第33話 (キラ視点)超えるべき壁

 ミラとランマルから場を任された私は、ヘイズのアバターに向かって足を進める。


「おや? 君は《WHO経験者》じゃないね……自己紹介してもらってもいいかな?」


 自称《ゴースト・アリーナ》の司会、スワローテイルから声を掛けられた。

 ミラから聞いていた通り、自由奔放な人だ。


「私はキラ。ギルド《NN(Next Navigators)》所属。つまり、ミラと同じチームに所属しているプロゲーマーよ」


 目の前の女性が試すように笑う。


「なるほど。プロか……。プロを名乗る人が何人もここに挑んでは散っていきましたねぇ」

「私はミラからこの場を任されたの。簡単には負けないわ。それに、この人ミラより弱いんでしょ? 私、ミラを倒して引退させることが目標だから、こんなところで負けられない」

「あの子を倒す? アハッ! 意気込みは良いですね。でも、相手はAIとはいえ《WHO》の英雄、ヘイズですよ?」

「結果がどうなるかなんて、やってみないと分からないでしょ!」


 そう言うと、会話を理解するどころか空気を読む機能まで備えているのか、タイミングよくヘイズのアバターがデュエル申請を送って来た。

 迷わず許可を出す。


 私とヘイズにはほとんど接点が無いため、あまり喋るような内容も無い。

 ただ、沈黙の中でカウントダウンの数字が減っていくのを眺める。

 片手剣を構え直しながら、今までのヘイズの戦いを記憶から呼び起こす。

 今日だけじゃなく今までにも何度かヘイズが《ダブルウエポン》で戦っている場面を見てきた。

 もしヴォルフ先輩だったら、さっきまでの試合だけでヘイズのことを分析し切っていたかもしれない。

 でも、私にはそこまでの芸当は出来ない。


 だけど、確かな事が一つだけある。

 それは、盾があれば《ダブルウエポン》相手でもそれなりに勝負になるかもしれないということだ。

 そういうわけで、アイテムボックスから課金ガチャ限定で排出される最高レアの盾を呼び出す。

 盾を使ったことがないわけではない。

 むしろ、《YDD》を始めた直後などは盾が手放せないようなプレイヤーだったのだ。

 最近使っていなかった程度だから、少し使えばすぐに勘を取り戻せるだろう。

 身体の半分程度を隠せる程度の大きさの盾を握りしめ、戦闘に備える。


 デュエル開始直後に、ヘイズのアバターが突っ込んできた。

 さっきのアイギス戦で見せた剣とハルバードではなく、二本の剣を構えている。

 恐らく、双剣を使っている普通のプレイヤーたちの動きから学習した成果も取り入れる狙いがあるのだろう。


「悪いが、すぐに決着をつけさせてもらう」


 どうやら、人を斬ることに対して多少の罪悪感を持っているらしい。

 そんなことをおくびにも出さずに的確に弱点を抉りに行くミラに比べれば、まだ脅威たりえない。

 盾でリズムよく二つの剣を受ける。

 相手のステータスが高いのか、普通の攻撃なのに、一撃一撃がかなり重い。


 だが、相手の動きを見ればちゃんとガード出来ている。

 数回繰り返していると、痺れを切らしたのか、相手の剣が二本同時に光った。


 つまり《ダブルウエポン》のスキルによる技が来る合図である。

 双剣で発生するどのスキルとも出だしの動きが違う。

 多少横に動きながら攻撃を受けるが、相手もこちらに合わせてちゃんと移動してくる。

 なるほど、足の動きまでシステムで規定されるタイプの技ではないようだ。

 わざと吹っ飛ばされるように軽く剣を受け止めて距離を開ける。

 このまま硬直時間が来るまでヘイズとギリギリの距離を保ち続ければ、確実に勝てる。

《ダブルウエポン》だか英雄だか知らないが、一対一ではそれほどの脅威ではなかったのかもしれない。

 相手のスキル技が終わったのか、二本の剣から光が消えて動きが止まった。


 これは勝てる。


 一気に近付くと、ヘイズのアバターと目が合った。

 その刹那、背中に悪寒が走る。

 まだヘイズは勝負を諦めていない!

 いや、この状況から何が出来るというのだろうか。


 世界大会で見たカン・ジエのように使われていない剣があるなら反撃のしようもあるだろうが、今のヘイズは両方の剣を使い切っている。

 恐れることなど何もないはずだ。

 はずなのに……。

 ほんの少しずつ相手の剣が移動していることに一抹の不安を覚えながら、一度剣を振り下ろす。

 防具がいいのか体力があるのか、一撃では削り切れなかった。

 むしろ一撃で勝負が決まる方が稀なのでここまでは想定内。

 二撃目を入れようとした時、相手の剣の片方が光った事に気付いた。


「この光は……まさか!」


 武器によるスキルは、規定された構えを取る事によって発動されるようになっている。

 まさか、この硬直した体勢からでも発動出来るような技が……ある!

 いつも片手剣を使っているから、これぐらいは分かる。

 出が早い技だから、剣での防御は間に合わない。

 この体勢から回避することも不可能。


 諦めかけた瞬間、盾を持った腕が勝手に動いた。

 そうだ、ガチャ産最高レアのこいつには、自動防御アシストがついていたのだった。

 しかし、そのアシストでも完全な防御は出来ず、再び遠くに飛ばされた。

 回転しながら着地している間に、相手の硬直時間が完全に途切れたことを知る。

 スキルによる硬直時間は技によって異なり、基本的に上位スキルほど長い。

《ダブルウエポン》の技の硬直時間は相当なものだと思われるが、その後に恐るべき力業で片手剣用の基本的な技を出せる姿勢に持っていくことで、結果的に硬直時間を短くしたということだろう。


 世界大会では《阿修羅》が似たようなことをやっていたけど、別の剣を待機させているカン・ジエと、両方の剣を使い切った後の硬直状態から技に繋げたヘイズとでは根底にある執念が違う。


 これが《WHO》をクリアに導いた英雄……想定以上に強い。


「あの技術を他人に見せるつもりは無かったのだが、まさかAIが勝手に使うとは……」


 観客席からヘイズの声が聞こえて思わず苦笑する。

 防御し切れなかったダメージが蓄積して体力が既に二割ほど減っているが、まだ笑える程度の余裕はある。

 盾を構え直して、今度はこちらから斬りかかった。

 数回攻撃してみたが、向こうの方が手数が多いため、また防御に専念せざるを得なくなった。


 まあいい。

 再び相手のスキルを誘えば今度は勝てる。

 AI相手にわざと隙を見せながら立ち回る。

 どこかで食いついてくれればいいが……。

 かなり学習能力が高いのか、中々食いついてくれない。

 それどころか、逆に利用されている感もある。


 ジリジリと減る自分の体力ゲージを見ながら、賭けに出ることを決める。

 いつでも反撃出来るような構えでは誘いに乗って来ない。

 ならば、いっそ本当に隙を作ってしまえ。

 迷ったら勝負に出ろ、そう教わったじゃないか。


 体力が減って来ると、集中力が上がっていく。

 この集中力だけは、他のプロの人たちからも評価されている私の武器。

 今使わずして、いつ使うと言うのか。

 相手の攻撃を思い切り弾きつつ、自分の武器も相手に弾かせる。

 ここからはどれだけ早く武器を元のポジションに戻せるかの勝負だ。


「さあ来い!」


 相手は予想通り、《ダブルウエポン》のスキル技を使って剣を一瞬で戻しにきた。

 こちらも、盾に備わっている自動防御アシストに乗っかって、システムが弾き出した最短距離に従いながら最速で盾を戻す。

 前回は自動防御アシストの存在を忘れていたこともあって、システムの動きに少し逆らってしまったため、防御が不完全に終わったのだ。

 今度はちゃんとシステムを信頼、いや、利用させてもらう!

 先ほどと同じように何度かわざと跳ね飛ばされるように攻撃を軽く受けて距離を開ける。


 相手の攻撃が終わったところで、追撃に向かう。

 すると、やはり先ほどと同じように片方の剣が光った。

 前回とは別の技だが、技が来る可能性がある事さえ分かっていれば対処は難しくない。

 難なく防いで、反撃――と思ったが、相手が更に上を行く反応を見せた。


「まだ続くの?」


 もう片方の剣が光ったことに気付いて慌てて盾を戻す。

 これを防いでも、再び剣が光るのが見えた。

 見えれば一応防御出来る。

 だが、数が多くて終わりが見えない。

 何度繰り返すつもりなのだろうか。

 これに終わりはあるのだろうか。

 徐々に弱気になっていると、観客席の方向から、


「おいおい、本家の俺より連続して続いているじゃないか。新記録だぞ」


 とか、


「ああいう繋げ方もあるのか。メモしておかないと。勉強になるな……倒されて逆に良かったのかもしれない」

「私も自分のアバターをAIが使っているところを見たら何か発見出来るのかな?」

「あはは、これ以上ハルナが強くなったら、俺が勝てなくなっちゃうよ」


 などという、ヘイズとハルナのカップルが呑気にイチャついている声が聞こえて来た。

 集中が途切れかけている証だ。

 深呼吸して観客席の雑音をシャットダウンしようとした瞬間、


「キラ! お前の本気はそんなものか!」

「まだまだワンチャンありますよ~。ファイトっす!」


 というヴォルフ先輩やハッシュたちの声が聞こえ、別の方向からは、


「キラちゃーん! 今度また投げ銭するから頑張って!」

「新作グッズ待ってるよ! 勝ったらまた記念グッズ作ってね、買うから!」


 というファンたちの声も聞こえて来た。

 ファン層がちょっと中年男性多めなのはまあ、若い女性配信者の宿命的なアレなのだが、今はそれでも元気が湧いてくる。

 無限に続くとさえ思わされるヘイズの攻撃を盾で捌き続けていると、観客席よりも近い所から聞き慣れた声が掛けられた。


「そこでジャンプ。出来るだけ高く」


 この試合の中で一番聞きたかったミラの声。

 ちょっとリアルの方で用事が出来たと言っていたが、帰ってくるのが遅過ぎるようにも思える。

 リアルの方で何か用事があったのか、トイレ休憩だったのか、それとも私の体感時間が長かっただけでそれほど時間は経っていなかったのかもしれなかったが、とにかく待ちわびていた。


 ミラが確かに私の戦闘を見届けてくれている。

 なら、絶対に負けるわけにはいかない。


 その声に従ってジャンプすると、ヘイズの視線も上がって動きが止まった。

 相手の視線は、私の武器ではなく、私のミニスカート的なデザインの防具の方に向いていた。

 これはまさか……。


「見るな、変態!」


 盾を顔面にぶつけて相手の肩を空中で切りつける。

 盾で視界を遮られたヘイズのアバターは、攻撃を受けて逆に冷静になったのか、すぐに迎撃の構えを見せた。

 盾で見えていないはずなのに、余りにも的確な軌道で剣を振ってくる。

 だが、このチャンスを逃すわけにはいかない!


 顔面に押し付けた盾を使って、相手の背後に着地し、背中から心臓部目掛けて一刺し。

 相手が恐ろしい反応速度で剣を逆手に握りかえて私の身体に剣を突き刺して来た。

 でも、もう遅い。

 タッチの差だが、判定的には私の勝ちだ。

 減りゆく自分の体力を見ながら、ミラの方を振り向く。


「アドバイスを忘れていたな。ヘイズは女に甘いんだ。……それはともかく、おめでとう、キラ」

「うん。ありがとう。私、勝ったよ」


 自分の勝利が確定した事と、ミラの顔を見る事が出来た安堵によって、自然と涙が出て来た。


「ちゃんと、あの二人に勝ってね」

「ああ、当然だ」


 キラともう少し長く話したいと思っていたが、私も体力がゼロになったので、ヘイズのアバターに続いて消える。

 その直前に、


「ちょっとヘイズ君! さっきの動きは何? 完全に相手のスカートの中を覗こうとしていたようにしか見えなかったけど?」

「ご、誤解だ! あれはAIで、俺以外のプレイヤーからも色々学習しているはずだから、他のプレイヤーの動きを真似しただけだって!」


 というカップルたちの空騒ぎが聞こえ、自然と笑ってしまった。


 私もああいう風に笑って語り合える存在が欲しいな、という考えが頭をよぎって、しかも特定の誰かの顔まで思い浮かんだのだが、途端に恥ずかしくなって、このまま消えてしまいたいと思った。

 ……実際、既に会場から自分のアバターは消えていて、いつものゲーム再開地点まで転送されていたので誰にも見られることはなかったことに気付き、ホッと胸を撫で下ろした。

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