生意気系後輩はばくばくらしい。
「どう……ですか?」
夕暮れ時の小教室に、私の声が響く。
声色には、期待と不安を半分ずつ込めて。
降ろした両手を、ぎゅっと握りしめる――祈るように。
答えは、すぐには返ってこない。
けれど、無音というわけでもなかった。私の心臓の音が、周りにも聞こえてるんじゃないかってくらい「ばくばく」と鳴り響いていたし、お返事の代わりには、さく、さく、と軽快な咀嚼音も響いていたから。
やがて、嚥下の音と、余韻を楽しむような吐息が零れたのち。
座っていた先パイは、満足そうな表情で、私を見返してくれたのだった。
「うん、美味い。本当に美味いよ、これ」
「――――よ、よかったぁ~……!!」
瞬間、一気に全身の緊張が解けた私は――へにゃへにゃ。
耐え切れず、直立状態から先パイの席の机へと倒れ込んでしまう。
早鐘を打つように鳴っていた心音も「すーっ」と落ち着いて、私の胸の中が、ぬるい空気で満たされていった。
そして、倒れ込んだ先には、いままさに先パイが食べているクッキーが。
そう――私がプレゼントしたチョコチップクッキーが、銀の包みごと置かれていた。
机に上半身をへばりつけたまま、私は顔だけを先パイへと向ける。
「ね、念のため聞きますけど、ホントに美味しかったですよね? お世辞じゃないですよね!?」
「もちろん、本心だよ。この三連休でお菓子作りをスゲー練習した話は聞いてたけど、正直、元々得意だったんじゃないかってレベルで美味い」
「しぇ、
「美味しいクッキーも出てるから至れり尽くせりだな。欲を言えばコーヒーとか出ない?」
「え、そこは可愛い私で満足するところじゃないです?」
まあでも。
そこまで「美味しい」と本心から連呼してぱくぱく食べてくれるなら、頑張った甲斐もあったというもの。
私としては、今年が、今日のこのバレンタインデーが、初めて誰かに手作りのお菓子をプレゼントした日なのだから。
正直、
『ああ、私は可愛さと頭の良さにスキルを全振りしたせいでお菓子作りの才能なんか無かったんだ……』
と己の非力さに打ちひしがれてそのまま不貞寝したりもしたのだけれど。
結局、可愛くて頭も良いなら別にお菓子作りくらい下手っぴでもいいか……なんて、半ば諦めの境地でラストチャレンジしたのが良かった。これまでに無くちゃんとしたものが出来上がったし、半分自棄になって作ったとあるものまで、しっかりと焼き上げることができたのだ。
先パイにあげるならこれしかない! とは思ったけれど、でもでも、まさかここまで喜んでくれるなんて。ほら、また一枚、先パイのお口の中に放り込まれていく。
「はぁ……しゅき……チョコチップクッキー……」
「俺初めて見たよ。バレンタインにプレゼント本体に告白するヤツ」
いいじゃないですか、先パイにはもうとっくにしてるんですから。
……しかたないなぁ。
「大好きなクッキーちゃんが、大好きな先パイにもっともっと喜ばれますように。萌え萌えきゅん」
「そんな遠回りな萌え萌えきゅん、あるんだ」
「でも、こうして見つめ合ってると本当に愛おしくなってきちゃいますよ。見てください先パイ、これが私たちの愛の結晶です」
「言い方。誰かが聞いてたら確実に誤解される言い方」
大丈夫ですよ。
ここはふだんの授業ではあまり使わない教室で、通常クラスからも離れた場所ですから。
なんて、机に寝そべったままクッキーの包みを「つんつん」していると、先パイが再びクッキーを一枚、取ってまた食べてくれる。
「まあ、ホントに美味いものは、食べて愛でるのが一番だろ」
「それは、一理ありますけど。私、週末に試作品を食べ過ぎちゃったんで、今回は見て愛でるだけにしておきます」
「なんだよ、見て愛でるって。じゃあ遠慮なく、全部食べちゃうけど――あ、もうラスト1枚だ」
「あはは。そんなに慌てて食べちゃったんですか? 先パイ」
よっぽど私の手作りが良かったんですねぇ、なんてからかおうとも思ったけれど、いまなら真顔で肯定されそうだからやめておく。
先パイは先パイで、「しまった。もっと味わって食べればよかった」なんて、少し残念そうにしていた。だから、
「……同じようなものでよければ、また頑張って作りますよ」
ちょっぴり恥ずかしかったけれど、私はそんなことを、口にする。
「バレンタインじゃなくても、先パイが喜んでくれるなら」
「マジか? そりゃ願ってもないことだな――――あ」
果たして、一段と弾んだ先パイの声が返ってきた。
けれど途中で何かに気付いたような声へと代わり、そのまま彼はこちらの包みに手を伸ばしてくる。
じゃあ、という続きが聞こえてきたのは、その直後で。
「次はこれで、作ってもらいたいな」
「? なんです、またチョコチップで良いなら――」
ようやく机から上体を起こして、再び先輩と近い視線の高さに戻る。
そうして見えた先パイは、嬉しそうにニヤついていて。
ハート型のチョコチップクッキーを、顔の近くに掲げていたのだった。
最後の最後で半ば自棄になって作った、とびっきりの愛おしさを込めたそれを。
「――――――――あむっ」
「え!? え、何、なんでそこでお前が食べちゃうの!? しゅきぴ!?」
……はっ、しまった。
恥ずかしさが先行しすぎて、気付いたら先パイの手にかぶりついてしまった。
ちなみにしゅきぴではないです。しゅきぴなのはアナタ。
「
「そういう問題かなぁ!? いや、次も作ってくれるのは嬉しいけどさぁ……!」
「――んぐっ。ええ、良かったです。じゃあ次も丸型のクッキーを」
「そこ! そこなんだよ問題は! 俺はあのハート型が食べたかったんだが!」
「あ……あれは勢いで作っちゃっただけなんです! だいいち、あれだけ作って渡したら、まるで私が先パイしゅきしゅきみたいじゃないですか!」
「いや。自分で言うのもなんだが、それはいつものことじゃないか?」
……確かに。
焼成してないだけで普段からハートは送りまくってますね、私。
「で、でもっ、それとこれとはまた別! なんですっ! 多分!」
「あー……わかった。わかったよ。そこまでまくし立てられたら、俺もただで食わせてくれとは言わん」
と、必死で私が弁明していると、先パイはどこか覚悟を決めたかのような顔つきになる。
そうして先パイは、「一ヶ月後だ」と短く言い放った。
「一ヶ月後。ホワイトデーに、とびっきりのお返しを用意する。
そこで満足してもらえたら、今度こそハート形のクッキーを食べさせてもらう……っていうのなら、どうだ」
「う……わ、分かりました。その勝負、受けて立っちゃおうじゃないですか!
私のジャッジは、先パイほど甘くありませんからね……!」
なんて。
いつの間にか、バトルの様相を呈してしまったけれど。
「いや、でも今日のクッキーは客観的に評価しても超美味かったって。
ありがとう、
「…………あの。来月の勝負は別にして、今日は私の負けでいいです、先パイ」
またしても心臓がばくばく鳴りだしてしまった私は、再び先パイの机に突っ伏して、ノックアウトされてしまうのだった。
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