、
「なんだか、もの寂しいですよねえ」
通りをアーチ状に覆っている葉桜を見上げながら、私は再び、そう呟く。
今年の桜は、咲くのも、散るのも早かった。
そのせいで公園の自然はもう、八、九割がたが緑色になってしまっていたのだ。
「緑々しい……ううん。青々しい、って言うんですかね、こういうのも」
「瑞々しいじゃないか?」
「それはちょっとお野菜感とか、水菓子感強めじゃないです? ――あーあ、先パイがそんなこと言うからひんやりしたものでも食べたくなってきちゃったなぁ。そうそう、アイスとか!」
「ロジックがちょっと強引すぎやしませんかねぇ……?」
「上手く会話のコンボがハマっただけですよ。と、ウワサをすればアイス屋さん」
一緒に食べましょうよ先パイ、なんて。
並木の向こうに見えてきたシャーベットアイス屋さんへ、私は先パイの手を引いて駆け寄っていく。
腰の曲がりきったおばあちゃんに、大きな声でアイスクリームを二つ、注文。百円玉を一枚ずつ出して商品を受け取ったのち――さすがにアイスを先パイに奢ってもらうほど、図々しくはないですからね――、私たちはすぐ近くの
五角形の屋根で日陰になった所で、涼しい春風に包まれながらアイスを舐める。
ひんやりとした風と、ひんやりとした舌触り。春を忘れられず、夏にもまだ適応はできないであろう
「はぁ、幸せです」
「大げさだな」
「幸せ過ぎますし、プロポーズするならいまですよ、先パイ?」
「だから話が強引なんだって」
「いやいや、あながち牽強付会でも無いでしょう。桜の季節、恋の花という名前を持つ
「肝心の恋の花、めちゃくちゃ散ってるけどな」
もの寂しいとか言ってたじゃん、と豪快にアイスに齧り付きながら、先パイ。
むむ……そう指摘されてしまうと、風情も何も無くなっちゃいますけれど。
またまた、切なさが染み渡っちゃいますけど。
けれど、その瞬間。
ふ、と、それまでよりちょっとだけ強い風が一陣、私たちの間を吹き抜けていった。
ひゃっ、なんて顔を覆って、けれどすぐ視線を戻すと――はらはら。
目の前をひとひらの桜色が横切って、隣へ。
先輩のアイスの上に、ちょこん、と……たった一枚の桜の花びらが、乗っかった。
刹那、私と先輩は顔を見合わせる。それからすぐ、
「「…………ぷふっ」」
こらえきれず、噴き出してしまう。
「なんですか。もの寂しいとか、切ないとか言わせておいて……ちゃんとまだ、残ってるんじゃないですか」
「まったくだな。それも相当、自己主張の強い恋の花だよ、こいつは」
春アピールが強すぎるだろ、なんて。
言葉とは裏腹にどこか嬉しそうな先パイが、アイスに着地した花びらをそっと摘まみ上げ、胸ポケットにしまった。
そうして、大事そうにしまわれた桜を見た私は、
「ええ、まったくです。だから」
先パイの言葉を真似ながら――ぱくっ。
桜の花が乗っかっていた先パイのアイスを一口、おもむろに頂いちゃうのだった。
「こっちだって、負けるわけにはいきませんよね? 先パイっ」
「……いやいや、何に対抗してるんだよ」
「もちろん、構ってほしがりな恋の花に、ですっ」
呆れたように、先パイが眉尻を下げて笑う。
私もまた、つられてもう一度笑い出して、
――アイスを食べ終わったら、今度は私たちから、散りかけた春を集めに行こうかな。
そんな春の続きを、企んでみるのだった。
生意気系後輩は×○×○らしい。 柑 橘(かんたちばな) @end_start_zero
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