ブランブランは死んだ

 去年の夏頃、この家のちびっ子が芋虫を捕まえてきた。名前はブランブラン。そうそう、僕はシンガポールに住んでいる日本人で、現地民の家の一部屋を借りて住んでる。父母娘が二人、そしてメイドさんの大所帯だ。

 その芋虫、葉っぱを与えてプラスチックのボトルの中で飼っていたけれど、昔いろいろ飼っていた僕からするとツッコミどころが多かった。

 密封しちゃダメじゃね?

 枝入れなきゃダメじゃね?

 乾燥させすぎじゃね?

 いやいや、全力で振り回すとか論外でしょ、とか。ママさんには伝えたけど、理解してもらえなかった。「大丈夫大丈夫」と。サナギになり、羽化が間近になってサナギから蝶の羽の模様が見えた。正直僕は鱗翅目が大の苦手で、それだけでもダメだったのだが。数時間後に背中が割れて、縮まった翅が出てきた時、ママさんに言った。

「枝を入れないとダメだ、羽が伸ばせなくて死ぬぞ」と。

 だが……。

「大丈夫、羽は自然に伸びるものだから。枝なんて入れなくてもいずれまっすぐ伸びて飛べるようになるんだよ、日本人は知らないの?」

 知らないの、って、阿呆はそっちだ馬鹿野郎。そんな不安定なプラスチックのボトルで捕まるところもなく、よたよたしてるじゃないか。翅の重さに耐えられなくて何度もひっくり返ってるのに、何もわからないのか?

枝、もしくは葉っぱでもいいから足場を……と何度も言った。ちびっ子2人は、無知蒙昧な日本人をみてクスクス笑っている。日本人の英語の発音がと彼らはいうが、彼らの映画は中国語訛りだからな!?

 と、そうこうしているうちに、翌日ブランブランは死んだ。

 ニコニコ笑って、7歳の姉は言った。

「ブランブラン、どうなったとおもう?」

 嫌な予感はしたけれど、僕は「蝶々になった。飛んで行ったんじゃないか?」と言った。4歳の妹は、ケラケラ笑いながらこっちをみて、

「ううん、死んだよ!」と告げてきた。

 それまでは、この子達とそこそこ仲良くするつもりだったのだけど、僕の中で何かが閉じた。

 命、なんだと思ってんだ?

 それが虫だといえど、一時期自分達で拾ってきて、飼ったわけだろ? 飼ってたものが死んで、笑ってる。意味がわからない。

 数年前に、20年大事にしていたクサガメが死んだ喪失感を知っているからこそ、僕はこの子達が理解できなかった。そして、それについて説かない親にも辟易した。この人達とは感覚が違いすぎるな、とはっきりと感じて、そのあたりから距離を取っている。たぶん本当の意味で「引いた」瞬間だった。


 そんな彼女達が、小さいミドリガメを2匹買ってきた。見た感じ生まれて1ヶ月くらいだと思う。とても可愛いミドリガメが、タライに2匹。足場はあるけど日陰が水の中にしかない。深夜でも爆音でオーナーが音楽を聞いていて、ひっきりなしに暴れてる……。

 この家のことだから、どれだけ長生きするか、大きくなるかなんて考えていないのだろうと思うと、怒りが込み上げてきた。こと大好きな亀についてだからだと思うけれど、無責任さに吐き気すらする。

最近僕がそっけない、というか接触を絶っているのを7歳女子は非常に悲しんでいるらしい。僕が一緒に買い物に行かないだけで泣き叫び、家族の買い物時間がお葬式もかくやとなった話は、何度も聞かされている。7歳だからと放っておいているが、I Love you までは言われているから……もしかしたら僕の気を引くためだけに買ってきた可能性すらある。それだったとしたら物凄く逆効果だということにも気付いていないことだろう。

 あんなに……あんなに暴れているのに見向きもしない。訴えてるんだよ、眠いから暗くして欲しいって。影を作ってくれって。大きい音ださないでって。

 オーナーが爆音で音楽を流し、煌々とついてる電気の下で、小さいカメが暴れてる。

 

おい、忘れるなよ? ブランブランは死んだんだぞ? あなた達の無知で。二の舞にだけはしないで欲しい。


 そして最大の怒りは、この小さいカメ2匹を救うためにこの家にいることを決めるわけもなく、この家族から離れたいためにおそらく見殺しにする自分に向かっている。

 去り際に助言はするし、いる間は気に留める。だけれど、それを汲む家ではないことも分かっている。連れて出るわけにも行かないから、本当に……本当に、カメさん、ごめん。

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