生意気系後輩はぬくぬくらしい。
先パイは重度の冷え性さんだ。
「寒い……寒いというか痛い……」
ざくざくを雪を踏み抜きながら、隣を歩いている先パイを見ると――うん。
自分の身体を抱きしめるように回した手の指先が、食紅でも付けたみたいに「まっかっか」になっていた。
顔を見ると、目も、鼻の頭も、ほっぺも真っ赤になっている。
その姿は、なんだか今にも泣きだしそうな赤ちゃんみたいで。
かわいそうというか、愛らしいというか、
「先パイ、キュン……」
「なんで? なんでこの子は俺のピンチにときめいてるの?」
「ほら、よく言うじゃないですか。かわいそうはかわいい、って」
「いや、よく聞かないが? 少なくともかわいそうな当人にそれを言ったら怒られること必至だが!?」
「それなら結果オーライですね。頭に熱がのぼれば、寒さも紛れて一挙両得です」
「まったく紛れてないけどなぁ! 得どころか大損だけどなぁ!」
寒さで元気が無いかと思えば――ぎゃーぎゃー、わーわー。
先パイは相変わらずのテンションで、私にちゃんとツッコミを返してきてくれる。
人通りも車通りも少ない道だから、私たちの声はすごく反響して、日の沈みかけた夕空に溶けていく。
ところで、なんで冬って、他の季節よりも音がよく通って聞こえるんでしょうね?
――うん、そう。いまは冬。
12月中旬の、平日。
今年は全国的に、豪雪、厳冬な年末になるんだとか。
元々冬はハードモードなこっちの地方も、数日前から一気に冷え込みが来た。
のみならず、昨日、今日で街は一気に、雪景色へと変わってしまった。
私なんかは、乾いた空気のにおいや、肌をひりひりさせる風で、
『ああ、寒くなるなあ』
なんて思いながら、そうそうに冬支度を始められたけれど。
おかげでいまは、ウールの黒いピーコートに、プードル犬みたいにもふもふな白いマフラー。灰桃色の手袋までつけて、地味過ぎず、目立ち過ぎずな冬コーデ。外にいても、身体はぽかぽかあったまっていた。
まあ確かに、1、2週間前には夏もかくや、というくらい暖かい日もあった。ここまで急な気候の変化だと、適応しきれない人がいても仕方ない。
……ただ、それにしたって、先パイはあまりに軽装備だったけれど。
手袋は付けていないし、マフラーは巻いていない。
コートもなぜか薄手で、ウインドブレイカー? と思ってしまうレベル。
なのに、
「なのに、なーんで耳当てはちゃっかり装備してるんですかねぇ」
「耳は一番寒さに弱いからな。無防備なまま5分でも外に出てみろ。耳の中キ――ンってなって、最悪だからな」
「だからな、って言われましても。暴風の中ならまだしも、あんまり『耳キ――ン』は、なったこと無いですし」
「はっ。そうやって弱者は虐げられる運命なんだな」
「ええ……? なんで耳の話だけルサンチマン拗らせてるんですか、先パイ」
たまにこの人、私以上にメンドくさくなる時があるなぁ。
本気で機嫌を損ねたわけでは無さそうだけれど、それでも先輩は、引き続き拗ねたように口をとがらせている。
「お前が羨ましいよ。何日も前から防寒対策ばっちりで、おまけにちゃんと可愛らしく着込んでるときた」
「えっ!! 可愛い!? 先パイいま私のこと可愛いって褒めてくれました!?」
「……いや。かわ、かわ……あったかゎ~いい~って言った」
「誤魔化すの下手過ぎません!?」
とりあえず、私の中では「褒めてくれた」と理解して、先パイに1ポイント。可愛い私に10ポイント。
でも、まあ、
「よく『オシャレはガマン』なんて言いますけど、あれは嘘なんですよ。本当にオシャレがデキる子は、季節と自分に合わせたコーデをちゃんと見繕って、何かを犠牲にすることなんてしませんから」
そんなコメントをすると、先パイが上から挑発するような目線を向けてくる。
「ほう。まるで自分が『本当にオシャレがデキる子』みたいな言い分だ」
「ええ。そうですが何か?」
「即答かよ。いやまあ、いまのお前を見ていたら、とても否定はできないが。センスも良いし、防寒機能も良さそうだし」
…………おや?
そんな返しに、ちょっとだけ、違和感。
さっきは「可愛い」なんて口を滑らせたことを誤魔化していたのに、いまは素直に、私のことを褒めてくれたような。
ああ、でも、「素直に」褒めてくれたというよりは。
なんとなーく、どこか下心があったようにも聞こえたんだけど……。
と、考えるばかりで私が会話を続けないでいたら。
先パイがもう一度、口を開いた。
「本当。ばっちり着こなしてぬくぬくなお前が、羨ましいよ」
私はそこで、ようやく、気付く。
今日の先パイの、真意に。
「ああ――そういうことでしたか」
だから私も、そんな先パイに、応えてあげることにしよう。
にやにや、と、いつもの
首に巻いていたもふもふのマフラーを半分ほどいて、えいっ、なんておもむろに先パイの首元へ巻き付けて――。
むぎゅ、と。
マフラーを半分こした状態で、先パイの右半身に、しがみつく。
「先パイがしてほしかったことは、きっと、2つ」
驚いた表情を浮かべる先パイに、私は言う。
「1つはこうして、あったか~い後輩ちゃんに、くっついて欲しかったこと。いつもは素直じゃないクセに、今日はやたら、私の格好を褒めてくれてましたもんね?」
「そ、そんな遠回しに催促してたわけじゃあ」
「もう1つは」
どもる彼を遮って、私はその耳元へ、更に顔を近づけた。
もう1つは。けれどもその続きは、謎を解いた探偵みたいに答えるのではなく、
「――今年のクリスマスプレゼント。あったか~い防寒グッズ、楽しみにしててくださいねっ?」
極寒になるのは分かりきっていたのに、敢えて薄着をしてまで、私に要求しようとしていたこと。
それはきっと、欠けている防寒具を、私にプレゼントしてほしかったんじゃないだろうか。
なんてったって、いまは12月中旬の平日。
もういくつ寝ると、クリスマスがやって来る時期だから――。
「……気付かれたら気付かれたで、クソ恥ずかしいんだが、これ」
「あはは。自分から仕掛けたことじゃないですかぁ」
果たして先パイは、観念したようにそう自白して、空いた左手で頭を抱えていた。
見上げる先パイのほっぺはやっぱり真っ赤で、でもそれは、寒さのせいだけでも無さそうで。
「こ、こうなったら、とびきりのプレゼントを期待してるからな、後輩!」
「えぇー? ってことはその分、そちらからのプレゼントも、期待しちゃって良いんですよねぇ?」
「うっ……! の、望むところだっ……!」
「あっはー。っていうか先パイ、いまの状況も充分な贈り物になってるってこと、忘れないでくださいね?」
むぎゅむぎゅ。半身を押しつけながら、私は更に反応を楽しんでいく。
あまりにくっつきすぎたせいで、先パイ以上に、私の方があつくてあつくて仕方ないけれど。
「ほーらっ。ぬくぬくな後輩は、いかがですかぁ~?」
「わ、分かった! もう満足だから、あっつあつだから!」
「やんっ。私とラブラブでアツアツだなんて、自分で言わないでくださいよぅ~!」
「言ってないが!? っていうかなんかホント、色々な意味であっついんだが――!?」
流石に先パイが可哀想だから、いまはまだ、ナイショにしておこうかな。
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