スイートガンナー④
弾はフレジエの顔面に当たって砕けた。彼女が砂糖に視界を奪われているすきに、ハニーは床を転がって自動拳銃に飛びついた。
実弾はフレジエのはるか頭上を飛んで行った。
「照明を狙ったの? おばかさんね」手で目元を払いながらフレジエは言った。「あれは二か所で固定してあるから、そうそう落ちないのよ。ドラマじゃあるまいし」
「だろうな」
ちぎれたケーブルの片端が、振り子のように振れて落ちてきて、フレジエの肩に触れた。
バシッという音と共に、サイボーグ女の体が激しく痙攣した。手足に走る小さな稲妻がハニーにも見えた。ひとたまりもないだろう、ステージ用の照明だ、たとえ全身機械でなくとも、桁違いの電圧に耐えられるわけもない。
感電したフレジエは棒立ちになった。足払いで簡単に倒れる。
銃口をフレジエの目に押し付ける。残りの二十五パーセントは脳みそ込みか? まとめてスクラップにしてやる!
手の中の銃がはじけ飛んだ。
客席から、煙立つ銃を手にしたカシスがにっと笑った。
「引きませんか」
ハニーは目をすがめた。
「お互いこのまま続けるのはよくないでしょ」
「そっちだけだろ」
「どうっすかね」
カシスはあごをしゃくった。サイレンの音が近づいてきている。
黙っていると、カシスはそろそろと近づいてきた。ハニーがフレジエから離れると、銃口を下ろし、彼女の体を抱きかかえて歩き出す。
「続きはまた今度ってことで、いいっすよね」顔だけで振り返り、ぺこりと頭を下げた。「おつかれさまっす」
去っていく殺し屋姉弟が視界から消えるまでにらみつけていた。いなくなったとたん、撃たれた肩が猛烈に痛み出した。手も、腹も、頭も痛かった。右足は感覚がなかった。動かしてみる。義足は下で引きずられるだけだった。
左足一本で身体を支えながら、ハニーはステージを降りて、チョコレートミントのもとへ向かった。
病院から戻り、部屋に入った瞬間、ボスがものすごく怒っているということがわかった。子供とは思えないほどの気圧されそうなプレッシャーを放ちながら、メルバがデスクの前に腕組をして立っていた。
「待って、ボス」ミントはボスがなにか言う前に言った。「さっきも言ったけど、ちょっとぶつけただけだって」とパラソルに激突してできたたんこぶをさすった。「平気だよ」
メルバの冷たい目はミントすらも容赦なく射抜いた。「きみは外に出ていろ」
すごすごと後ずさってチョコレートミントが出ていくと、部屋にいるのはハニーとメルバのふたりだけになった。ハニーは右足を引きずってオフィスを渡り、メルバの前まで行った。
無言のメルバの前で、ハニーは口を開いた。
「申し訳ありませんでした」
「なにに対する謝罪だ」
「ミントを死なせるところだった」
もっといい方法があったはずだった。最初にきっちりカシスを行動不能にさせておくべきだった、どんな状況だったとしてもミントから目を離すべきではなかった、相手が不死身に近いとわかった時点で自分も逃げることを選択するべきだった、相手をあなどった、近接戦闘において後手後手に回った、そもそもビーチに行くべきじゃなかった……。
「ビターを逃がした。ミントにけがまで負わせた」
「まあ、そうなんだけどさ」メルバは目のあいだをつまんだ。「あれは……ミントは自分から浜辺に戻ったんだ。けがをしたきみを心配して。きみがミントの身代わりになって撃たれたからだ」
「………」
「すごく不思議なんだけど。なぜ自分から弾に当たりに行ったんだ」
「それが仕事です」
「防弾衣は着てなかったんだろ」
「それがボディガードの――」
「そうじゃない!」突如メルバが大声を出した。「きみはなにもわかってない! なぜぼくがなりゆきとはいえきみを受け入れていると思う? ミントのお気に召すボディガードが今までいなかったからだ。彼女が自分で選んで連れてきたボディガードだからだ! 考えなかったのか、きみが死んだら、だれがミントを守る? もしきみが最初の弾で死んでいたら、彼女だってその場で殺されてたんだ! そのあとのことだってそうだ! ミントはきみの死後のこのこと殺し屋の手に飛び込んでいくところだったんだぞ! もちろんミントの危機意識にも問題がある。でもきみのほうがより危険だ!」
メルバは大股でハニーに近寄ると、手をめいっぱい伸ばしてハニーのえり元をつかんで引き寄せた。
「ここは軍隊とは違う」ボスの目は水色だった。「民間軍事会社でもない。きみの後ろにひかえている兵隊はいない。任務を放棄するな! きみの代わりなんかいくらでもいる、だが、少なくとも、すぐには用意できない! それを心にとめて仕事しろ」
その言葉はふたつのことをハニーに教えた。まず、たしかに自分はなにもわかっていなかったということ、もうひとつは、メルバは的確に自分の間違いを指摘しているということだった。そういう人に言うことはひとつだった。
「はい。ボス」
メルバが手をはなすと、ハニーは少しよろめきながら体勢を直した。
「ミントのほうにもぼくからよく言っておく。それでいいか」
「はい」
それでお叱りは終わりだった。
ちゃんとミントを守れるようになりたい、とハニーは思った。人間関係の損得や、ボスに気に入られるとか気に入られないとか、そういう話を抜きにして、これだけはきちんとやりたいと思った。チョコレートミントは味方だ。最初からそうだった。味方だったのに……。
「で」メルバの視線が下に向く。「なに、その足」
「あ……これは」そうか、ボスは知らなかった。「その……火星で……」
「座れ」メルバはぶっきらぼうに言って、デスクのいすを転がしてよこした。「動かないのか?」
「右は。はい」
「見てもいい?」
「え」
「だめか?」
「いえ、どうぞ」
メルバはしゃがんで義足をまじまじと見た。動く左と動かない右を見比べる。
「痛い?」
「……いえ」
右足のひざに走る亀裂に目を走らせ、メルバは数度うなずいた。「修理の当てはあるのか?」
「一応は……少し遠いですが、なじみの義肢装具士がいて」
「ぼくもついていく」
「はい?」
「ていうか、なんでもっと早く言わないのさ!」再びメルバが叫んだ。「うわあ、なんだよこれかっけえな……こんなの見たことないぞ、筋電義足なの? 武器とか内蔵してる? いや、いやそれ以前に、保険とかさあ……ちくしょう、ポピーは知ってんの? ミントは? なんでもっと早く言わないの? すげえ、超クールじゃん! きみサイボーグなの? 早く言えよ、ばか!」
「すみません」
疲れて回らない頭ではそう答えるのがやっとだったが、どうやらクビはまぬがれたようだということはわかった。
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