第31話 ヘイズ & ハルナ VS アイギス

 スワローテイルとグレイスがアイギスの方に歩いて行く。


「皆さんお気付きの通り、この《ゴースト・アリーナ》に残された敵は我々三人となりました! そして、《WHO経験者》にとっては夢の対戦カードがここにあるのです!」


 スワローテイルが観客席の様子を見て、アイギスを指差し、


「でも、《WHO》をやってなかった人にはあんまり分からないですよね。というわけでご紹介! この白髪の御方こそが、《WHO》製作者ご本人、アイギスさんです! アイギスさんと言えば、ゲームをクリアに導いたヘイズとの戦い……とは言え、アイギスがヘイズと戦ったことって他にもありましたよね? 確か、ゲーム内の小大会とかでも戦ってたと思うんですけど」


 スワローテイルがアイギスの方にマイクを向ける。


「うむ。その通り。私とヘイズ君は最終決戦までに一度、別の場所で戦ったことがある。その時は私が勝ったから、今我々の戦績は一勝一敗。つまり、今回の戦いで決着がつくわけだ。しかし……既に見たことのある戦いを繰り返しても一部の観客には楽しんでもらうことが出来ないだろう?」


 真面目くさった表情で予想外のエンターテイナー的発言をし始めたアイギスに、ヘイズが皮肉っぽく声を掛ける。


「アンタ、あんなデスゲームを作っておいて、他人に楽しんでもらおうという考え方も持ち合わせていたんだな。意外だ」


 アイギスがシニカルな笑みを浮かべる。


「心外だな、ヘイズ君。私はゲーマー以前にゲーム開発者でもあるのだよ。それも、塩門十哲と謳われたほどの、ね。他人に楽しんでもらうことが仕事だったと言ってもいい」


 対するヘイズは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。


「塩門十哲……あの伝説的ゲームプロデューサー塩谷孔治(しおや こうじ)のお弟子さんたちの中でも特に優れた才能を見せたという十人の……」

「ハハハ、そこまで言われると照れるじゃないか。VRゲームというものは、簡単に言えば夢を見せるものだと師匠から教わってきた身だからね。夢の国の主というわけだよ。まあ、《WHO》は国ではなく、Haven――安住の地なのだが、君たちに楽しんで貰いたいという気持ちは常に持っていたとも。……かの有名なOASISや三体、アインクラッド等に比肩しうるようなVR世界を作りたいという個人的な願いも持っていたのだが」


 後半に紹介されたゲームってやったことないな。

 どんなゲームだ?

 俺が首を捻っている横で、ヘイズが吐き捨てるように呟いた。


「何が安住の地だ。あんな地獄を作っておいて、よくもまだヘラヘラと……。しかも、《WHO》と言えば、一般的にはWorld Health Organization――世界保健機関だろ? ブラックなジョークもほどほどにしておけ」

「ふむ。あのゲームはSEO対策をしなくて良かったからね。この略称は、私の遊び心のようなものさ。一般的に、我々はゲームを作る時、ユーザーが情報を仕入れやすいように、検索結果の上位に自分たちの公式情報が出て来るよう頭を悩ませるのだが、ログアウト不可な状況なら、外部の検索エンジンでの利便性なんて考慮しなくてもいいだろう?」


 話を仕切り直すように一つ咳払いして、


「さて、ヘイズ君、ハルナ君」

「えっ? 私にも何かあるんですか?」


 不意に名前を呼ばれたハルナが困惑した表情で自分のことを指差して確認を取っていた。


「君たちさえ良ければ、私は君たち二人と同時に戦おうと思うのだが……どうだ? ミラ君が一対八をやっていたし、《ピアニッシモ》総出ならもっと多くの敵を相手にしていたのだから、今更特別な感じはしないだろうが……悪くない提案だろう?」


 ヘイズとハルナが顔を見合わせて同時に頷いた。


「じゃあ、その条件で頼む。前の戦いも俺とハルナの二人で戦ったようなものだったんだ。最初から二人で戦えば、絶対に勝てる」

「私からも二人で戦わせてくれることを感謝します。しかし、覚悟なさい、アイギス。簡単には勝てると思わないことね!」


 アイギスから二人にデュエル申請が送られ、二人とも承諾したのか、いつものようにカウントダウン用の数字が出現した。


「ついに私はプレイヤーからシステム側になってしまったからね。もはや私にとってゲームとは生命。デスゲームではなくても、この試合すら私にとっては遊びではない」

「おいおい、たまには遊んだ方がいいぜ?」

「だけど、やっぱりこの一戦は遊びじゃない。私は……私たちはあなたを倒して《WHO》に引導を渡す!」


 三人の邪魔をしないように離れた俺たちは、スワローテイルの近くまで移動する。移動のついでに一つ質問。


「なぁ、俺らの試合は?」

「これ、結構目玉カードなんだから観客にちゃんと見せたいでしょ? それにミラとグレイスの試合はとにかく場所を取るから……」

「それもそうだな。俺もあいつらの試合を見たい」


 俺たちが会話を済ませると、三人の試合が始まった。


 基本的に、ヘイズが《ダブルウエポン》による手数でアイギスに負担を掛け、その隙にハルナが攻撃するという手段を取っている。

 アイギスは動き回りながらヘイズの攻撃を盾で捌き、ハルナの攻撃を剣で弾いた。

 彼の卓越した盾捌きにより、ヘイズは攻撃する度にバランスを崩されているようで、思うように攻撃を出せてなさそうだ。

 その点アイギスは、ヘイズの右手のバスタードソードにも左手に握られたハルバードにも楽々と対応している。

 しかも、防御し続けるだけでなく、たまに盾でヘイズにダメージを与えていた。


「おいおい、アイギスのおっさん中々やるな……今度こそ賭けは俺の勝ちか?」


 スワローテイルが小声で返してくる。


「あの人、おっさんと呼ばれたら地味に傷つくらしいからやめてあげて……まあ、ミラの年齢から見たら実際おっさんなのかもしれないけど、世間ではまだまだ若い方だから……」


 観客席からどよめきが聞こえた。

 ヘイズが《ダブルウエポン》によるスキル技を使い始めたからである。

 剣とハルバードが同時に輝きを放ち、これらを個別に使うだけでは発動しない特別仕様の連撃が繰り出される。


 スキル技が完全に見破られることを知っていて何故使うのか……それは、ダメージの大きいスキル技を仕掛けることによって、相手の防御負担を増やすためである。


「アイギス、覚悟!」


 かなり押し込まれているアイギスに向かって、ハルナの細身のフランベルジュが恐ろしいスピードで叩き込まれる。

 この速さでもスキルに頼っていないのだ。

 流石に《流星》の異名は伊達ではない。


 だが、その突きは空を切っただけだった。

 そう、ヘイズがシステム通りに動くことさえ分かっていたら、わざわざ盾で受けなくてもヤツなら避けられる。

 彼女たちが想定しているほどあっさり押し込まれる男ではないというわけだ。

 アイギスは淡々と来たるべき反撃の機会を待つだけでいい。


 やがて、ヘイズの連撃にも終わりの時が来た。

 スキルを出し切った後の致命的な隙をカバーするべく立ち塞がっていたハルナを盾で吹き飛ばしつつアイギスが進撃する。


「しまった! ヘイズくん!」

「気にするな、それよりも……!」


 スキル後の硬直時間がまだ解けていないヘイズに剣が深々と突き立てられる。

 前回はハルナに妨害されて届かなかった一撃。

 それが今度こそ決まった。

 串刺しになってもまだ動かないヘイズを、アイギスが溜め息交じりに見下ろす。


「こんなものだったか、ヘイズ君……むっ、何だ、この力は?」


 そう言ったアイギスの盾が大きく引っ張られた。

 アイギスは盾でハルナを遠くまで吹き飛ばしたつもりだったのだろうが、咄嗟の反撃として恐るべき速さで突き出されたハルナの剣が盾に突き刺さり、勢いを相殺させたため、ハルナはあまり遠くまで吹き飛ばされずに済んでいたのである。


「甘く見るなと言ったでしょ、アイギス!」


 その声に呼応するように、硬直から解放されたヘイズが顔を上げた。

 強気な笑みが浮かんでいる。

 対するアイギスは、いつもの淡々とした表情が崩れ、微妙に顔を顰めていた。


「甘く見ていたつもりはないのだがね……!」


 ハルナに対応すべく、剣を動かそうとしたアイギスの腕が、武器を捨てたヘイズの両手で固くホールドされる。


「させるかよっ!」

「ヘイズ君、そんなことをすれば間違いなく死ぬぞ」

「ハルナがお前を倒してくれるなら構わないさ」


 アイギスの大きな盾を踏んで、ヘイズの隣に着地したハルナが、地面からヘイズの剣を拾って神速の一振り。


「ぐぬっ……!」


 目にも止まらぬスピードで引き戻された盾がハルナの一撃を防いだ。

 両者の武器が跳ね上がる。


 しかし、《流星》の本気の一振りは、一度の攻撃の内に二撃を内包する《二回攻撃》。


 万全の状態のアイギスなら防げただろうが、不安定な姿勢で行った半端な防御では二撃目を防ぎきれない。

 二人の固い意志を凝縮したような厚い刀身が、アイギスの体力を喰らいつくす。


 剣と盾を落としたアイギスが、ハルナに向かって苦笑を浮かべた。


「君たちの力は、掛け算みたいだな。足し算で見積もっていた私が倒されるのも無理はない。私に再び、素晴らしい人間の力をみせてくれてありがとう」


 しおらしく礼を言ってから、同じくアバターが消えかけているヘイズの方を向いた。


「それにしても、まさか、ヘイズ君との戦いが一勝一敗一分けになるとはな……ハルナ君を、仲間たちを大切にしたまえ」

「それは俺のセリフだ、アイギス。俺も、まさかこんな結果になるとは思ってもみなかった」


 消えかけている二人に、ハルナが声を掛ける。


「大丈夫。《フローティング・アサイラム》が《YDD》に実装されても、ラスボスはアイギスなのでしょう? なら、その時に最後の決着を付ければいいだけの話よ! ……それとアイギス、世間では色々言われているけど、私は《WHO》が無かったらヘイズ君と出会えなかった。だから、私はあなたが《WHO》を作ってくれて良かったって、心の片隅では思っているの。あなたに感謝しているプレイヤーもいる。それだけは忘れないで」

「ふっ、こんな美人にそう言われては返答に困るよ……では諸君、どこかでまた会おう」



 アイギスが消滅すると同時に、ヘイズも消滅した。

 一拍遅れて、闘技場の中にまた黒い炎が上がった。

《WHO経験者》が倒れた時の特殊演出である。



「はぁ……今回も賭けに負けちまった、なんて言っている場合じゃねぇな。アレどうするよ」


 炎の中から出て来たヘイズのアバターを見ながら、他のメンツに声を掛ける。


「ウチは別に戦ってもええで。勝てんわけやないし。でも、最終的にはハルナちゃんから意見をもらわなアカンなぁ……」


 俺たちがハルナの方を向くと、近くの観客席からヘイズの声が聞こえて来た。


「ハルナ! 俺たちが頼まれていた仕事は十分果たした。後の事はランマルたちに任せてもいい。勿論、ハルナが戦ってくれても構わないが……」


 その言葉を聞いて、ハルナは剣を納めた。


「アレが只の人工知能だと理解していても、私にはヘイズ君のアバターを斬れないわ。だから、後は任せます」

「ほいほい。任されました」

「今日は俺の頼みに付き合ってくれてどうもありがとう」


 俺たちが別れの挨拶を終えると、ハルナはフィールドを去っていった。


「ふむ。じゃあ、AI版ヘイズくんを誰が処理するか、だが……ん? 何か通知が来たな」


 通知の内容は、俺の家の玄関のドアが開いたというものだった。

 確か小春さんは家の方じゃなくて職場からログインすると言っていたはずだが、もしかして帰って来たのか?

 しかし、途中で帰るようなイメージもないから何かが引っかかる。


「すまん。ちょっとリアルの方で確認したいことが出来たから、一旦ログアウトする。だからヘイズは……」


 ランマルにヘイズの相手を頼もうと思ったが、別の方角から遮られた。


「ミラ、私にヘイズの相手を任せて!」


 キラが睨むような眼力で訴えてきた。


「おいおい、AIになったとは言え、相手はあの《ダブルウエポン》だぞ」

「それでも! どうせ一度ログアウトするんでしょう? 私は、その間すら任せられないほど頼りないの?」

「いや、そこまでは言ってないけど……」


 横目でランマルの方を確認する。


「ええんちゃう? このまま出番なしで終わらせる方が可哀想やし、キラが負けてもウチが相手すればええだけの話なんやから」


 まあ、人工知能が人間より優秀などと言われて久しいが、《ダブルウエポン》に関してはそもそもの学習対象がヘイズ一人しかいないので、本家を超えることはまずないだろう。

 その本家がクソ強いのが問題なのだが、これまでの戦闘を見ている時にイメトレしていれば、どうにかなるのかもしれない。


「分かった。ヘイズの相手を任せる。多分大した用事じゃないと思うから、すぐ帰ってくると思うけど、その間だけ頼んだ」


 肩に手を置くと、パッと笑顔になり、


「うん! ミラが帰って来るよりも早く、私がヘイズのアバターを倒してみせる!」


 その笑顔を見送りながら一度ログアウトした。

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