第35話 グレイス戦(下)
再びジャンプしてきたグレイスに向かって、更に上まで登って応戦する。
空中でもつれ合った後、再びお互いが吹き飛ばされた。
俺は観客席付近の壁に着地し、グレイスも俺と反対側の柱に《エベレスト》を突き刺して踏みとどまった。
そのグレイスが《エベレスト》を掴んで見覚えのある構えを取る。
「おい、まさか……」
俺の言葉が終わらない内に、柱を蹴ったグレイスが高速で突っ込んできた。
「横方向にジャンプ決めるやつがどこにいるんだよ!」
足にもグリップ力がある俺は、細かい移動で躱し、一瞬だけ《富士山》を壁から抜いて近くに突き刺さった《エベレスト》に攻撃する。
「良い攻撃ですが、まだまだですね」
攻撃が外れてしまったが、気にせずすぐさま自分の近くの壁に刺して姿勢をキープ。
すると、近くの観客席から一人のアバターが身を乗り出してきた。
「姉さん!
「あら? この声は……
グレイスが声を掛けると、小春さんのアバターが涙を流し始めた。
「そうよ、小春よ。姉さん……すっかり私よりも若く見えるわ……」
「五年以上経っているもの、仕方ないわ。それよりも、そっちに帰れなくてごめんね。でも、私にはあまり帰りたくない理由があって……」
その言葉の続きを小春さんが止める。
「大丈夫。私、警察になって姉さんのことを色々調べさせてもらったし、ミラくんからも話を聞いたから知っているの。姉さんが自分の正義を貫いて死んだことも知っている」
グレイスは少し目を伏せて、
「そう……小春も昔からの夢だった正義の味方になれたのね。ええ、実は私も正義の味方だったの。最小限の犠牲者数であのデスゲームを終わらせるために毎日必死だった。でも、最後の最後に、己の正義のために手を汚し続けた自分自身が許せなくて、私と同じくらい多くの人を犠牲にしてきた仲間のミラちゃんまで許せなくなって……」
視線を元に戻して、グレイスが儚げな笑顔を浮かべる。
「今思い返せば愚かなことをしたと思わなくもないけど、アレこそが私の望んだ最後なのだから、あまりミラちゃんを責めないでね」
「うん。約束する。だから今だけは……勝ってね、姉さん」
「任せなさい。私の活躍を目に焼き付けておくのよ、小春」
姉妹の話が終わって、俺とグレイスの視線がぶつかり合う。
グレイスがアイテムボックスから投擲用の槍を出現させると、両者とも壁に立っているという《YDD》史上類を見ない構図で戦いが再開された。
投擲用の槍を壁に何本か刺してグレイスが足場を作っている間に、上を取っていた俺は上体を出来るだけ後ろに逸らしつつ、壁を駆け下りながら接近して切りつける。
「そう来ましたか。では!」
グレイスが手に持っていた投擲用の槍をこちらに投げる。
しかし、靴のおかげで横にも割と動けるので楽々と躱した。
グレイスの作った足場の一部を借りながら、近距離で打ち合う。
近付き過ぎると《デスゾーン》が怖いので、手早く移動しようと思っていた時、何か嫌な予感がしたので踏みとどまった。
「あら、やっぱり勘が良いわね」
グレイスの攻撃を受け止めつつ背後を見ると、先ほど投げられていた槍が、重力に従って戻ってきていたのが見えた。
なるほど、急いで移動していたらアレが突き刺さっていたかもしれない。
足元が安定している相手と武器をぶつけ合うことによってギリギリバランスを保ちつつ、相手にも圧力を加えていく。
数秒で俺の姿勢維持方法を見抜いたグレイスが、わざと《エベレスト》を空振りさせ、身を捻って俺の攻撃を躱した。
今まで支えとなっていたものが無くなったため、俺のバランスが崩れ、壁から落ちていく。
タダで落ちていくわけにもいかないので、相手の足場を薙ぎ払っておく。
追いかけるように落ちて来るグレイスの攻撃も捌きつつ、着地のことも考え始める。
この高さまで上がると、着地に失敗しただけで勝負が決まる。
足で壁を削ってスピードを落とそうとしたが、その足目掛けた攻撃が飛んでくる。
今まで通り壁に《富士山》を刺しても、相手は無理矢理叩き落しにくるだろう。
仕方ないので着地の方に意識を割く。
俺たちは得物が長いので、身体よりも先に得物を地面に突き刺して勢いを殺すことによってダメージを軽減させることが出来る。
問題は、相手が俺より上に陣取っているため、俺の動きを見てからでも着地に備える余裕があるということだ。
一瞬だけ地面の方を確認し、ギリギリの距離で《富士山》を地面に突き立てる。
着地の衝撃が武器を通して伝わって来るが、今はまだ上の心配をしなければならない。
《富士山》の鍔に左足を乗せ、右足で柄の上に立ち、上空のグレイスを見据えた。
既に眼前に迫っていた槍の直撃は躱したものの、土台に置いていた左足を掠めてガリガリと体力を削っていく。
このままでは三秒と経たない内に体力がゼロになってしまうので、《富士山》からジャンプした。
相手の方が得物が長いため、ジャンプしてもまだ相手の方が上にいる。
空中で、《エベレスト》に全体重を預けていたグレイスと目が合った。
「ミラ! まだ勝負は終わっていないわ!」
「いいや、これで終わりさ、グレイス!」
空中で《ヤバみがマジ卍(大)》に手を掛けると、刀系スキルの《居合い斬り》が発動した。
槍を駆けるように近付き、刀を抜き放つ。
グレイスの体力が八割以上削れ、衝撃で《エベレスト》からグレイスの手が離れた。
空中で動きを止めた俺と、落ちていくグレイス。
刹那の間に、俺たちの位置関係が逆転した。
この高さからあの体力で落ちれば、ほぼ確実に残り体力を持って行かれる。
それを知っているからこそ、グレイスは受け身の体勢を取らずに投擲用の槍を構えた。
「受け取りなさい!」
スキルの硬直時間が解けていなかったため、冷や汗が流れる。
相手はAI。
落下しながらでの投擲も楽々とこなすだろう。
そう思っていたら、腰に提げていた刀の柄が背後の《富士山》に少し引っかかって俺の身体がブレた。
ギリギリのところを槍が掠めていく。
体力は……残り三割程度の所で減少を止めた。
「……やっぱり運がいいのね、ミラ」
俺が、武器を使って上手く着地を済ませている頃には、グレイスのアバターが消え始めていた。
急いで体力をある程度回復させてからグレイスの元へ駆け寄る。
「今回も俺の勝ちだったみたいだな……とは言え、最後は運に助けられたところが大きいけど」
もう既に下半身が光の粒子に変わっていたグレイスを抱きかかえると、力無く微笑んだ。
「運も実力の内、と言いますので。……ミラ、これからも自分が正しいと思ったことをしなさい。そうすればこのような最期であっても、悔いが残らないのですから」
「そうか? まだ何か言い残していることとかあるんじゃないの?」
「あら、鋭いですね……耳をこちらへ」
言われた通りにグレイスの口元へ耳を近付けると、吐息が耳を掠め、微かな囁き声が聞こえて来た。
「私はミラのことを愛していました。さようなら。もう思い残すことはありません」
言葉の内容とは裏腹に、未練がましさや悔しさのようなものが感じられる声だった。
しかして、全てを赦すような慈愛や諦念も感じられる。
ハッとしてグレイスの方を見ると、既にグレイスのアバターは消え去っていた。
先ほどまでグレイスがいた場所に、数滴の雫が吸い込まれていった。
俺のじゃない。
あの人のものだ。
遺言めいた言葉の真意はまだハッキリとは理解できていない。
でも、それはこれからゆっくりと吟味していけばいい。
一度深呼吸して、立ち上がった。
今はまだ、他にやるべきことが残っている。
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