素敵な腐れ縁の話
とってもダメな生徒がいる。
成績は悪くないものの、自分の予定の管理ができない、典型的な中学生ダンスィだ。忘れ物もするし時間は間違えるし、とにかくなんだか手がかかる。僕はそいつの担当で、なにかにつけて面倒を見ているのだ。
その子は、日本にある校舎から転校してきた。その校舎は[僕が初年度いた校舎]で、僕を育ててくれた人達がいるところだ。一年目、何をすべきかどう立ち回るか、何も見えていなかった所を、こんなに育ててくれた場所で。最高のチームで戦えた所。そして、ほぼ初めてと言っていいくらい、僕が人を好きになった場所。
そして、その子の担当は、その人——僕が愛して愛されて、結ばれることのなかった人——だった。結ばれなかった理由? それはいわゆる[その家の事情]ってやつで。書きにくいから、その人のことはO先生と書くことにする。ともあれ、もの凄い凄腕の講師だった。あんなに安心して横の担当でいられるのは、あの人と、もう一人翌年の上司くらいのものだった。
実は、O先生とは、直接会った時期と、名前だけ知ってた時期がある。物凄く長い、腐れ縁なんだろう。
顔を合わせたことこそなかったものの、アルバイト時代の別の塾でも同じ校舎にいたらしく、同じ生徒をたくさん教えていた。記録中で会話していたし、互いに凄い奴がいるもんだなぁと感じていたらしい。
勤務地から家に帰る道すがら、その時代の塾が見えるのだけど、電車で「そういえば、あの塾でバイトしてたんだよね」「俺もだよ」ってなり。コントかな?と思うくらい驚いた。前世になんかあったのかといわんばかりの縁の深さではある。
5年くらいの付き合いの最後、O先生と最後に会ったのはいつだったか……。僕も吹っ切れたのを自覚していて、爽やかな気持ちでいっぱいだった——ときに、その子は転校してきたんだ。忘れていた春を告げる渡り鳥のように。
懐かしいなぁ、と思いながら日本の校舎の話を聞いていると、何度もO先生の名前が出てきた。活躍してるんだなぁ相変わらず、とほっこりしていたら、
「O先生が、伝説みたいに話してた先生がいるんですよ」と生徒は切り出した。
「入社したてでO先生の横担当(※同じクラスを受け持つ別科目担当)になって、校舎新記録を出して他の校舎に行った人で。最強の相棒だったって。そういえば、先生はなんか、O先生に似てますよね」
……まさか、生徒はその先生が僕だなんて知らないだろう。そりゃあ似てるさ、僕に色々叩き込んでくれたのはその人なのだから。なんなら月曜から日曜まで毎日一緒にいたし(もはやデートとかではなく普通に仕事でも)、通勤も一緒だったし、笑ったし喧嘩もしたんだから、癖すらうつるってもんだ。
それにしても。
忘れられてなかったっていう安堵感と。O先生は先に進めていないのだろうかという心配と。いまでも、あなたに並び立つ人は僕だという誇らしさと。
忘れた頃にというか、吹っ切れた頃にひょっこりO先生の記憶は顔をだす。生徒を通じて、記録や記憶を通じて。その度に僕は、懐かしく愛おしい記憶を、古いアルバムでも眺めるように見つめ直す。この先僕が誰かを好きになったとしても、申し訳ないがこの人のことは忘れられそうにない。
そうだな——うん。愛していたし、尊敬しているって表現が適切か。今はもう、アルバムのいちページになってしまった感があるから、人と人のつながりとしては完結しているけれど。腕ではきっと、尊敬し続けることだろう。
生徒はそのうち、その校舎に帰る。それ以外にも、何人かそこの校舎に送ることになるだろう。受験に向けて。そのときに、僕は海外でしっかり腕を振るってますよって伝わるように、ちゃんとこの子達を送り出そうと思う。
ダメダメなところもある子だが、まあ、仕方ない。僕はしっかり守ろうじゃないの。なんなら良くして返そう。
素敵な腐れ縁はまだまだ続きそうだ。
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