生意気系後輩は×○×○らしい。

柑 橘(かんたちばな)

生意気系後輩はふかふからしい。

 先パイはムッツリスケベさんだ。


「大ニュースですっ大ニュースですっ」


 だから、ほら。


「私、またブラのサイズが上がっちゃいました! どうしましょう先パイ……!」


「その報連相、俺に要るかなぁ!?」


 ちょっとセンシティブな話題をぽーん、とパスしてあげると――うんうん。

 あっという間に、耳が真っ赤になってしまう。


「っつーか、休みの日に呼び立てて何かと思えば、買い物に付き合えって。しかもお前、男のオレを引き連れて下着屋に行くか? 普通」


 駅ビルの三階に入っている、若者向けのランジェリーショップ。

 買い物の途中でお店の外に出てしまった先パイと合流した私は、だって、と会計を済ませたばかりの買い物袋を掲げて見せた。


「先パイ、最近オシャレさんになるために色々勉強してるじゃないですかぁ。それならぜひぜひと、私の服選びで実戦演習! 的な感じで、経験値稼ぎをさせてあげたくてですね?」

「うん。先輩思いの健気な後輩♡ みたいな言い方してるけど、お前のブラを選んだところで俺のファッションセンスは1EXPも上がんないからな?」


 ひょい、と買い物袋を取って、先パイは先に歩き出してしまう。ほっぺと耳の赤さを隠すように、右の手でわしわしともみあげの上あたりを掻き撫でる姿がちょっぴり可笑しい。

 私も、その後を追いかけて小走りをしながら――にやにや。


 ほんと、打てば響くようなリアクションですねぇ。


「でもでもぉ、普段は入りたくても入れないお店に入れたのは、貴重な経験でしたよね?」

「『普段は入りたくても』って言うな。虎視眈々と入店の機を伺ってたみたいに言うな」

「下着屋に入らずんば下着を得ず、とはよく言ったものですけど」

「得たのはお前だけだし、故事成語に最悪の改変を施すな」

「まぁまぁ、先パイだっていずれとびきりステキなわた…………彼女が出来て、プレゼントを送ることもあるでしょう。服とか、タイツとか、下着とか。ねぇ?」

「ねぇ? じゃないんだよな。異性へのプレゼント選びにおける悪手中の悪手だろ」


「あ。ちなみに私のサイズはEからFになりましたので」


「えふっ……えふ!?」

「FukaFukaのFと覚えて帰ってください」

「否が応でも覚えなければならない覚え方を刷り込まれた……!?」


 なんて。


 どこに向かっているかはお互い言わず、けれども自然と、帰り道を選びながら。

 私は先パイをいじり、先パイは理想通りの反応を返してくれる。ただただ、私得な時間が過ぎていった。

 集まった時間がそもそも遅かったから、お日さまはすっかり西に沈みかけていて。十一月らしい薄寒い風が、背中側からぴゅう、と吹き付けてくる。


「って、やっぱり夕方になるとだいぶ寒くなるな」

「ええ。先輩、私のFukaFukaなおっぱいで温まりでもしますか?」

「そうだなぁ――ってするかよ!! え、ビックリした何いまの。この後輩、自然な流れでスゲーこと言い出したよ?」


 普段は眠たそうな糸目の先パイが、珍しく隣で目を見開いている。

 ほんと、期待通りで、ウブで――可愛い反応。

 だから私は、


「だってだって、先輩には今日一日、付き合って頂いちゃいましたから。それに、クエストをクリアしたら、EXPポイント以外にも報酬があるもの……でしょう?」

「今日はヤケに擦るなぁ、経験値ネタ……」

「こないだ先パイに勧められたゲーム、ハマっちゃったんです。

 ね。どんどんレベルアップしてるんですよ――ゲームのキャラも、私の魅力も」


 ここで一気に畳みかけちゃいましょう、なんて。

 さらに大胆に、先輩の耳元に顔を近づけて、


「先パイだって、今日はチラチラ見てたでしょう? 私の、おっぱい」

「な、っ……」

「二人でお店に入った時も。私が走ってきた時も。ふふっ……ね? だから、ほら」


 私のここ、あったかいですよぉ――?


 これで、慌てふためく先パイが見られれば、今日のからかいは大成功。

 もし万が一、その気になられちゃっても――――うん。違う意味で、大成功だ。

 さあさあ、どう出ます、先パイ――、



「……そういうことは、あんまり気軽に言うもんじゃありません」



 と。

 返ってきた反応は……私の頭の上に、手を置く行為で。


「へ」


 離すわけでも、まして近づけるわけでも無く。

 先パイはその手で私の頭を、ぽん、ぽん、と、二度ばかり軽く叩いてきたのだった。


「あー……その。チラチラ見てたのは、返す言葉も無い。状況が状況で、色々意識しちゃったのも、事実だよ。

 けど、っつーか、だから! 男ってすぐ勘違いするし、ムッツリだから、あんまり煽らない方が良いぞ、みたいな……な?」


 至近距離。

 どちらかがバランスを崩せば、おでこか、もしくは別のところがぶつかってしまいそうなほど近くで、先パイはそうはにかんできた。

 恥ずかしがるわけでも、その気になるわけでも、怒るわけでも無く――私を優しく、たしなめてきた。


「な、な、な」


 完全に、想定外だった。

 ちょっと冷静になれば、「私がこんなことするのは、先パイだけですよ?」なんて、反撃することだってできたはずなのに。

 現実の私はというと、先パイの手のひらが乗っかったまま、ゆっくりと離れて――


「せ、せ……」

「せ?」

「……先パイのクセにお説教なんて、生意気ですっ!!」

「いやいや、普段生意気なのはどっちだよ」

「な、なんですかなんですかっ! 生意気な乳に育ちやがってグヘヘとか、そういう意味ですかっ!!」

「はぁ!? 態度だよ、態度のこと! お前、言ったそばからにすぐまたそういうことをっ」

「や、やーいやーい! 先パイのムッツリ! ムッツリスケベー!」

「おかしくない!? なんで俺、この流れで急にディスられてるの!?」

「もう泣いて頼んできても、触らせてなんてあげないんですからねー!!」


 そう、捨て台詞を吐いて逃げ出すしか無くて。

 先パイみたいに、耳まで真っ赤になってたかどうかは、自分ではわからないけれど。


 寒かった身体は、温かいどころじゃなく――もうすっかり、熱いくらいに火照っていたのだった。


「おい、待てって! 先に帰ろうとするな、この買い物袋はどーするんだ!!」

「あ゛――ッ!! もーっ、先パイの、ムッツリスケベさんめ――!!」

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