回想:生意気系後輩のつくり方


 思い出す。

 桜のつぼみがぷくっと膨らんで、すれ違う人たちもどこか明るい表情で。

 新年度、新学期、進級、入学――。

 そんな時期が、また来たから。

 私もまた、思い出す。


 一年前のこの季節。先輩とまた会えた、あの春のことを。 



     ◇     ◇     ◇



 一年ぶりに会った先輩は、死んだ目をしていた。


 なんでも、高校に入ってすぐ付き合った二つ上の先輩――先輩の先輩に、先月振られたのだとか。

 遠距離は嫌だから、と、本人からはそう言われたらしいけれど。

 ホントはオープンキャンパスで引っかけられたオトコの方に鞍替えしたっぽいよー、とは、入学して一週間経っていないにも拘わらずやけに情報通な同級生からの調査結果だった。


 バカですねぇ、と、私はぬるい溜め息を零す。


 ちょっと調べればすぐ足のつく、浮気紛いなことをしでかした先輩の先輩も。そんな相手に貴重な青春の一年を捧げてしまった先輩も。

 その愛憎劇の顛末を今更ながらに知って、苛立ちと同じくらい、安堵を感じている自分も。


 誰も彼も、みぃんな。

 おバカさんです。


 とはいえ、先輩が元々おバカさんなのは知っていたことだ。

 いつも真っ白な歯を見せながら笑って、同性異性問わず友達とふざけあって。

 お勉強はさほどできないくせに、運動が別段得意なわけでもなくて。

 それでも学校行事なんかの運営で繋がった先輩後輩とはすぐ打ち解けられるから、自然と周りからの人気もあって。


 喜怒哀楽で唯一「哀」だけ、お母さんのお腹の中に置いてきてしまったような。

 私みたいな根暗で日陰者の人間にも、能天気に絡んできては、無理やり陽向に連れ出してくれるような――愛すべきおバカさんだった。


 だから。


 先輩が一足先に中学を離れてから、一年。

 必死で一歩踏み出して、日陰から日向に近づこうと踏ん張って、やっとまた追い付くことができた、その先。

 そこにいた先輩が、喜怒楽すべてを喪っていた、なんて。

 私は絶対に、認めない。


 本当の先輩は、そんな暗闇にいちゃダメなんです。

 そんな辛気臭い顔で、つまんないトコでずっと立ち止まってるつもりなら、


「今度は私が、先輩を無理やり日向に連れ出す番です」


 だから。


 優しく声なんかかけてあげない。感動の再会でも涙を見せない。

 煽るように、くすぐるように――怒りでも疑いでも、感情を動かしてくれるように。

 いつかあなたが、私にそうしてくれたように。

 私はあなたと、再会してあげましょう。


 伸ばした前髪から、片目を覗かせる。

 慇懃に見せるべく、僅かに前傾姿勢をとる。

 耳から脳に沁みこませられるような、甘い声を喉に溜める。

 そして、



「あれあれぇ? そんな腐った目と死んだ顔で、別の人かと思っちゃいましたぁ」



 私はおもむろに、接近していく。

 無遠慮に、意地悪に、生意気に。


「――お久しぶりです、せーんぱいっ」


 大好きなこの人に、もう一度振り向いてもらうために。 



     ◇     ◇     ◇

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