第34話 グレイス戦(上)
アイギスとヘイズが相討ちになり、ハルナが去り、キラが消えて、《ゴースト・アリーナ》に残ったのは俺とランマルとグレイスとスワローテイルの四人だけになった。
少し寂しくなった闘技場の真ん中で、自称司会のスワローテイルが叫ぶ。
「さて、お次も因縁の対戦カード、グレイス対ミラ! まあ、皆さんミラのことは世界大会などで割とよく知っていると思いますから、グレイスの方だけ紹介しましょう。そもそも、この場に残っている四人は、《WHO》内で《ピアニッシモ》というギルドを組んでいたのですよ。名前詐欺だの何だの言われながら、何か色々畏れられていた我々はまあ、少し前の無双試合を見ても分かる通り、多くの人々をちょっとアレしてしまったわけですね。そして、我々の代名詞とも言われるトレインレベリングの要こそが、ミラとグレイスなのです!」
スワローテイルに視線で合図されたため、《富士山》を出す。
ほぼ同時にグレイスが《エベレスト》を出した。
「この二つの長距離武器を擁する我々は、デスゲームである《WHO》の中でも、トレインレベリングという一つのミスが命取りになる狂気の所業を繰り返していたわけですよ。まあこのトレインに轢かれちゃった人も何人かいて、別の大手ギルドからめっちゃ怒られたのも、今思い返せば良い思い出ですね」
一度言葉を区切って、
「この対戦カードは、《WHO》がクリアされてから特別に実施されたものなので、客席の《WHO経験者》の皆さんも見たことがないでしょう。異次元の間合いの戦い、その眼に焼きつけてくださいね!」
届いたデュエル申請に許可を出して送り返す。
「グレイス……今回も勝たせてもらうよ」
「あらあら、前回使った手が通じるとは思わないことですね。全ての迷いが消え去った私の槍は一味違いますよ」
そう言いながら、お互いに武器を構える。
普通の戦闘とは間合いが違うので、武器を構えた時点で、既にお互いの武器同士が触れ合っていた。
《WHO》時代のラストバトルでは、グレイスが《エベレスト》を収納し、いつでも奇襲を掛けられる状態で戦闘がスタートした。
そのため、相手の初撃を警戒しなければならなかった。
しかしながら、今回はそこまでの殺意がないのか、それとも、この《ゴースト・アリーナ》の雰囲気に乗せられているのか、お互いに武器を出したままである。
カウントダウンが完了すると、一気に距離を詰めにいく。
「甘いです」
横から迫りくる《エベレスト》を受け止め、まだ走る。
「頃合いか」
ある程度まで距離を詰めたら、相手の攻撃に合わせて《富士山》を地面に突き立てながら棒高跳びの要領でジャンプする。
世界大会でも使った技だ。
前回の勝負で決め手になった技を早々に再現する。
さあ、どう対処されるのか……。
グレイスは冷静に一回バックステップして槍を振り上げてきた。
空中で攻撃を受け止めると、槍に掛かった遠心力によって遠くまで吹き飛ばされた。
「同じ攻撃が再び通じるとは思わないでくださいね? 私、今まで何度もAI相手に戦って鍛えてきたのです。……あなたに見くびられると、私が一番悲しいので」
完全に仕切り直しである。
ニコリと笑ったグレイスがかなりのスピードで迫って来る。
「意外と速いな……だが、この場所は割と戦いやすくて助かる」
壁際の方に移動しながら、グレイスの攻撃を捌く。
相手が一度槍を身体の方に引き付けた瞬間、俺の背後にそびえていた闘技場の柱に《富士山》を突き刺し、空中に飛ぶ。
空中で回転しながら、再び自分より高い位置に《富士山》を刺して更に高くまで登った。
観客席がとても近くに感じられる。
「ミラ、引退しろ!」
「この人殺し!」
「あれだけ人殺しているとか、予想以上のサイコパスで草」
アンチの皆さんが予想通りの言葉を投げかけて来る。
そいつらに笑みを見せながら、横目で、迫る《エベレスト》の軌道を読み取って避ける。
まだ相手との間合いには少し余裕があるけど、真下まで来られたらここも危ないだろう。
そういうわけで、先ほどと同じことを繰り返して柱を更に登る。
ここまで来れば流石の《エベレスト》も当たらない。
壁に突き刺した《富士山》にぶら下がりながら安堵の溜め息をつく。
「試合を長引かせる気か、このチキン!」
アンチは意外と核心を突くのが上手いな。
その通り。
小春さんが来るまでは、この試合を出来るだけ長引かせておきたいと考えていたところだ。
「おやまあ、これは困りましたね」
「幽霊らしく空を飛ばないと俺には勝てない、ってここに来た時に言ったはずだぜ?」
「まあ、空ですか……」
少し寂しそうな表情を浮かべてからグレイスが俯いてトボトボと柱から離れ始めた。
何だ?
俺が降りるのを待つつもりか?
それはそれで好都合だが……。
近くの観客席にいた人が話しかけて来た。
「やあミラ、今日のバトルも最高だな! それにしても、最近配信をしていなかったから心配しちゃったじゃないか。早くそっちも再開してくれよ。まったく……こんな勝負、お金を払ってでも見たいぐらいなのに配信しないだなんて勿体ないよ」
アバターの喋っている内容と口の動きが一致していない。
つまり、この言葉は《ヴァーチャル・アーク》が勝手に翻訳した言葉ということであり、珍しく俺に激励のメッセージを送ってくれているプレイヤーは、どこかの外国人ということらしい。
「そりゃどうも。今日のバトルは相手が相手だから、今までで一番派手になるさ。楽しんでくれよ」
と言って微笑みかけた時、視界が一瞬陰って、何かが視界の端を高速で移動していったことに気付いた。
反射的に見上げると、そこには《エベレスト》を持って跳躍しているグレイスの姿があった。
あれはどう見ても槍の基本技《ジャンプ》だ。
しかし、高度が異常に高い。
普通の槍ではあそこまでは飛べない。
ひとえに《エベレスト》の成せる技である。
「空を飛べとは言ったが、そこまでしろとは言ってないんだよなぁっ!」
ぶら下がったままの身体を振って勢いをつけ、空中でグレイスを迎え撃つ。
「逃げてばっかりなんて、らしくないわね、ミラちゃん!」
「逃げているんじゃない。待っているんだよ」
上から抑え込まれている状態のまま地面に着地すると、相当なダメージを覚悟しなければならない。
そういうわけで、空中で構えをとってこちらもスキル技で対抗させてもらう。
「吹き飛べ!」
刀を振り抜くと、相手を飛ばした反動で俺も柱の方に吹き飛んだ。柱に着地し、刀を突き立てながら、身体を安定させて壁を走る。
「おー、私の《甲子園球場でもサッカー出来そうなスパイク》がちゃんと機能しているみたいで嬉しいよ!」
観客席からデニールの言葉が聞こえて来た。
そう。
この靴は、この試合のためにわざわざデニールに頼んで作ってもらったものだ。
振り返ると、手を振っているデニールと、俺が壁に刻んだ足跡が見える。
足のグリップ力と武器を壁に刺した時の安定感を活かして、このように壁を移動することが出来るわけだ。
「ヒューッ! ジャパニーズ忍者!」
「ハラキリー!」
このように海外勢からもウケがいい。
ハラキリとか言った奴がアンチなのか、それしか知らなかったのかよく分からん。
まあ日本人ゲーマーも、半分ぐらいはキル、デス、ファックぐらいしか英単語を知らないという印象があるのでどっちもどっちだ。
そういう事を考えていると、小春さんからメッセージが届いた。
「ようやく来たか……」
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