生意気系後輩はふりふりらしい。
「なんか今日、街が派手じゃないか?」
きっかけは、そんな先パイの一言だった。
昼下がり、駅前にほど近い、全国チェーンのカフェ。
その窓際に近い席で、お買い物休憩をしていた時のこと。
よく晴れた窓の外をぼんやり眺めながら、先パイがそんなことを言ったのだ。
「街が、派手?」
「正確に言えば、街にいる人が、か? 妙に着飾った若者が多い、っていうか」
「あー」
なるほどなるほど。
つられて外に目を向けていた私も、その補足で理解する。
「それ、今日が成人式だからじゃないですか?」
地面が見えないほどにどっさり雪が積もった道路。そこを滑らないよう、そろりそろりと歩いていく人々の中には、コートを羽織ったスーツ姿、袴姿、振袖姿が何人も見られた。
間違いなく、これから近くで開かれる式に出席する、新成人の若者たちだ。
先パイも、ようやく合点が行ったらしい。もうそんな時期か、なんて呟いている。
いやいや。
正月明けで振袖来てる人たちが大量にいたら、フツーは気付きましょうよ。
先パイは、たまにこういうところがある。
ずば抜けておバカさんってワケじゃないのに、時々、妙に抜けているというか。
見ている景色は同じはずなのに、頭の中では全然、違うことを考えているみたいというか。
「寒くないのかな、あんな服装で」
ほら。
頬杖をついて、コーヒーを啜りながら呟かれた先パイの一言は、案の定、私が考えてもいないような内容だった。
でも、それを邪険に扱うほど、私はイジワルな後輩ちゃんじゃない。
どうですかねぇ、なんて、ホットラテのカップを両手で掴んだまま、私は答える。
「スーツの人たちは分かりませんけど、袴とか振袖は、意外とあったかいんじゃないですかね」
「そうなのか? あの人たち、コートすら羽織ってないぞ。いくら今日が天気良いとはいえ、俺なら死ぬ」
「うーん。和服って、良い生地だとめちゃめちゃ防寒性能も良いって聞きますけど。人生で一回きりのイベントなんですし、皆さん、大体は良いお召し物だと思いますけどねぇ」
そりゃあ、汗をかくほどぽかぽかってことは無いでしょうけど。
見れば新成人さんたちも、友達と楽しそうに話したり、一人でもどこか浮足立った様子だったりと、別段寒そうにしている人はいなさそう。
けれどもやっぱり先パイは、まるで自分が寒空の下に放り出されたみたいに自分の身体を抱きしめるジェスチャーをしてみせた。
「俺が成人式の時は、スーツに厚手のロングコート一択だな」
「さいですかぁ。んー、でもでも、私はちょっと見てみたいですけどねぇ。先パイの袴姿」
なんてことを言ってあげると、先パイはすぐにころっといっちゃう。
自分をホールドしていた腕の力を抜いて、満更でも無さそうな表情になる。
「そ、そうか? それなら、考えておくこともやぶさかではないけど……」
「あっは。楽しみですっ――袴に着られてる先パイの姿」
「はいもうスーツですぅ――!! 絶対パリッパリに折り目付いたスーツ着ますぅ――!!」
「いやまぁ、スーツも着慣れてないでしょ、先パイ」
「くそっ……こうなったら俺の成人式までに、何としても寝間着をドレスコードにしてやる……」
「どんな盛大なパジャマパーティーですか、それ」
本当にこの人は、からかいがいがあるというか、漫才しがいがあるというか。
私は今日も新鮮なキレ芸が見られたことに満足して、またホットラテを飲もうとカップを口に近付ける。
すると、
「ああ、でも」
そこまでトンチキなことを言っていた先パイは、ふと、何かを思い出したような声を上げた。
それからコーヒーカップを手に取り、揺らしながら、私へ顔を向けて、
「俺の代でパジャマパーティーにして、お前の振袖姿が見られなくなるのは嫌だな」
真顔でそう言って、ずず、とコーヒーを一口、啜って見せたのだ。
……………………。
「……………………ぶふっ」
「あっぶな! こら、微妙にラグってから飲み物を噴くな!! テーブルもお前の服も汚れてないからいいけどさぁ!!」
「げほ、げほっ……いやいや、突然ストレート球投げてきたのは先パイですからね!? あービックリした、ギャグやってるとこで急に口説かないでくれます!?」
「なんで怒られてるの俺!?」
だってだって。
あなた、普段は私がどんなにアピールしても、そういうことは言わない方でしょうに!
紙ナプキンで口元を拭き拭きしていると、先パイが懲りずにまた口を開く。
いや、あのな? なんて、言葉を選びながら、
「さっき外を見ながら、派手な――振袖の人たちを見て考えてたんだよ。あの服、お前が着たら似合うだろうな――っておいこら、驚愕の目つきのままよだれを垂らすな! ほらもっかい口元拭き拭きしなさい!」
「…………はっ。私としたことがお恥ずかしい姿を。って、何ですか、そんなこと考えてぼーっと外見てたんですか!?」
確かにさっき、同じものを見ながら全然違うこと考えてそう、とは思いましたけど!
まさか私の振袖姿まで想像してたなんて思わないですよ、フツー!
「いやいや、やましいことは何も考えてないんだから良いだろ! ただ、似合うとしたらオレンジか緑か赤紫か青かなとか想像してただけで」
「補色同士!! 肯定力が高すぎる!!」
あーもう!
私なんか、ちょっと未来のことを考えただけで「その時まで先パイと一緒にいられるのかな」とか「先パイが先に成人して、ココロの壁が出来ちゃったらどうしよう」とか、ちょっとナーバスめなことまで考えそうになるのに!
この人は当たり前みたいに、数年後も私と一緒にいて、私の成長した姿を見られるって、疑いもなく思ってるんですね……!
こうなったら、こうなったら、
「くうぅ、覚えておいてくださいね……」
「え、何。なんで急に小悪党感出してきてるのこの子」
「私がオトナなレディーに成人するその時には! とびっ――きりの振袖姿で、先輩のチンケな想像以上に可愛い私を見せてあげちゃうんですからねっ!!」
びしっ! と、音が出そうなくらい鋭く、私は先パイに人差し指を突き付ける。
対して先パイは、明らかに戸惑いながらも、
「お、おう。じゃあ、楽しみにしてるよ」
そう応えて、どこか嬉しそうな表情を返してくるのだった。
「実物は多分、俺のチンケな想像よりも、ずっと可愛いんだろうからな」
「なっ、ん、んぬぁ――!? なんですか先輩、なんで今日はそんなにオトナびてるんですか!?」
たかが一歳差。されど一歳差。
成人の日効果なのか何なのかは分からないけれど、明らかに普段より「年上」な余裕を出している先パイに――。
まだまだ「
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